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第19話:ナナの決断
その日、ナナは制服のリボンを結ばずに登校した。
代わりに胸元には、小さな黒い布切れ。
規定違反ではない、**ギリギリの“私物”**だった。
教室では誰もそれに触れない。
見て見ぬふり。それが、この社会での礼儀だ。
午前中の授業。
AI教材が「最適な感情制御法」をレクチャーしていた。
「不安・怒り・涙は、意思を曇らせるノイズです。
市民の安定には、冷静な判断と規範遵守が求められます。」
モニターに表示された模範市民の笑顔は、どこか薄く、つくられたものだった。
ナナは視線を落とし、膝の上のメモ帳を握りしめた。
ページには、何度も消しては書き直した短い言葉。
> 「心が動いたとき、
> それは不安じゃなくて、
> 生きてる証かもしれない」
昼休み。
ナナは屋上に出た。風が静かに髪を揺らす。
制服のスカートは折らず、まっすぐ膝まで下ろしていた。
ミナトはすでに来ていた。
黒髪が風で乱れ、目元に少し疲れが見えたが、口元は柔らかく笑っていた。
ナナは迷わず、ポケットからメモ帳を取り出した。
「……今日、やっと“書けた”の。
自分のためじゃなくて、“誰かに伝えるための言葉”」
彼女の声はかすれていたが、揺れていなかった。
> 「君の言葉に出会ってから、
> わたしは、
> “話したい”って思った。」
> 「誰かにじゃなくて――
> “君と一緒に、何かを作りたい”って」
ミナトは何も言わなかった。
けれど、その手がそっとポケットの詩ノートを取り出し、彼女の詩の隣にページを開いた。
言葉と言葉が、紙の上で並んだ瞬間――
ナナは、ようやく自分が**“ひとりじゃない”と言える場所に立った**気がした。
その夜。
ナナははじめて、自分の名前で詩をアップロードした。
匿名ではない。
スコア評価欄のある公式教育ネット内。
投稿者名:イズミ・ナナ
> 「答えを知りたいんじゃない。
> “この気持ちを、わかりたい”だけ。」
その詩は、6分後に削除された。
だが、削除ログにはひとつだけ――
“ミナト・F”によるブックマーク記録が残っていた。
次の日。
ナナのスコアは4点下がった。
けれど、彼女は胸を張って笑った。
「評価は減っても、伝えたいものは増えた気がする」