美咲は、自分の人生がアプリに完全に支配されていることを痛感していた。スマホを壊してもアプリは消えない。削除もできず、善行という名目のもとに次々と悪夢のような試練が降りかかる。何度も逃げようと試みたが、そのたびにアプリは冷酷に彼女を引き戻していた。
「真の善行」とは何なのか?アプリは何を求めているのか?
その答えが見つからないまま、美咲は次の善行の「指示」を待っていた。
夜の静けさが部屋を包み、薄暗い光の中で彼女のスマホが突然光り出した。画面にはこれまでと同じ「善行の指示」が表示されると思っていたが、今回の通知は異常だった。
「最終善行:人を救うこと。それが真の善行です。」
美咲の心臓が跳ね上がる。今までの指示は全て、「善行」という名目で誰かを傷つけるか、犠牲にする内容だった。だが今回の指示は、人を救えというもの。信じがたい気持ちを抱えながらも、これが最後のチャンスかもしれないと彼女は思った。もしこれが本当に善行であるなら、この地獄から解放されるかもしれない…。
翌日、学校の帰り道、美咲はふと一人の男性に目が止まった。彼は橋の端に立って、川をじっと見下ろしていた。その姿は不自然で、今にも飛び降りそうだった。
「助けなきゃ…」
美咲は一瞬ためらったが、アプリの通知が彼女の手に震える。
「彼を救うこと。それがあなたの最終善行です。」
彼女はアプリの指示に従うしかなかった。深く息を吸い込み、勇気を振り絞って男性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
男性は驚いたように振り返ったが、その目には深い絶望が映っていた。彼は震える声で、人生のすべてが崩壊したことを語り始めた。仕事も家族も失い、今は自分自身が消えてしまいたいという衝動に駆られている、と。
美咲は彼の話をじっと聞き、やがて彼を説得し始めた。彼女自身も、多くの絶望を抱え、アプリによって追い詰められているが、それでも生きることを選んだことを語った。
「あなたが生きている限り、まだやり直せる。私もそうやってここまで来たんです。」
その言葉に、男性は少しずつ顔を上げ、涙を流し始めた。
「本当に…ありがとう。君のおかげで、もう一度頑張れるかもしれない。」
その瞬間、美咲のスマホが震え、アプリからの通知が届いた。
「最終善行が達成されました。」
その通知に、美咲は胸をなでおろした。これで終わった。ついに解放される、そう思った。
しかし――
次の瞬間、スマホの画面に新たなメッセージが表示された。
「真の善行とは、他者を救うことである。自己犠牲なくして真の善行は成し得ない。」
その瞬間、彼女の背後から大きな音が響き、男性が橋に飛び乗り、今度は美咲が何をする間もなく、彼は川に向かって飛び降りた。水面に響く鈍い音に、彼女は呆然と立ち尽くす。
「何で…どうして…」
彼を救ったはずなのに、結果は惨劇だった。彼女は崩れ落ち、泣きながらスマホを見つめた。しかし、アプリは冷たく「善行完了」の通知を送り続ける。
「これが…真の善行なの?」
美咲は、自分が善行を果たしたと思っていたが、アプリの意図はもっと歪んでいた。「救う」という行為自体に、彼女の自己犠牲が絡まっているのだと理解した。アプリの善行は、彼女をも引きずり込み、破滅へと導くものでしかなかった。
そして、スマホに最後の通知が届いた。
「アンインストールが可能になりました。」
美咲は恐る恐るその通知をタップした。しかし、そこに表示されたのは、彼女をさらに戦慄させる言葉だった。
「アンインストールには、犠牲が必要です。」
彼女の絶望はさらに深まっていく。真の善行とは一体何だったのか?そして、アプリの呪縛から本当に解放される日は来るのだろうか――。
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