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久し振りに見た殺人現場は凄く明るかった。先に到着していた鑑識課の数名が、手持ちのLDライトで真っ赤な床を照らしては、慎重に何かを探している。その中から赤い塊をピンセットで摘んでは保存用のビニール袋に詰めていた。そこは比較的大きい風俗店の店内。変に酸味の効いた生臭さに混ざって鉄にも似た臭いまで充満している。鼻と胸が悪くなりそうだ。
「うぷっ!?。…け…警部。…被…害者の身元が割れました。……うっ!?」
「はぁ。甲賀くん…無理しなくていいから君のメモ帳を貸して。…あ。吐きたいんなら建物の外に出てよぉ?。なるべく遠くで吐いてきなさい。」
非番なのに私は呼び出された。夕方にはシシガミ・レオとゆう初の恋人とアーンなこと♡や、コーンなコト♡をスルはずだったのにっ!。その為のスイートルームも取ってあるとゆうのにっ!。そう、今の私はこの上なく不機嫌だ。だとゆうのにこの部下は!被害者の特定にどれだけ待たせる!
「いっ!?いや。大丈夫です!。が…害者はトクモト、ユウジ。42歳、独身。風俗店プッシー・キャットのオーナー兼店長です。……それと前科が…ありました。……うっ!?うぐぐぐ。……よく平気ですね?警部殿は。」
「鼻で息をしてないもの。それにあたしの頭の中には医学書が何冊か入っているから、こんな酷い遺体も人体解剖図くらいにしか見えないのよ。…後は外で聞くわ。(…死亡推定時刻はまだ出せないわね。…これだけ内蔵をばら撒かれていたら直腸温度での判定も難しいし。しかも肉が削がれてて関節硬化での判断にも無理があるわ。…今日は帰れそうにないわねぇ。)」
単なる偶然だろうが、ここは昨夜に恋人と訪れた風俗店ばかりの雑居ビルだ。しかしイライラする。こんな趣味の悪い事件なんて男どもにでもやらせればいいのに。しかも淑女の私をこんなビルに呼ぶこと自体が無神経すぎだ。ピンク色をした看板には露骨なエロ隠語ばかりが連ねられていて目に入るだけで気持ち悪くなる。セックスとは愛だ!快楽だけでは無いっ!
「さ…さすがはIQ200オーバーな才女ですね。…うっ?…だめだぁ…」
「…ちょっと記憶力と理解力があるだけよ。自覚は無いわ。…出ましょ?」
そこは正に狂気だった。性風俗店内の鏡張りなステージの上に、人間だったであろう肉塊が赤土色な水溜りの中で横たわっていた。全体像は人の形でも、服や皮膚や筋肉は細かく引き裂かれ、内臓とゆう内臓が引きずり出されていた。まるで巨大な猛獣にでも襲われ、喰い散らかされたかの様な惨状に、鑑識課の精鋭たちさえ顔を顰めている。とにかく悪臭がひどい…
「すぅううう。…はぁあああ〜。…すぅううううう。…はぁああああ〜。」
「いつまで深呼吸してるのよ。害者の前科がどうとか言ってたし報告しなさい。それと近隣の防犯カメラのデータ提供はお願いしてあるわよね?」
「はぁああ。…えっ!?。…提供要請は…まだ、これからやろうかと…」
「……………。(こいつ!またぁ!?。何回教えたら覚えるのよっ!?)」
とても嫌な予感がする。現状、未だ調査中の現場は鑑識課に任せておけば安心だろう。被害者の死因の簡易的な特定や、殺害状況の確認と保持に調査、証拠品の発見やそのご遺体の回収などなど。鑑識課には頭が下がる。だとゆうのにこの男は!待つ間にできる筈の初動要請さえままならないらしい!。刑事になってからの年数は私よりも長いのにっ!あー苛々する!
「じゃあ。被害者の店舗スタッフの確認や…他店への聞き込み依頼は?」
「………それも…まだです。………や、野次馬が凄くて。……すみません…」
「はぁああ?。…野次馬さん達の誘導はぁ…刑事の仕事…だったっけぇ?」
「えっ!?。あ!いや!。……ち、違います。……でも…」
「…そう。…違うと分かっててやってたんなら…制服の警官に戻ればぁ?。刑事捜査の基本を教えてもぉ…やってくれないんじゃ…意味ないのよね…(はああぁ。……………ねえ?甲賀くん。…いっぺん……死んでみるぅ?。)」
「ひいいいいっ!?すみません!すみません!すみません!警部どの!。お願いですからそんな目で見ないで下さいっ!。ご!ごめんなさいっ!」
警視庁からこの県警に左遷されて五ヶ月になる。着任そうそう刑事部長の命令で組まされたバディがポンコツ過ぎて笑えもしない。…甲賀武蔵《コウガ・ムサシ》28歳。聞こえの凄い名前のわりに役立たずで愚図。柔道で世界選手権に出たことのある猛者らしいのだが、その体型の良さだけで実は張り子の虎だ。身長191センチ、体重105キロ。今時のイケメン系ではあるけれど好みではない。私のど真ん中は〜獅子神獅子君なのだ♡
「まぁまぁ、お嬢。それくらいにしてやってくれ。野次馬に困ってた新人を手伝ってやってたらしいんだ。その新人が女の子だったから尚更な?」
「あー。ニシクチ鑑識課長!。盗み聞きは良くないですよ?。もうっ。(良かったぁ。鑑識課長が来てくれてたんだぁ♪これで進展するわね。)」
この県警に来て、最も信頼できる情報を提供してくれる人物が現れた。鑑識歴25年を誇る西口栄治《ニシクチ・エイジ》鑑識課長。年齢は不詳だが、ややマッチョなナイスミドルだ。何かのゲン担ぎか拘りがあるのか、白と黒の斑な長い髪をポニーテールにしている。強面だが可愛い一面も♪
「いやいや、ひと区切り着いたから報告に来たんだよ。そしたらコイツが怒られやがる。…まぁ俺の甥っ子だし、勘弁してやってくれ。おい武蔵?お嬢の役に立てない様なら…バディ解消するように刑事部長に言うぞ?」
「えっ!?いっ!?嫌ですっ!?。そっ!それだけは勘弁して下さい!」
「そうだよなぁ!。だったらアッチに行ってろ。俺ぁな?この紫カリン警部に話しがあるんだよ。…お前がいると話が長くなる。…サッサと行け!」
「はっ!?はいいいーっ!。警部!防犯カメラの手配に行ってきます!」
「はいはい、頑張ってね?。(男臭いのがやっと消えたわ。ふぅ…)」
西口鑑識課長に一喝されたコウガ、ムサシが一目散に駆けてゆく。できることなら目前にいるナイスミドルとバディを組みたい。事件に対する向き合い方が私とよく似ていて、とても俯瞰的な意見も貰える。この人と捜査すると序盤で事件の筋書きみたいなものが浮かび上がるのだ。頼もしい。
「…防犯カメラの手配なんて初歩の初歩なのに。…でも西口鑑識長が人払いするなんて初めてですね?。今回の事件…それ程に難解なんですか?」
「ああ…俺の鑑識人生で…最大に厄介な殺しだよ。…長くなるけど聞いてくれるか?。…理解できないことばかりで犯人の尻尾さえ見えねぇんだ。おっと、あっちの喫煙所に行こうか?ここじゃタバコも吸えねぇしな?」
「はい。…あ、先に行って下さい。わたしは飲み物でも買ってきます。」
何となくだが嫌な予感がした。これまでも何度か現場が一緒になって見てきた雰囲気とは全く異なる。いつもなら現場でタバコなど吸わないのに、今日に限っては話す場所まで変えてニコチンを摂ろうとしている。常に冷静に被害者の遺体や殺人現場に接している大先輩が、何かに焦っている?
「ふぅ~。なぁ?お嬢。現場の状態と被害者は見たよな?。そこでいきなりの質問なんだが…あの仏さんの死因は何だと思う?。…聞かせてくれ。」
「死因…ですか?。…見た目だけでなら外傷性ショック死か失血死。または多臓器損壊による必然死。などでしょうか?。…窒息死の可能性も?」
「すぅ〜ふぅ〜。…いい線だな。そうなんだよ、あれだけ肉体の損壊が激しければ当然そう考える。しかし、だ。そのどれも違ったんだ。…すぅ…そもそもあれだけ飛び出している内臓に傷ひとつ無ぇんだ。凄えだろ?」
繁華街に点在するプレハブ作りな喫煙所。進入禁止の黄色いテープの内側にあるそこには誰もいなかった。喫煙所の中では西口鑑識課長が椅子に腰を下ろし、煙草が苦手な私は、出入り口の外側に立って話を聞いている。二人でいつもの甘い缶コーヒーを飲む。カフェインよりも糖分が欲しい。
「あれだけの出血ですよ?飛び出している内臓に傷がなくとも死にます。それでも死因がどれでもないなんて。…もしかして…死因の特定が?」
「ふぅー。…ああ。分かったんだよ。危うく見落とすところだったが…頭蓋骨の左後部が粉砕骨折してるのを見つけたんだ。…死因は脳挫傷。俺の見立てじゃ間違いなく即死だ。そして綺麗すぎる傷口と大量の出血で解ったんだよ。…あの全身の傷は…生きている間に付けられた物だってな…」
「ち…ちょっと待ってください。死因が脳挫傷ですよね?。つまり被害者は…肉体を斬り刻まれる激痛を…感じ続けていたとでも言うんですか?」
「ああ。その証拠に…ふうー。血の固まり方のバラツキが大きいんだよ。そしてもうひとつクイズだ。…すぅ。ふうぅ。…使われた凶器をひとつだけ当ててみてくれ。因みに頭の傷は無視していい。…俺も驚いたんだ…」
「…凶器は鋭利な刃物です。そして刃渡りが30センチ近い狩猟用の刃物だと思います。サバイバルナイフとかではなくて曲刀系の大型ナイフ…」
「ふぅ〜。ホントにお嬢はよく観てる。だが残念、それは俺の最初の見立てだ。すぅ……ふー。…それじゃあこれは宿題にしておこう。ヒントは採取している仏さんの肉片にあった。あれだけ散らばっているのに大きさや長さは凡そ3センチで揃ってる。まぁ、司法解剖を経て、明日か明後日には科捜研から報告書が上がるだろう。それまでが期限だな。…さて仕事だ。」
「あ。戻るんですね?。それじゃあわたしも。」
「いや、来なくていい。たぶん今日は俺たちも帰れねぇし、来てもらっても新しく解ることは何もねぇさ。…とにかく全力で拾い集めて、隅々まで攫っておくから、今日のところは俺ら鑑識課に任せてくれ。…じゃあな。」
銀の灰皿の上。茶色いフィルターな煙草をもみ消した大人の男が背を向ける。肩巾の広い濃紺色な制服がもと来た道を歩いてゆく。西口栄治鑑識課長は重く悲しい過去を背負っていることを私は知っている。28年前に発生した薬物中毒者による連続殺人事件。彼の愛妻は…その犠牲者だった。
初動捜査に手間取ったばかりに犯人の特定に時間がかかり、特定してから一週間後、警官に追い詰められた犯人は自殺する。その事があってから西口鑑識課長は刑事を辞めた。手がかりもない犯人を追うことよりも、その犯人を特定する仕事を選んだのだ。『犯行現場には必ずと言っていいほど何らかの証拠が残る。だが俺達が見落とせば意味が無い!』彼の口癖だ。
「れーおー?。ちょっと手伝ってよー。レーオー?。どこにいるのー?」
午後になってから弟の姿が見えない。リビングにも、お風呂場にも、彼の部屋にも居なかった。まさかとは思うけど本棚の部屋かしら?。…やっぱりいない。じゃあ両親の寝室?。まさか羞恥プレイに目覚めたとか?。ちょっとだけ期待したのだけれど…やっぱり居なかった。う〜ん。困った…
『…キュルル!。…ドッドッドッ……ズドドドッー!。…ドッドッドドッ…』
「ありゃ?バイクの音だ。お庭の方にいるのね〜♪。れおー♡」
弟の姿を探して、家の中を駆け回って、リビングに戻った途端にエンジンの音が聞こえた。そう言えば暇な時には、パソコンで料理のサイトをサーフィンしたり、あたしが選んであげたあの大きなバイクをイジっている事が多い。でも最近では弟の背が伸びたのか、あのバイクも小さく見える。
「れお居たー♪。ねーねーちょっと手伝って♪。今日は何色の…レオ?」
「桃華。…コレ。使っただろう。…なんで俺に言わなかったんだよ…」
バイクのエンジンを切った弟が、右手に持った銀色な長い板を見せた。わたしは一瞬だけ身を固くする。確かに見覚えもあるし馴染みもあるが、レオにはソレの使用を禁止されている。これを使うのはあまりに罪深いと言うのだ。だけど…その罪深さよりも奴等が犯した罪はもっと穢れている。
「…だって。…許せなかったんだもん。あのクソ虫。…大学の友だちも…たくさん騙されてるの。…だから仕方なかったんだもん。…レオに言ったら飛び出していくでしょ?。…せっかく料理人になるって決めたんだし…」
「…約束したよな?。…ひとりで危ないことはもうしないって…」
「…うん。したよ?。…でも、あんな虫けら…桃華だけで充分だもん…」
あたしが『深夜の獣狩り♪』に行ったことが弟にバレてしまった。あのクソブタにスマホさえ壊されなければきっとバレなかったのにぃ。む〜、このピンチをどうやって回避すればいいのかなぁ?。今日のレオはちょっとだけ恐ろしいし。いつもの笑顔が無いってことは…お尻を叩かれるかも。
「はぁ。…もういい。…桃華がヤルと決めたんなら、その相手は相当の悪人だろうしな。…でもコレは俺が預かる。…次からはちゃんと相談するんだよ?。いいな?姉ちゃん。…それで…なんで毛布を羽織ってるんだよ?」
「レオはやっぱり優しー♡。あ♪。じゃーん♪。今日の下着を選んで貰おうと思って!?。ひゃん!?。…な…なに?。ま、まだ怒ってるのかな?」
「いくら家の庭だからって…裸に毛布はダメだろ。桃華ちゃん、めっ!」
「…ごめんなさいレオ。…もうしません。でもお姫様抱っこはうれしい♡」
もっと怒られるのかと思ったのに、やっぱりレオは優しい♡。するりと両手を伸ばして、わたしを毛布ごと軽々とお姫様に抱き上げてくれた。やっぱり弟の腕の中は心が休まる。少し甘いような、それでいて若葉の様な爽やかさを放つ髪の匂いが堪らなく好き♡。思わず抱きついちゃいそう♡
「寒いのに無茶しないの。…桃華はやっぱり白かパステルカラーが似合うと思うけど…それは俺の好みだからなぁ。…思い切って黒にしてみる?」
「うふふふぅ♡。獅子のエッチぃ♪。それじゃあ〜着けてくれる?」
「はいはい、お姫様の仰せのままに。…ほらほら、外でちゅーしない。」
何年かぶりに弟に叱られてしまった。確かに真夜中に女の子がひとりで出かけるのは良くないことだけど…助けてって言えない子たちの為にひと肌脱いでしまった。最初はちょっと懲らしめてやるだけにしたかったんだけど、あんまり情けなく泣き叫ぶから面白くなっちゃった♪。てへぺろ♡
この街には女の子を食い物にするケダモノたちが多すぎるのよね。そーゆー牡は『世の中は弱肉強食だから』って決まって言うけど、それは自分から人間じゃないよって言ってるのよ?。知的生命体には秩序やルールがあって然りなの。それを完全否定するならケモノと同じ。それならこの美少女でエッチで残虐な桃華ちゃんが狩ってあげる。獣は女の子の敵だから♡