テラーノベル
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俺はしばらくそのまま打たれたけれど、そんなに長い時間じゃなかったと思う。ふいに打たれるのが止んだ。麗華さんはヒールの音を鳴らしながら優雅に俺の目の前に佇んだ。顔を上げた。唇を噛んでいたんだろう、少し血の味がした。
「よく頑張ったわね」麗華さんはそう言ってそっと俺の頭を撫でると、拘束具を外してくれた。俺は情けないことに膝から崩れ落ちた。
なんだか達成感に満ち溢れていた。脚がガクガクしてまだ立てそうになかったが、それでも満ち足りた気がした。
「どう?」
「──背中が熱い。血行がよくなったかんじ?」
俺が薄ら笑いでそう答えると、麗華さんは眉を顰めた。
「馬鹿ねえ」
「でもなんか気持ちいい」
そう。麗華さんはそっけなくそう言うと俺に手を貸してソファに座らせた。背中はじんじんと痛んだ。麗華さんは奥に行くとペットボトルの水を持って戻ってきた。それを俺に手渡した。
「ありがとう」身体が熱くなってるからちょうど良かった。
「ミミズ腫れにはなってるけど、血は出てないから」そう言って俺にワイシャツを投げて寄越した。
「全く。Mでもない人に鞭を振るうなんて初めての経験だわ」
「そっか」
「私の一本鞭を受けられるなんて滅多にないことなんだから! 超ご褒美よ」
「そうなんだ? それはありがたいことなんだな」そう答えると麗華さんは呆れたように俺を見て長い溜め息をついた。
「痛みのわりに跡が残らないの。まあ自慢ね」
「それって難しいの?」
「下手な人がやると痛みがあれば傷がついたり、逆に芯を外して全く痛くなかったりするわね」
「練習したんだろ?」
「まあね」
「じゃあもう職人じゃん」
俺がそう言うと麗華さんは目を丸くして俺を見つめた。
「匠の技なんだろ?」
「ま、まあ、そうね」麗華さんは分かりやすく照れた。
そろそろ時間だった。俺はゆっくりとワイシャツに袖を通した。それからマウンテンパーカーを羽織った。背中だけがもの凄く熱い。それもまた心地良かった。
「──ねえ、麗華さん」麗華さんは俺を上目遣いで見上げた。睫毛が揺れてそれもまた色っぽかった。
「また来ていいかな?」
「いいけど。どうして?」
「楽しかった。胸キュンは分からないけど、スッキリしたから」
何故かそれを聞いて麗華さんはもの凄くしょっぱい顔をした。たぶんそれじゃない……とかブツブツ呟いていたけど。
俺が部屋を出ようとするとふいに麗華さんに腕を取られた。
「木崎さん、だったわね。困ったらウロウロしないでここにいらっしゃい。免疫がなさすぎて心配だから」
石川と同じことを言われた。きっとこの人もいい人なんだろう。
「木崎碧です。また来ます」
そう言って店をあとにした。背中はまだじんわりと痛んだ。けどなんだかすごく満足していた。
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