テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
桃下結衣
406
鷹槻れん

60,913
#異類婚姻譚
和泉
791
鷹槻れん

35,405
不自然にクローゼットを開けるわけにもいかない。
私はキッチンへ向かい、電話で隼人が言っていた<夕ご飯>のあとが残っていないか確認をした。
シンクに鍋が水に浸した状態で置いてある。
それに、コップとお皿、スプーンや箸が二つずつだ。絶対におかしい。
そもそも、最近の隼人が一人の時に料理をするわけがない。
やっぱり有栖はここに来ていたんだ。
ソファに座り、こっちをチラ見する隼人に
「ねえ。どうして二つ分あるの?誰かここに来ていたの?」
平然を装い、尋ねた。
「あ、ああ。それは……」
隼人は即答ではない。
それはそうだよね。有栖と一緒にご飯を食べていたなんて言えないよね。
無言で隼人を見つめていると
「俺が使ったんだよ。鍋を作ったんだけど、多くなっちゃって。冷ますために二つ皿を使って……」
「はぁ……?」
言い訳がお粗末すぎて、思わずため息が出ちゃった。
お皿が二つの理由はわかるけど、お箸とコップもって。明らかに不自然だよ。
「隼人、私がいないからって浮気してたでしょ?」
私に気持ちがないなら、別れたいって言えばいいのに。
有栖といつからできてたのか知りたい。
私はいつから二人に騙されていた?
「はっ?なんだよ、それ。証拠でもあるのか!?」
隼人が勢いよく立ち上がり、私に近寄り
「どこにそんな証拠があるんだよ」
大きな声をあげる。
証拠……。
玲央と有栖の会話の時の状況なんて、隼人には言えない。
〈お前も男のところに……〉なんて言われるに決まっている。
「どう考えてもおかしいよ。全部二つ揃っているなんてっ。私がいなくなったからって、ここに女の人を呼んで、浮気していたんじゃないの!?」
「だから、そんなに俺が浮気していたって言うのなら。証拠を出せよ」
隼人は私を挑発するように、手を出す。
くっと奥歯を噛みしめると
「ほら。何もないだろう。なんだ、帰ってきたのかよ。久しぶりに一人の時間を楽しめると思ったのに。遊んで帰ってきたなら、食器洗っておいて。俺、これから作業するから……」
隼人は自室へ入ろうとした。
何その態度?
二人が食べたであろう食器をどうして私が片づけなきゃいけないの?
「一人の時間って、隼人はいつもこの部屋に一人じゃん!仕事もしないくせにっ!働きにも出ないくせにっ!」
あっと思った時には遅かった。
隼人はくるりと振り返り、パチンと私の頬を叩いた。
「ああっ!?俺だって毎日仕事してるだろうが。個展に向けて作品作ってんだよ。いい加減、理解しろよ!」
はぁはぁと肩で息をしている。
私も言ってはいけないことを言ってしまったかもだけど、ケンカをして、手を出されたのは初めて。
こんなにも不機嫌な隼人、久しぶりだ。
頬を手で押さえる私に、チッと舌打ちをして、彼は自室へ入って行く。
一気に気が抜け、私はぺたんと床に座り込んだ。
叩かれたところは痛いと言うより、今はまだ驚いている。
「これってDVだよね」
ぽつり口に出すも、誰も答えてはくれない。
何度か深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
もしも有栖がどこかに隠れていたら、隼人はこんな態度を取らないだろう。
手をあげる男なんて思われたらイヤだろうし。
それに、有栖が帰ってしまったら、隼人はこんなにも機嫌が悪いんじゃないの?
今起きたことを冷静に分析できる頭になってきた。もうダメだ。こんな関係。
終わりにした方が良い、絶対。
明日、離婚について隼人に相談をしよう。
シャワーを浴び終わり、寝室でスマホを見ると、玲央からメッセージが届いていた。
<大丈夫?>
気にしてくれていたんだ。
これは大丈夫な状況じゃないかもしれない。
でも、玲央に頼るわけにはいかない。
<大丈夫。浮気の証拠、掴み損ねた。もう有栖はいなかった。玲央、ゆっくり休んでね。おやすみ>
叩かれたこと、本当は玲央に話してしまいたくなった。
そうしたら絶対、玲央は心配してくれる。
それがわかっているから言えない。
頬、今になって痛くなってきた気がする。
緊張が解けたからかな。
「とりあえず、冷やそう」
私はクーリングの準備をし、頬にあてる。
「冷たい」
自分の夫に殴られる日がくるなんて。
「隼人と出会った時、こんなこと想像もしなかったな」
私が一つ前に働いていたもっと小さなアパレル店で隼人が私に声をかけてくれたのが、隼人との出会いだった。
服の相談をされた。
その時、彼はまだ会社員として働いていて、自分の休日を使って、絵描きをしていた。
「今度、グループ展をするんです。その時の服装を悩んでいて。芸術家っぽく、でも俺はシンプルな服装が好きだから。コーディネートを考えてほしいんです」
少し恥ずかしそうに服装の相談をしてきた隼人は、とても真面目で好青年に見えた。
私が提案したコーデを何着か試着し、彼は満足げに購入して帰って行った。
その二週間後、隼人はまた店に現れて。
「ありがとうございました。服装、とても高評価で。お姉さんのおかげです」
お礼を伝えてくれたあと
「良かったら、食事に行きませんか?お礼がしたいんです」
顔を真っ赤にさせ、そう言ってくれた。
お客さんと店員という立場だったから、その時は断ったけれど、何度も隼人は足を運んでくれて。
それを見かねた店長が
「山添さんがイヤじゃなかったら、ご飯に行ってくれば?お店は別に構わないよ。それに――。もうすぐ閉店しようと思っているんだ。今の時代、個人店はやっぱりキツイね」
嬉しそうに、それに寂しそうに話す店長の顔も覚えている。
何回か食事に行く仲になって、隼人から告白をされて、しばらく付き合ったあと、プロポーズをされ、結婚した。
「俺、年下だけど、穂乃果のこと、絶対に幸せにするから」
真剣な眼差しで、私のことを見つめてくれていたのに。
「私も変わったし、隼人も変わった。運命の人じゃなかったんだよね。きっと」
明日の別れの宣告前に、せめて良い思い出を残しておきたかった。
コメント
1件
うわあ…この回、胸が痛すぎるよ😢💔 隼人が手をあげるシーン、まさかこんな展開になるなんて思わなかった…。過去の優しかった思い出と今の姿のギャップが切なすぎて、主人公の「運命の人じゃなかったんだね」ってセリフにぐっときたよ。玲央に頼らず自分で決断しようとする強さ、応援したい気持ちでいっぱいだよ…!次、どうなるんだろう、離婚話になるのかな…🌸