その後、鮎川にも抱かれ、ようやく帰路に着いた俺は当然ながら心身共にボロボロだった。もういくら抱かれようと、気持ち悪いとさえ思わなくなってきた。
気が付くともう辺りは夕暮れ時。俺はネオンの輝く屋上で煙草に火を灯した。
伊武「…はぁ」
―嫌だって言う割には、こんなに感じてんじゃねぇか。お前結局、誰でも良いんだろ―。
伊武「…違う」
―龍本の野郎も不憫だなぁ。こんな淫乱小僧に騙されて、未だに恋心を抱いてやがるなんてな―。
伊武「違う!」
―自由なんざ与えない。お前は一生、俺達の玩具だ―。
伊武「黒澤さん………俺は、玩具じゃない…」
夜に染まりかけている黒い空に向かって、俺は力無く訴えた。
―そんな欲しがんなって。マジで豪気な奴だなぁ―。
伊武「欲しがったことなんか…一度もない!何度も嫌だって言った!!それなのに…!!」
俺の『初めて』は龍本の兄貴だって、ずっと前から決めてたのに。そう考えると、また目から涙が溢れてしまう。
伊武「っ…」
それは雨のように落ちてきて、金属製の手すりを濡らした。そのまま俺は、ひとしきり枯れるまで泣き続けて。
伊武「龍本の兄貴…」
最後にもう一度だけ、貴方に会いたい。強く抱き締めてほしい。俺を包み込むような、あの優しい声を、言葉を、もう一度聞かせてほしい。
―なぁ、伊武―。
そう、こんな風に。俺が悩んでた時は何時も、こうやって声をかけてくれた。
でも、俺はもう嫌われた。
こんな都合の良い幻想が実在する筈はないのだ。
龍本「…おーい、聞いてんのか?」
ポンッ、と、肩に置かれる手の感触。それは幻想などではなかった。
伊武「…!」
俺が横を向くと、そこには俺が今まで欲してやまなかった、愛しい人の姿があった。
伊武「!!…!!…」
ずっと会いたかった。声が聞きたかった。その願いが叶ったという嬉しさと安心感で、俺は一層涙が溢れた。でも、それと同時に、俺の頭に一つ疑問が浮かんだ。
伊武「…何で、貴方がここにいるんですか…?」
龍本「眉済の兄貴から、お前のこと探して来いって言われたからな」
そう言うと、龍本の兄貴は忌々しげに俺の方を見た。
龍本「黒澤から連絡があったぞ。お前、あいつらに毎日体売りに行ってたんだってな」
伊武「!!…」
そうだ。あいつらは…黒澤は、兄貴達に伝えていたんだ。
龍本「……何か言ったらどうなんだよ。眉済の兄貴も、俺達も、皆知ってんだぞ?」
俺は…既に嫌われていた。
伊武「…っ」
俺は兄貴から急いで顔を背けた。
会わなければよかった。喜びの絶頂から、こんなどん底のような絶望を味わうことになるくらいなら。
伊武「…お願いですから、もう帰って下さい…」
龍本「…は?」
伊武「…黒澤達に体を売ってたことは、謝りますから、お願い…一人に、して下さい…」
悲しくてたまらない。俺は人目を憚らずに、声を殺して泣いた。
龍本「…そりゃあ、無理な相談だな。眉済の兄貴も納得しねぇだろうし、…何よりも、俺の気が済まねぇんだよ」
そんな俺に対する兄貴の答えは、これだった。
そうですよね。
貴方にとっては、誰よりも信じていた人に裏切られたってことなんですから。
頭では分かっているけれど、胸が苦しくて、チクチクして、こんなにも重たい。
そんなことを考えていると、兄貴の手が俺の方に伸ばされた。
すると…
その手は、後ろから回されて、俺の体を抱き締めたのだ。
龍本「心配ばっか…かけやがって」
伊武「!!…」
大きな体だけれど、黒澤とは違って優しくて、とても温かい。
その手には、何かに潰されて壊れた小型カメラが握り締められていた。
それを見て、俺は息を飲んだ。
龍本「落ち着け。…大丈夫だ」
俺が焦っているのを察したのか、兄貴が俺の頭を優しく撫でる。
伊武「何で…貴方達は、全部知ってるのに」
俺がそう言うと、龍本の兄貴は俺を放して、正面から向き合わせると、説明を始めた。
龍本「お前の様子がおかしくなり始めた時に、情報屋からお前が黒澤達に乱暴されてることを知った。毎日帰りが遅かったのは、撮られた映像で脅しをかけられてたからだ。お前の体にも隠しカメラが付けられてて、俺達やお前が変なことをすれば、すぐに映像が流出する」
全く、その通りだった。
龍本「当然、眉済の兄貴も俺達も怒髪天状態だ。今、鮫洲と阿蒜が黒澤派の支部にカチコミをかけてる。お前の撮られた映像も、もうすぐ壊されるだろうな」
俺は驚きと同時に嬉しさが込み上げてきた。これであいつらにいいようにされなくて済むんだ、地獄はもう終わりだ、と。
龍本「…可哀想に。辛かったよな…心も体も、手酷く汚されて」
伊武「!…」
龍本「今まで守ってやれなくて…本当に悪かった」
龍本の兄貴は俺の頬に触れると、親指で涙を拭ってくれた。温もりのある手だった。
伊武「…良いんです。助けてくれて、ありがとうございました」
震える声で、俺はそう答えた。
ENDー!次、最終回です!また1000いいね下さい!((図々しいわ!ww
コメント
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