「っしゃ!!」
中学2年の身体検査で、蓮は亮平の身長をとうとう抜かした。亮平も小さな方ではなかったから、毎日牛乳を飲んで、今か今かとその日が来るのを日々待ち望んでいたのだ。
蓮の母親は男性にしては小柄で、可愛らしくて魅力的な人だったが、身長だけは似たくないと思っていた。愛されるのは自分でなく、亮平こそが相応しいと思っていたから。
「あいつ……」
部活を終え、繁華街を通りがかったところで、蓮は亮平を見掛けた。声を掛けようとして、彼が一人じゃないことに気づく。
先日、学校の靴箱の前で、亮平にキスしようとしていた男だ。名は確か深澤とかいったか。見間違えるわけはなかった。
二人はあの日よりずっと親密そうに、ゲームセンターから出て来た。亮平の腕の中には、大きな犬のキャラクターのぬいぐるみ。取ってもらったのだろうか、亮平は嬉しそうにそれを抱えていた。
物陰に隠れながら近づくと、はしゃぐ亮平の声が聞こえてくる。
「これ、ホントにいいの?貰っても?」
「もちろん。そのために取ったんだから。でも、何でそれ?」
「これ、母さんにちょっと似てる気がして。口元とかね、そっくりなんだよね」
「亮平は、本当に母ちゃんが好きなんだな」
「うん、大好き!!!」
思春期になってもなお、母親を素直に好きだと公言し、ぬいぐるみを抱きしめる亮平を見て、蓮と同じように深澤も温かい気持ちになったに違いない。曲がったところがなく、笑顔を見せる、そんな亮平は可愛らしかった。あまりにも可愛らしくて、どこかあざとささえ感じる。
もし、亮平に愛されたなら…。
蓮はそう思わずにはいられなかった。
しかし、今、蓮は自分でもどうしようもない、思春期特有のもやもやと苛々とを持て余し、どんどん美しくなっていく亮平に気後れがするようになっていた。亮平に恋をする男も女も、蓮の知る限りで何人もいた。しかし亮平は誰にも靡かず、何処かずっと遠くを見つめているような風情があったのだ。 それ故に内心安心していたのだが…。
そいつは、違うのかよ…。
蓮の胸に一抹の不安が生まれている。今、亮平は、その奥ゆかしい心の中を、隠すことなく深澤に見せている気がした。
「あっ、母さんから連絡来てる…。ごめん、俺、もう帰らなきゃ」
「そっか。頑張れよ。また明日学校で」
「うん。また明日」
二人は手を振ると、そのまま離れた。
「やべっ、こっち来る…!」
蓮は慌ててすぐ脇にあった文房具屋へ入った。間一髪、亮平には気づかれずに店に滑り込むことが出来た。ガラス越しに亮平が走って行くのが見える。姿が見えなくなったところで、蓮は店を出た。
しかし、目の前には深澤が立っていた。
「お前、この間の…」
「…………」
深澤は何も言わない蓮に問う。
「あんまり亮平に付きまとうなよ。それともお前、亮平のことが好きなの?」
「は?ちげーし」
図星を衝かれて思わず大きな声が出た。蓮は誤魔化すように言葉を足す。
「あいつはただの幼馴染ってだけだ。変に勘繰るなよな」
深澤は目をすがめた。
「素直じゃないのも悪くないけど、俺は欲しいものを欲しいって言えないガキには負けないぜ」
そして、ぴゅうっと口笛を吹き、後ろ手に手を振って去って行く。蓮は、どこまでも気障な深澤の態度に苛つきながら家路を走った。
家に帰ると、夕飯の支度は4人分しかなかった。真都が不思議そうにしている。
「あれー?亮平は?」
「今日は翔太とご飯だから来ないよ」
大介は茶碗を運びつつ、答える。蓮は不機嫌を隠さずにどっかと椅子に座った。
「蓮、手、洗って来い」
「…………」
「れーん!ママの言うとおりにせえ」
父親に言われてのろのろと立ち上がる。夕食を一緒に囲めることが、深澤への唯一のイニシアチブだと思っていた蓮は、あてが外れてますます不機嫌だ。少しは放課後の事情も聞きたかったのに。
「亮平と翔太がご飯って珍しいね?お店お休みしたのかな?」
真都は素直に疑問をぶつける。配膳し終えた大介の言葉に蓮は耳を傾けた。
「大事な用があんだよ」
「用って?」
「亮平、今夜初めてパパに会うんだって」
そこで初めて、蓮は気を変えて、亮平のことを心配したのだった。
コメント
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ついにお父様がー?!
💜の観察眼が鋭すぎて手強い。普通の家庭で暮らしてきた🖤にはないものだよね。

面白かったです! 続き待ってます🖤💚