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「かび臭いですが、お前様なら大丈夫でしょう?牛の匂いに慣れておられるのですから」
橘が、突けんどんに、髭モジャへ言った。
たちまちに、髭モジャは、泣きそうな顔をして、女房殿ぉ、と、ご機嫌を取ろうと必死になる。
「おお!かびの匂いなど、何のその、すまぬのお!橘よ!」
立て付けの悪い、妻戸《ひきど》を、ガタガタと、苦心しながら開けようとする者がいる。
「また、あなた様ですか!」
我が夫が、牛の若に、惚れられていたという事実が、許せないを通り越してしまっている、橘は、しごく、機嫌が悪い。
紗奈《さな》達は、出立し、染め殿脇の、自らの住みかで、休ませている、内大臣家の使用人達は、ひとまず、落ち着きを見せている。
しかし、薬院こと、康頼《やすのり》は、まだまだ、油断はできぬと、泊まり込むことに。そして、交代で、様子を伺うことにした。そんな様子をみかねた髭モジャは、崇高《むねたか》へ紗奈達の警護をまかせ、屋敷に残ることにした。
自らの、住みかを提供した為に、取りあえず、橘は、閉じ込め房《へや》こと、あの、ひと騒動あった、房《へや》で、過ごすことにして、仕舞ってあった、夜具を引っ張り出し、髭モジャに与えたのだった。
が、そこへ、また、余計な者が現れたようで……。
橘の機嫌は、ますます、悪くなり、髭モジャまでも、キリリと顔を引き締めた。
「いやー、なんで、こう、立て付けが悪いのかねぇ」
文句を、言いながら、妻戸《ひきど》を開けて、顔を覗かせたのは、やはり、斉時《なりとき》だった。
「斉時様、なんですか?」
「橘よ、冷てぇなあー、今夜は、泊まろうと思って房を探してたんだ、俺も仲間に入れてくれ」
「ダメじゃ」
髭モジャが、即座に答えた。そして、斉時を睨み付け、追い討ちをかけた。
「ここは、仮眠を取る控えの間じゃからなぁ、とっかえ、ひっかえ、人が来るのじゃ。できるだけ、受け入れられる様に、空きを作っておかねばならん。斉時様は、御屋敷へ、お戻りなされ」
「おいおい、髭モジャ、なんだよ、その、きつい言いぐさは、お前と、俺の仲間じゃねぇかー」
「しらぬ」
髭モジャは、冷たく返事した。
「や、や、や、あ、あ、そうか、夫婦喧嘩の最中だったか!こりゃー、すまん!」
ははは、と、斉時は、笑いつつも、しかしだ、と、まだ、首を突っ込んでくる。
「なあ、お前さん方、仮眠をとる場所って、どうゆうことだい?だったら、俺も、寝て良いってことじゃねぇか?」
「まさか!ここは、看護人が、休む場所、あなた様のように、騒がしいお方が、いると、実に、はた迷惑!」
橘が、イラつきながら、答えた。
「だ、そうですよ、斉時様」
呼ばれ、ん?と、振り替えると、入り口に、守満《もりみつ》が、立っていた。
「あー、髭モジャを借りようと思ってやって来てみれば……」
守満は、斉時をじっとりと見た。
「おお、みっちゃんや、なんだね、その、重い視線は。斉さん、ちょっと、腰が、引けちゃうんだけど、ってゆうよりも!みっちゃん!!!ついに!!!そうかい、そうかい!」
つつつ、と、斉時は、守満へ歩みより、イイ子が、出来たか、これからかい?と、にやけつつ、守満の背をバンと叩いた。
「まったく!何をおっしゃいますやら、私は、これから、宿直《とのい》の為に、出仕ですよ!供に、髭モジャをと思ってのこと!」
お務めに出るという、守満に、なあーんだと、斉時は、ガックリした。
「ああ、斉時様の所の、秋時様が、羨ましい!何せ、お役ご免、何もしなくてよいのですからーー!」
続けざまに、守満は、言うと、髭モジャへ、目配せした。
「おお!そうじゃ、斉時様、秋時様は、ご出家されるのでしょうなぁー?まさか、あれだけの事をして、まだ、お役目に付こうとしようとしておられるとか?」
ちょっと待てよ、おい、どうゆうことだ、と、斉時は、らしくない、蒼白な面持ちで、すとんと、床に座り込み、胡座をかくと、皆を見た。
「……かいつまんでお話しましたが、そうゆうことなのですよ」
守満が、真顔で、斉時に迫っている。
髭モジャも、いや、まさか、秋時様じゃったとは、と、肩を落とし、橘は、そうだわ、この房で、紗奈が、刃物を突きつけられて、男衆は、外から雪崩れ込んで来た、賊に立ち向かっていたから……。
「ああー、お前様!恐ろしかったことーーー!!!」
「そうじゃった、そうじゃった!皆、必死じゃったのだ!」
「ええ、まさか、秋時様が、こちらの隙をついて、賊を導かれるとは、思ってもおらず……。あれ?斉時様、何も、御存じないのですか?私も、父上も、てっきり、詫びに来られたのだと……」
守満が、斉時を更に追い詰めた。
「あーーれーー、お前様!思い出すだけで、震えが……」
「ああ、本当に、もう少しで、内大臣様の御屋敷と同じように、火を放たれる所じゃったーーー!!!」
続く、橘と髭モジャの、臭すぎる芝居にも、すでに、斉時は、取り入れられ、しかし!!と、声を荒げた。
「あれは!内大臣様の御屋敷は、もののけ、に、とりつかれた、琵琶法師の一団が、都を火の海にしようとして……なっ!!なんたること!!!あの、バカ息子は、よりによって、あやかしと、つるんだのかよっ!!!」
ああーーー!!!と、斉時は叫んだ。
「そうか、それで、あやかしから、逃げる為に、守ちゃんは、池ヘ飛び込んだのか……なんたることっ!!紗奈達が、怒って出て行ったのは、そうゆうことか、ああ!!!」
「斉時様、どうか、お気をしっかり。幸い、どうにか、皆、無事だったのですから」
守満が、空々しく、労りの言葉をかけた。
「すまぬ!!!この詫びは、改めて!!!至急、あの、バカ息子を取っ捕まえなくては!!!」
斉時は、立ち上がると、脱兎の如く駆け出して、その姿を消した。
「はあ、相も変わらず、騒がしいお方だなあ」
息をつく守満へ、橘が、問うた。
「あの、守満様?では、秋時様のせいということで?」
「うん、理由はどうあれ、秋時も、琵琶法師と組んでいた。あやつ一人に、罪を背負わせるのは、心苦しいが、父上が、そう、まとめられたのだよ」
「……政《まつりごと》を守るため、ですね?」
「ああ、そうだ、橘。後味は、悪いがな……」
内大臣や守近の企みが、今、表沙汰になれば、派閥闘争が巻き起こる。両家の問題、で、済まされなのは、目に見えていた。
「守満様、ただの、火事でございます」
髭モジャが、平伏した。
「ええ、ですから、私どもで、少しでも、罪滅ぼしを……。皆様の看病という形で……」
同様に平伏する、橘の言葉に、守満は、頷いた。