車の中ではつかさ、聖奈、沙月が暇そうに座っている。
「2人きりで何してんだろーね?駿くんと梓」
「やっぱり抱き合ってんじゃない?」
「まったく・・まだ言ってるの?そうなったら皆川先生を」つかさの言葉がそこで途切れる。
「ん?雛形先生?どうしたの?」
急に黙り込むつかさに聖奈が問いかける。
「いや・・見間違いかもしれないけど・・今・・金森さんのお母さんが部屋に入っていったような・・」窓の外を見つめるつかさが呟く。
「え?あのおばさんが?いやいやまさか!だってあんな事言ったくせに、今更現れるなんて・・どの面下げて!って感じじゃない?」
「そうよ!たぶん見間違いじゃない?」
「そうかな・・・でもやっぱ心配だから様子見てくる!」つかさはそう言って車から降りる。
「え?なら私たちも」
「あなた達はダメ!なんか危なそうだから!あなた達は車の中に居なさい!いいわね?」
「わ、わかった・・・」つかさの凄みに圧倒された聖奈と沙月は渋々つかさに従う。
「駿くんと梓をお願い!雛形先生!」
「ええ!分かってるわ!」つかさはそう言うとゆっくりと抜き足差し足で歩きながら、梓の部屋に近づいていく。
時間を数十分ほど遡り、つかさ達が車から中で待っている頃。
駿と梓は2人で肩を寄せ合って座っていた。
「私・・嬉しい・・駿と恋人同士になれて」
「なんか改めて2人きりになると照れるな!恋人同士って」駿は顔を赤くして微笑む。
「私・・ずっと駿のことが好きだったら」
「え?そうだったのか?知らなかったよ!」
駿は梓の意外な告白に目を見開いて驚く。
「ホラ!まだ聖奈と沙月が私の事をイジメてた時!駿が私の為に2人と話してくれたじゃん?」
「ああ!あったな!そんな事!懐かしいなぁ!」
「あの時に駿の事好きになったんだ!」
「そうだったのか・・でもさ、自分で言うのもおかしいけど・・あの時の俺・・かっこ悪くなかった?泣きながら2人に土下座なんかしたりしてさ!」
駿は昔を思い出して、恥ずかしそうに笑う。
「それがよかったの!私の為に泣いてくれて・・私・・すっごい嬉しかったんだよ?」
梓は駿の方に頭を乗せて抱きつく。
「あはは・・土下座してみるモンだな!」
駿は恥ずかしそうに笑う。
「でもさ?これからどうするの?一緒に暮らす?」
「まぁそうだな・・今すぐに同棲ってのは厳しいかなぁ」
「えー!?何で?駿は私と一緒に居たくないの?」梓は不貞腐れたように頬を膨らませる。
「いや、だって教師と教え子だからなぁ・・同棲は梓が卒業してからだよ!梓が卒業すれば、教師と元教え子になるからさ!」
「そっか・・先は長いね・・・」梓は不満そうに唇をとんがらせる。
「なぁに!一年とちょっとの辛抱だよ!そしてある程度同棲に慣れたら結婚しよう!」
「え!?結婚!?」梓は目を見開いて駿の顔を見る。
「え?俺と結婚とか嫌だった?」
「ううん!逆だよ!駿と結婚出来るなんて・・嬉しいよ!めっちゃ嬉しい!」
梓は満面の笑みで駿に抱きつく。
「まぁ、それまではだいぶ長いけど・・末永くよろしくな?梓!」
「うん❤︎こちらこそよろしくね❤︎」
2人がそんなやりとりをしていると、部屋のドアが開く。
「ん?今ドアが開く音がしなかったか?」
駿が不思議そうに立ち上がる。
「え?誰が来たの?」
「あ!もしかして雛形先生かな?まったく!どんだけ信用されてないんだか!」
駿は困惑した顔で玄関に向かって歩いて行こうとするが、そこに現れたのつかさではなく、怒りに満ち満ちた表情をしているこずえだった。
「え?何でアナタがココに居るんだ?」
「え!お、お母さん・・何で?」
駿と梓はこずえが目の前に居る事に驚いた顔でその場に立ち尽くす。
「やっぱここに居たわね・・アンタら・・許さないわ!アンタらのせいで・・龍彦さんは警察に捕まったわ!どうしてくれんのよ!え?」
こずえは怒りに任せているのか、目の焦点が合っていない。
「アナタだって知ってるでしょ?梶橋はバー経営の裏で買収の斡旋をやっていたんですよ!警察に捕まるのは当然でしょ?」
「うるさい!うるさい!うるさい!潜入捜査なんてセコイ真似しやがって!おかげで私はひとりよ!どうしてくれんのよ!」
「自分の娘を突き放して孤独にしておいて!自分が孤独になったら逆恨みですか?虫がいい話ですね?アナタから見捨てられた梓が、どれだけ辛かったか考えもしないで!」
「黙れ!私も警察に目をつけられてる!もう後戻りできないのよ!」
こずえはRAMから持ち出したアイスピックを取り出す。
「え?それ・・・」梓はアイスピックを見て怯えた顔をする。
「そんなもの・・どうするつもりなんですか?」
「どうするかって?こうしてやんのよ!死ね!」
こずえは梓に向かってアイスピックを振り上げる。
「やばい!梓!危ない!」
駿は梓の体を自らに抱き寄せ、こずえが振り下ろしたアイスピックは空を切る。
「アンタ!実の娘に何をするんだ!正気か!」
「ガタガタうっさいわよ!アンタらが悪いのよ!」こずえは焦点が定まっていない目で、駿と梓にアイスピックを向ける。
「私にはもう、失う物なんかない!アンタら殺して私も死んでやるわ!」こずえが叫びながらアイスピックを振り上げる。
すると玄関のドアが開きつかさが入ってくる。
「皆川先生?どうかされましたか?何かありましたか?」
つかさは駿に声をかけながら部屋に入ってくる。
「ひ、雛形先生!?どうして?」
「金森こずえが入って行くのが見えたんです!それで言い争っているような声が聞こえたので心配で来たんですけど・・」つかさはアイスピックを駿たちに向けるこずえを見て
「それをどうするつもり?金森こずえ!」と睨みながらこずえに尋ねる。
「へぇー・・お前も居たの?そうね・・こいつらより先に、まずはアンタから殺そうかしら?」
こずえはニヤリと笑い、駿たちに向けていたアイスピックをつかさに向ける。
つかさはそんなこずえを黙って見つめる。
「雛形先生!逃げてください!」
駿が必死につかさに叫ぶが、つかさはその場から動かず、つかさを黙って見つめる。
「あはは!恐怖で動けない?こりゃ好都合だわ!」こずえはつかさに狙いを定めて走る。
「さっきはよくも私を殴ってくれたわね!ぶっ殺してやるわ!」こずえはつかさにアイスピックを振り上げる。
「いやぁぁあ!雛形先生!逃げてー!」梓は涙を流しながら叫ぶ。
しかし次の瞬間「だあぁぁ!!!」つかさは図太い掛け声と共に、こずえの腹に思い拳を入れる。
「うぐっ・・・」こずえはその場でうずくまり、アイスピックを手から落とし、腹を両手で押さえる。
「・・・・え?」駿と梓は呆気に取られたようなあんぐり顔でつかさを見つめる。
それに畳み掛けるように「はぁぁ!!!」つかさはこずえの顔面に回し蹴りを喰らわせる。
「うがぁ!!」こずえはその衝撃で、体を壁に打ち付ける。
そしてつかさはこずえが来ている服のネックライン部分と肩を掴んで、背負い投げをする。
その衝撃でこずえはフローリングに背中を打ち付ける。
そしてつかさは、こずえの腹に最後の突きを喰らわせる。
「皆川先生?大丈夫ですか?」
つかさが駿の身を案ずるように声をかけるが、駿と梓は、目の前の状況に困惑した様子で目を見開いたまま黙っている。
「皆川先生?アナタ達に聞いてるんですよ?大丈夫でしたか?怪我とかありませんか?」
「あ、は、はい・・だ、大丈夫です、はい」
「わ、私も・・へ、平気・・・」
駿と梓は抱き合い、まるで幽霊でも見たような恐怖に引き攣った顔でつかさを見つめ、震えた声で応える。
「はぁ〜・・よかったぁ〜・・」つかさは安心したように胸を撫で下ろす。
すると玄関のドアが開き、聖奈と沙月が慌てた様子で部屋に入ってくる。
「みんな?何かあったの?なんかずっごい音がしたよ?って何これ?」
聖奈はごすえがつかさに取り押さえられていると言う、目の前の状況に動揺を隠せない。
「アナタ達!車の中で待ってなさいって言ったでしょ!?」
「いや、だってあんな物音聞こえてきたら、誰だって心配になるでしょ?もう凄かったんだから!ドッカーンって!」
聖奈が身振り手振りで弁解する。
「まぁ、いいわ!それより警察に通報してくれる?金森こずえがこれで皆川先生たちを刺そうとしたのよ!」
こずえは床に落ちているアイスピックを指差す。
「まじで!?分かった!すぐに連絡する!」
聖奈は慌てた様子でスマホを操作して110番に連絡する。
「な、なぁ?梓?雛形先生って何であんなに強いの?」
「そんな事私に聞かないでよ・・あ、でも、さっき駿の帰りを待ってる車の中で、学生時代はずっと空手やってたって聞いたけど・・」
「空手やってたってだけで、あんな強くなるか?あんなん刃○じゃん」
駿と梓がヒソヒソ話をしていると沙月がやって来て「雛形先生って空手の選抜大会で優勝した事あるらしいよ?」と耳打ちする。
「え?まじで!?」駿は驚きのあまりに声を張り上げる。
「私・・皆川先生より全然強いですよ❤︎」
そんな駿につかさは微笑む。
「あはは・・まじか・・」駿は冷や汗をかく。
「よかったね?駿くん!雛形先生を怒らせなくて」沙月は微笑む。
それからしばらくして、聖奈の通報によって駆けつけた警察が、けたたましいサイレン音を響かせながらやって来る。
「刑事さん!こっちです!」聖奈が刑事を手招きで部屋に案内する。
「皆川さんは無事ですか?」駆けつけた刑事は、駿の安否を尋ねる。
「あ、はい!雛形先生のおかげで大丈夫です!」
刑事の問いかけに駿はつかさを指差して応える。
刑事はつかさに取り押さえられているこずえを見て「雛形さん!犯人逮捕へのご協力感謝いたします!」と敬礼する。
「いえ・・とんでもないです」
それからこずえは殺人未遂の容疑で警察に逮捕された。
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