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暖かな陽光がさんさんと降り注ぐある日、ルシンダはユージーンとともに王宮を訪れていた。
今日は月に一度の『いとこ会』の日。発案者はアーロンで、毎月いとこで集まって、お茶とお菓子を頂きながらお喋りするのだ。
身内だけの集まりなのに、毎回部屋を飾る花やお茶菓子に工夫が凝らされていて、アーロンの心配りが伝わってくる。
ちなみに今回は、アーロンの弟の第二王子とジュリアンは欠席だ。なんでも、学園で行事の準備があるらしく、生徒会の役員を務めている二人は必ず参加しなければならないらしい。
学生組がいないからか、今日の『いとこ会』は幾分静かな気がするが、たまにはこういう雰囲気もいいかもしれない。ルシンダが香りのいいお茶で喉を潤すと、アーロンが話を振ってきた。
「そういえば、クリス先輩が戻ってきたと聞きました。王宮魔術師団の特務小隊の隊長になったとか。ルシンダが配属された隊ですよね」
「はい、そうなんです。配属日に初めて知って驚きました」
「もう三年ぶりくらいでしょうか。どこかで会えるといいのですが」
「僕もまだ会ってないから顔を見たいな。それにしてもあいつ、何も知らせずに急に戻って来て。連絡くらいしてくれたっていいだろうに」
どうやらアーロンもユージーンも、まだクリスには会っていないらしい。
とはいえ、アーロンは毎日公務やら何かしらの予定が詰まっているらしいし、ユージーンも家族旅行から戻って以来、また忙しくしている。クリスも新たな小隊の隊長に就任したばかりで暇ではないだろうし、なかなか会う機会がないのも当然かもしれない。
そんな中で、アーロンもユージーンもこの『いとこ会』は必ず出席しているのは不思議ではあったが。
「そういえば、クリス先輩はロア王国にいたんですよね?」
「はい、召喚術の研究が進んでいるロア王国で学ばれたみたいです」
「じゃあ、やっぱり噂になってた召喚術師はクリス先輩のことだったんですね」
「噂ですか?」
アーロンの発言にルシンダは首を傾げる。
噂とは何だろうか?
「召喚術は、精霊と契約できるようになるまで五年、それから自在に召喚できるようになるまでさらに十年はかかると言われています。しかし、それをたった数年で極めた若き天才召喚術師が現れたとロア王国で噂になったんです」
ああ、そのことなら師団長も言っていたなと頷いたルシンダだったが、アーロンの話はまだ続いた。
「突如大群で現れた魔物をたった一人で全滅させて英雄扱いされ、ロア王国内に留まらせるために王女との婚姻を打診されたそうです。けれど、自分には戻らなければならない場所があるからとあっさり断って国を出て行ってしまったという……」
王女との婚姻の打診……?
そんなこと、クリスからは聞いていない。
(でも、クリスだって私に話す義務はないんだし……)
頭では分かっているが、なぜか胸がもやもやする。
気を紛らわせようとクッキーに手を伸ばすと、アーロンが「ところで」と話題を変えた。
「今度の夜会ですが──」
「ルー、僕がエスコートするよ」
アーロンの言葉をさえぎって、ユージーンが笑顔でエスコートを申し出る。
「ユージーン兄上、次は私がルシンダをエスコートする番ですよ。約束は守ってください」
「……仕方ないな」
ルシンダには婚約者も恋人もいないため、こうした夜会のエスコートはユージーンとアーロンが交代で務めてくれていた。
二人とも人気なのにルシンダのエスコートばかりさせているのが申し訳なくて、他の令嬢をエスコートしてはどうかと何度か提案しているのだが、責任感が強いのか頑なに拒まれてしまうのだ。
でも、兄や従兄以外の男性のエスコートを受けてしまうと、きっとその人との噂が立ってしまうだろう。それはなんとなく嫌だったので、今まで二人の好意に甘えてしまっていた。
「ではルシンダ、楽しみにしていますね」
「はい、よろしくお願いします」
◇◇◇
お茶会がお開きになり、ルシンダとユージーンが屋敷に戻ると、広間にはどこかの店から届いた商品が山積みになっていた。
ルシンダが呆気に取られていると、アニエスがにこにこしながらお洒落なドレスを見せてきた。
「見て、ルシンダ! 今度の夜会用のドレスを選んでいたのだけど、どれもルシンダに似合うと思って、つい買いすぎちゃったわ」
そうだった。この間、仕事が忙しかったせいで夜会用のドレス選びを「お任せします」とアニエスに言ってしまったのだが、よく考えたらこうなるに決まっていた。
でも、楽しそうなアニエスの気を落とさせるようなことは言いたくない。ルシンダはアニエスが見せてくれたドレスを手に取り、体にあててみせる。
「お母様、ありがとうございます。素敵なドレスですね」
「まあ! やっぱり似合うわね! とっても綺麗だわ!」
女同士で盛り上がっていると、ユージーンが溜め息をついて文句を垂れた。
「はぁ……。やっぱり僕がエスコートしてあげたかったな」
そこへ、ちょうど屋敷に帰ってきたばかりらしいジュリアンが顔を出した。
「今度のエスコート役はアーロン兄上でしたっけ? いいなぁ、ぼくもルー姉様と夜会に参加したいです」
「ふふ、ジュリアンは学園を卒業したらね」
「はい!」
「でも、その頃にはもうルシンダに決まった相手がいるかもしれないわよ?」
アニエスがふんわりとした笑顔で爆弾を落とす。
「た、たしかに、ルー姉様はモテますから……」
「いやダメだ! 僕よりルーを大切にできる男でなければ任せられない!」
鼻息荒く憤慨するユージーンに、アニエスが困ったように眉を寄せる。
「妹思いなのはいいけれど、あなただって、そろそろ恋人や婚約者がいたっておかしくない年齢よ。そういうご令嬢はいないの?」
「もちろんいませんよ」
「そんな堂々と言うようなことじゃないわよ」
まったく女っ気のない様子のユージーンを憂うように、アニエスが溜め息をつく。
「こんなに賢くて優しくて、見目だっていい自慢の息子なんだから、もう素敵な恋人がいたっておかしくないのに……。本当に、ルシンダ以外にエスコートしてあげられる相手はいないの? 母様は心配だわ」
本気で悩んでいる様子のアニエスに、ユージーンが躊躇いぎみに返事する。
「……まったくいない訳ではないですよ。だから、そんなに心配しないでください」
「まあ! そうなの?」
「ええ、まあ……」
「それならよかったわ! じゃあ、あなたもしっかり着飾っていかないとね」
着替えてくると言って広間を出たユージーンをルシンダが追いかけてこっそり尋ねる。
「お兄ちゃん、さっきの本当? 恋人ができたの?」
兄にもとうとう春が……と期待に胸を膨らませるルシンダだったが、ユージーンは額に手を当てて答えた。
「……いや、いない」
「えっ、じゃあ『まったくいない訳ではない』って言ったのは……?」
「あれは母上を心配させたくなくて……。はあ、今度の夜会はミア嬢にでも相手役を頼むか」
ユージーンは、同じ前世の記憶持ちとして気兼ねなく付き合えるからか、何かあるとミアを頼りがちだ。
今も、ミアなら面倒もなく助けになってくれるだろうと考えているのだろう。
(……でも、ミアが本当にお兄ちゃんの相手になってくれたらいいのにな)
口には出さないけれど、そんな風にルシンダは思った。