テラーノベル
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深澤はジャケットの袖を気にしながら、スマホを構える。
テーブルの上には大トロ、ウニ、キャビアまで乗った寿司。ついでに 買ってもらった新作ブランドバッグも並べて。
「辰哉くん、食べるより写真が先か?」
「当然っすよ〜。こんないい日のことは残しておきたいじゃないっすか!」
茶目っ気たっぷりに笑う顔は、照明を受けてきらめいていた。
時計の文字盤も、ピアスも、すべてが光を返す。
ひと口頬張れば、とろけるような味に思わず目を細める。
「やば……幸せ過ぎる……。ねぇ、社長さん、次はあれ食べていいっすか?」
深澤辰哉は、芸能人だ 。
正確にいえば「芸能人らしい肩書き」を持っているだけで、実際は数ヶ月に一度、端役でテレビに映るかどうか。オーディションに呼ばれることも少なくなった。
同期たちがひとつ、またひとつと名前を残していくなか、自分だけが取り残されている。
「辞めれば楽になる」なんて言葉は何度も頭をよぎったけれど、スポットライトの残像が消えてくれない。しがみついている。滑稽なくらいに。
けれど生活は待ってくれない。
家賃、携帯、衣装に見栄え。
どれかを削れば一気に“負け”が滲み出ることを、彼は痛いほど知っていた。
そんなときに――業界人からの口コミは、意外と早い。
「深澤って子、意外と気が利くよ」
「ノリもよくて付き合いやすい」
「口も堅いし、イイ子だよ」
その評価が、仕事じゃなく、別の方面で広がっていった。
銀座の夜は、ビルの明かりすら宝石みたいに見えた。
深澤はショーウィンドウに映る自分の姿をちらりと確認する。
ジャケットもバッグも、腕時計も、全部“パパ”から与えられたもの。
足元のピカピカの靴が、石畳に街灯を反射してきらめいていた。
「辰哉くん、似合うよ。やっぱり華がある」
横を歩く男の言葉に、ふっかは軽やかに笑う。
「いや〜、社長が選んでくれるからっすよ」
返し方は完璧。歩き方も、笑顔も、視線の角度すらも“演出”だ。
夜のホテルラウンジで、グラスを傾ける。
ホテルに入っている鉄板焼き店で食事をしたあと、ラウンジで一杯。どうせもうすぐ、
「部屋を取ってあるんだ。この後、どうかな」
ほらきた。
深澤は笑う。どんなに内心が擦り切れていても、笑顔は売り物だ。
「もちろんっす!楽しかったら、はずんでくださいね♡なーんて!」
グラスを置く手に、震えはない。
心を差し出すつもりなんて、はじめからなかったから。
コメント
1件
やばい、天才です…