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「こっち、野菜足りないからもってきてー!」

「こっちは肉―っ」

『はーい!』

結果、鍋パーティーは大盛況だった。

食材が飛ぶように無くなって、各鍋を置いたテーブルはどこも人で一杯。

普段交流がない部署の人たちも鍋を囲んで会話を弾ませて大賑わい。そしてわたしたちは大忙しだった

「おつかれさまー!」

「おつかれん、亜海ちゃん」

談笑で一杯のエントランスホールを見回しながら一息ついていたわたしに声をかけてくれたのは、今日手伝ってくれた営業事務の麻美さんと涼子さんだ。

「みんなすーっごく楽しんでて美味しいって喜んでるよ!」

「いつもは嫌々来ていた懇親会だけど、今日は来て良かったぁって。おめでとう亜海ちゃん、ほんっとによくやったねぇ」

わたしは顔を赤らめながら首を振った。

「いえ、これも麻美さんや綾子さんたちが助けてくださったおかげです。朝の準備が一番ネックだったんですけど手伝っていただいてホントに助かりました。ありがとうございました」

「って、そんな大げさに言わないでよー!わたしたちも十分楽しんでるし!おかげで憧れだった人事課の田代さんのメアドもゲットできちゃったし!!」

「わたしはぁ、メアド聞かれちゃったしぃ」

「なによ麻美、それ自慢!?」

「自慢でぇーす」

こんな調子の二人の明るさは、精神的にも支えになってくれた。

時間との戦いの準備だったけれど、二人が笑わせてくれるからプレッシャーを感じずに打ち込めた。

思えば…総務部に入ってこんなに有意義に仕事できたのって、初めてじゃないかな…。

「本当にお二人には感謝しきれないくらいです。どうにか成功で終えられそうで、すこしは社会人らしい仕事できたかな、って」

二人は顔を見合わせた。

「よし、じゃあ近い内みんなで打ち上げ行こう!」

「あ、それいぃ!行こうね、亜海ちゃん」

わたしはくしゃっと満面の笑顔でうなづいた。

じゃないと、涙が出そうになってしまったから。

一方、準備は協力してくれなかった総務部の先輩たちは、こういう人目につく場所ではいかにも「みんなでがんばってます!」とアピールするかのごとく、飛ぶように働いた。

そして、そんな調子で今回の功労者役を横取りしたのも田中さんだった。

「いやぁ、今回の企画は田中クンが考えたのかい?実に楽しくて満足のいく親睦会だよ」

「よろこんでいただけて光栄です。これも部のみんなが協力してくれたおかげです」

なんていけしゃーしゃーと言って「もしよければわたしの異動の希望も考えてくだされば…」なんて付け足すのを忘れないところは脱帽の一言だ。

けど不思議なことに、呆れるばかりでわたしは怒りや悔しさは感じなかった。

もしこれをやりきれれば、わたしは成長できるかもしれない―――。

そんな期待が現実になったような達成感にひたれていたからだ。

この充実感が「わたしもやればできるじゃない」って気持ちにさせてくれて、理不尽なことをすっぽりと覆い隠す広い心を作り出してくれていた。

けど。

「キミってバカがつくくらい謙虚だね」

課長は大いに気に入らない様子だった。

鍋の汁が足りなくなって給湯室で作っていたら、課長がやってきた。

「いえ、いいんです。わたしはこうして成功させられただけでも満足なんですから」

「そうなの?本当に?」

「はい」

「ふぅん…。でも、俺はやっぱり腑に落ちないな。せめてカインドフードの社長さんに頭を下げた分でも取り戻さないと、気がすまない」

そう言い残すと、課長は田中さんと人事部長が話している場へと向かった。





…どうするんだろう。

わたしは仕事をしつつ、耳をそばだてた。

「あ、遊佐課長!」

「課長、おつかれさまでーす!」

「やぁおつかれさま。大盛況だね。どの鍋もすごく美味しいってみんな大満足みたいだよ」

「ほんとですかぁ?よかったぁ」

「がんばって準備した甲斐があったね」

田中さんたちは課長の登場に声を甲高くさせてよろこんだ。

そんな先輩たちにどんな仕返しをするというのか…課長の目が鋭く光った気がした。

「味だけじゃなく食材もすっごくおいしいし…この蟹とかよく食べるのとちがうよね、産地どこなの?」

「え、えっとそれはたしか…」

どもる先輩。

それはたしか石川県だ。

旬を迎えたばかりの卵持ちの蟹で、珍しいし味噌鍋に合うからと思って注文したんだけど…。

知らない人は知らないよなぁ。

「た、たしか…北海道だったかな」

くちごもる先輩たちをおいて、田中さんが返した。

「え?北海道ってこんな蟹獲れたっけ?たしかこれって今時期しか取れない蟹だよね?俺が無知なだけ?」

「ま、間違えました!そこは…」

「やっぱり北陸産かー。やっぱり旬の名産品はちがうよね。実は今度開発部と営業部でも親睦会をやろうか、なんて言ってたところなんだけど」

「へーすてきですね。ますます結束が固まりますね」

「うん。そこでキミたちに訊きたいんだけど」

「はい…」

「今日の魚介はどこのお店で発注したの?こんな名産品を扱っているなんて、いい業者見つけたね」

いかにも興味津々で聞く課長。

総務部の面々は一瞬表情を凍らせて顔を見合わせた。

「え…っと」

「どこだっけ?ど忘れしちゃった」

ど忘れもなにも、知るわけがないよね。わたし以外。

「あれ、注文したのに覚えてないの?」

これ見よがしにおどろいて見せる課長。

声が大きい…わざとらしすぎますよ…!

四苦八苦しながらも、田中さんがどうにか取り繕う。

「ちょっと今は思い出せなくて…!後でメモして渡しますね」

「後だと酔って忘れそうだしなぁ。悪いんだけど今聞きたいんだけどなぁ…。あ」

ぱちり、と課長と目が合った。

「三森さんだっけ?キミは知らない?」

「え…え?」

君に恋の残業を命ずる

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