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(コイツに会うのも……これで…………最後だろう)
漫然と思いながら、侑はレッスン室を後にしようとしている小さな背中に声を掛けた。
『九條』
恩師の呼び掛けに、瑠衣は振り返る。
『今から俺が言う言葉の続きを答えろ』
彼女は、侑をじっと見つめながら、師匠の問いを待つ。
『自分の演奏を追求する事、それは生涯勉強だ——』
一瞬、何を言われたのか分からなかったのか、瑠衣はきょとんとした面持ちを見せる。
『その先を答えろ。俺の弟子なら、簡単な答えだよな?』
瑠衣は、これで侑と言葉を交わすのも最後だと感じたのだろう。
柔らかな笑みを作りながらも、しっかりとした口調で師匠の問いに答えた。
今まで見せた事のない瑠衣の面差しに、またも胸の奥が焼けつくように苦しくなる。
『——追求する事をやめたら、演奏家として死んだも同然だ』
『この言葉、忘れるな』
『はい』
彼女が返事をすると、大きな濃茶の瞳から涙が滴り落ちる。
『響野先生…………さよ……な……ら……』
声を震わせながら会釈をすると、逃げるようにレッスン室を出ていく瑠衣に、侑は思わず手で口元を覆った。
(アイツの事…………もっとレッスンで鍛え抜きたかったな)
そう思いながら、四年間通ったレッスン室の片付けを済ませていく侑。
数日後、後ろ髪を引く思いを抱えつつ、侑はオーストリアへ向けて日本を出国した。