「ぐおおぉーーーー!!」
この日の葵は今までと全く違った。まさに鬼神の如しといった気合いの入り方だ。いつものローテーブルではなく、勉強机で教科書と問題集と真正面から向き合っている。
でも、その雄叫びはいらないんじゃないの? いや、気合いが入ってるからというのは重々理解してるんだけどさ。だけどぶっちゃけうるさいんですけど。
「な、なあ葵? あんまり根を詰めすぎるのも良くないから適度に休憩入れた方が……」
僕の提言、無視。ガン無視。
それどころか――
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!」
自分で擬音まで発するようになっちゃったよ。高校受験の時でさえ、ここまでヤル気に満ち溢れた感じじゃなかったのに。葵の本気を初めて見たよ。
やっぱり、さっき僕に耳打ちしてきた『ご褒美』の効果なのかな?
それを聞いた時、正直言って驚いた。心臓が跳ねる程に。まさか葵がそんなことを望んでいただなんて全く思いもしなかったから。
でも、よくよく考えてみたら当たり前なのかもしれない。僕と葵は幼馴染という関係から恋人同士という関係に変化したのだから。
避けることのできない道とでも言えばいいのだろうか。逃げ回ったところで、それは何の意味もなさない。それくらい僕だって分かっている。
でも、勇気が出なかったんだ。言い出せなかったんだ。我ながら嫌になるよ。このヘタレな性格が。だからこそ、葵の方から言ってきたんだろう。『ご褒美』という名目で。
本来なら僕の方がリードしてあげなきゃいけないのに。このままじゃ、葵に何かあった時に助けてあげられることなんかできやしない。もっと、もっと男として強くならなくちゃ。
そんなことを考えながら、改めて僕も覚悟を決め直す。根暗? ヘタレ? そんなこと、今はどうでもいい。自分を超え、ハードルを越えていかなきゃ、いつまで経っても僕は弱いままだ。
それじゃ駄目なんだ。僕は僕を超える。超えてみせる。そう。竹田さんのような強い人間になるために。
「なあ葵。どこか分からないとこがあったら遠慮なく言って――」
葵に近付いて後ろからノートを見たんだけど、思わず口をポカーンと開いてしまった。開いた口が塞がらないとはこういうことを言うんだな。
て、そんなことを考えてる場合じゃないや。
「ねえ、葵さーん? お勉強はどうしたのかなあー?」
僕は手で葵の頭をガシリと掴んだ。本当は軽く頭でも引っ叩いてしまおうかと思ったけど、自重。だってさあ。
「ご、ごめんなざいーー。どうが、どうがお許じをー!」
上目遣いで涙も鼻水もだらだら流しながら泣いて謝ってきたんだもん。引っ叩くなんてできるはずもない。
それで、どうして僕の開いた口が塞がらなくなった理由。葵のノートにビッシリとウサギの絵が描かれてたから。何匹いるのさ、これ……。軽く百匹は超えてると思うんですけど。
「葵さあ。なんで勉強してるフリなんてしてたのさ? 分からないんだったら僕に訊いてくれれば教えてあげたのに」
「だっで、だっで憂ぐんにだよっでばっがりじゃだめだと思っでーー」
「だからって、そんなにウサギの絵を描いてても期末試験をクリアできないじゃん?」
「ゔ、ゔん。ぞうなんだげど、ずっごぐ上手ぐなっだ。ウサギざんの絵を描ぐの」
涙声でそう言った葵だけど、それ、意味あるのかな……。うん。ないよね。
まあ、仕方がない。かなり時間をロスしちゃったけど、まだまだ挽回できる。
「――分かった。葵。急で悪いけど、今晩泊まらせてもらうよ? 確か寝巻きは葵の家に置きっぱなしだったよね?」
「え? う、うん。そうだけど……」
両手でグジグジと涙と鼻水を拭って、葵は僕を見る。まだ潤んでいるその目は、紅涙と言っていい程に綺麗で美しく見えた。
「よし! それじゃ、遅れを取り戻すためにもしっかりと教えてあげる。頼ってばかりでとか言わないの。葵のためになるなら、僕はいくらでも頑張ることができるからさ」
葵は頬を朱に染めながらポーッとした目で僕を見た。今、葵は何を想っているんだろう。僕はそれを知りたかったけど、あえて訊かなかった。
「いいの? 憂くん教えてくれるの? たくさん迷惑かけちゃうかもしれないよ?」
「今さら何言ってるのさ。別にいいよ、いくら迷惑をかけたって。気にすることなんてないから。だって――」
だって僕は葵の恋人なんだから、と。
そう、彼女に伝えた。
『第25話 期末試験と葵と【2】』
終わり
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