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幸せな味に思わず頬を緩めると、尊さんも「こりゃ、午後も頑張れそうだな」と、優しく目を細めて笑った。
店内に流れる軽やかなジャズ。
外の通りを忙しなく動くビジネスマンたちの喧騒。
それらすべてが、この月見定食を囲んでいる間だけは、どこか遠い世界の出来事のように感じられる。
窓の外を覗けば、まだ高い位置にある太陽が街を無機質に照らしているけれど。
俺たちのテーブルの上には、一足早く、穏やかで温かい「秋の夜」が訪れていた。
食事が進み、少し落ち着いた頃。
俺は箸を休め、ずっと胸の奥に引っかかっていたことを口に出す決心をした。
「そういえば、尊さん」
生姜焼きの最後の一切れを食べ終え、心地よい満腹感に身を委ねながら
俺はふと思い出したように、けれど真剣なトーンで言った。
「その、今言うべきじゃないかもしれないんですけど……でも、やっぱりどうしても気になってしまって」
「なんだ、もったいぶらずに言ってみろ」
尊さんは最後の一口の豚汁を飲み干すと、湯呑みを手に取り、片眉をわずかに持ち上げて先を促した。
「えっと……成田さんのことなんですけど」
「ああ」
「あの日、会社前で待ち伏せされてたじゃないですか、それがずっと気がかりで……」
「心配しなくとも、もうお前に危害は加えさせない」
「そ、そうじゃなくて……! 俺が心配なのは、俺のことじゃなくて、尊さんで……っ」
勢いよく言葉が飛び出してしまった自分の語気に驚きつつも、俺は真っ直ぐに尊さんを見つめて続けた。
「……あの人、尊さんになにするか分からないし、あのときだって尊さんに酷い暴言浴びせて……。俺、隣で聞いてて、本当に悔しくて」
お節介を承知でそこまで言うと、尊さんの大きな手が、テーブル越しに俺の頭をポンッと軽く叩いた。
「……相変わらずだな、お前は」
その声には、呆れや苛立ちではなく、包み込むような温かい響きがあった。
「お前が俺のことを真剣に考えてくれてるのは分かる。ありがとな、恋」
尊さんの視線は柔らかく、けれど逃れられないほど真摯なものだった。
「……ただな」
尊さんは一度言葉を切り、丁寧に箸を置いた。
その仕草だけで、これから話すことが、ただの慰めではない
重みのある内容だと分かって、俺は思わず背筋を伸ばす。
「薫のことは、俺の過去の問題だ。お前を巻き込んだのは、正直、俺の落ち度でもあると思っている」
低く落とされたその言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「尊さん……」
呼びかけただけで、止まる言葉。
俺が聞きたいのは、そんな謝罪じゃないのに。
「俺、尊さんのこと……上司としても、一人の男としても尊敬してますし」
しかし一度、深く息を吸って、震える拳を膝の上で握りしめて、俺は続けた。