翌日の朝、ユーディアは村人の馬車に乗り、ほぼ一日揺られて王都へ向かった。
納品用の馬車は決して乗り心地がいいとは言えない。だが揺られるだけでは退屈なので、作業道具を持ち込んでせっせと装身具作りに励んだ。もちろん、納品用ではなく自分用──というより、「作る」ことを目的にしていた。
空に夕方の気配を感じ始めた頃、馬車は王都に到着した。
その日の宿を取ると、早速ユーディアは市民街側のマーケットに向かった。王都は貴族も多く住むが、人数だけで言えば市民のほうが多い。ユーディアの客は、あくまで市民たち──の、つもりではいた。
石畳で舗装された道を進みながら、見慣れた看板のある雑貨屋の前で足を止めた。
扉を開けて中に入ると、カランカランとドアベルの乾いた音が響く。
「いらっしゃい……ああ、フィスィさんか」
愛想のいい女性の声が一瞬響くが、そのトーンがすぐに落ちた。見知ったユーディアの姿を認めたからだろう。
細身で背の高い中年の女性で、この雑貨屋の店主だ。
「こんにちはー」
「納品かい」
「そうです。その後、売れ行きはどうですか?」
カウンターに歩み寄ると、ユーディアは腰から下げた鞄から一つ一つ包みを取り出して並べた。
包みを開いて取り出すと、中身を確認していく女店主。
「今回は、指輪五つ、腕輪が四つ、首飾りが二つです」
「……相変わらずいい出来だね」
褒めてくれているはずなのに、女店主の声はどこかトゲがある。その理由を、ユーディアはよくわかっていたが──だからこそ、無視した。
女主人が商品の確認をしていると、カウンターの奥から人の気配が近づいてくる。
「おばさーん!」
明るく元気な、少女の声だ。現在十八歳の自分よりも、二つ三つ年下くらいだろうか、とユーディアはなんとなく考える。
女店主の後ろから出した顔は、やはり覚えのない少女のものだった。ぎょっとするユーディアの顔を無遠慮に眺めたあと、視線はカウンターの上に向く。
「もしかして、この糸で作った装身具の職人さんですか?」
「……はい」
「会えて嬉しいです! あたし最近このお店の手伝いを始めた、店主の姪っ子です」
「はぁ」
妙に興奮した姪っ子の少女に引いているユーディアだったが、少女は勢いのまま喋り続ける。
「うちって市民向けのお店なのに、この装身具は貴族も買いに来ててびっくりしたんです!」
「……たまたまですよ」
答えながら、ユーディアは嫌な予感がしていた。似たような反応に覚えがあったからだ。
「どれもすっごい素敵ですし、手間暇かかってますよね。でも、せっかくならもっとたくさん売れたほうが──」
「やめときな」
姪っ子が最後まで言う前に、女店主が割って入った。
「ユーディアさんに、作り方を教えてもらおうって魂胆なんだろう」
「ダメなの?」
「無理を言って困らせるんじゃないよ」
「困らせるなんて! あたしも同じように作れるようになれば、この素敵な装身具がもっと色んな人の目に触れていいこと尽くめでしょ? そう思いませんか、ユーディアさん」
女店主相手では埒が明かないと思ったのか、姪っ子は輝く瞳をユーディアに向ける。
埒が明かないと思ったのは女店主も同じだったようで──
「ユーディアさん、教えるのには向いてないのよ」
女店主はバッサリ切り捨てた。あまりに露骨な言いように、ユーディアは密かにビクつく。
「教えるよりも、自分で作るほうが好きみたいだから……ねぇ? ユーディアさん」
「そう、ですね……すぐ目の前の作業に没頭しちゃうので」
「え、おばさんも教えてもらおうとしてたの?」
「まぁね。何が言いたいのかわからないから手元を見せてもらってたんだけど、こっちが見てるのなんてお構いなしに、ものすごい速さで黙々と編み続けてたからねぇ」
カラカラと笑う女店主に合わせて、ユーディアもなんとか笑みを浮かべる。しかし何も知らない人間からすれば、苦笑いにしか見えなかっただろう。
すでに話に出た通り、ユーディアは以前、女主人にも装身具の作り方を教えてほしいと頼まれたことがあった。魔術の組み込み方を教えられないが、装身具としての作り方を教えることはできる。
だから言われるままに教えようとしたのだが──まったく成果はなかった。
(あのときのこと、かなり根に持たれてる……)
この店とユーディアの家系は、それなりに付き合いが長い。装身具といえば、金属やカットされた宝石を使用したものが、今の貴族間の流行だ。簡単な研磨しかされていない鉱物や糸を使った装身具は、貴族からすれば時代遅れとなった。
また、製作そのものに時間がかかるので、値段もそれなりにする。それでも定期的に納品できるのは、市民をターゲットにした店でありながら、ニッチな層の貴族が買いに来るという、ツテがあるためだ。
女店主が売るのをやめると言えば、長年のツテを失うことになる。流行遅れの装身具を置いてくれる店が、市民街にどれだけあるか。
そういった事情から──女店主は、ユーディアに少しキツく当たることがある。ユーディアに教えを乞うたのも、「品揃えや種類が増えれば、ニッチな層の貴族の興味をさらに引けるかもしれない」という、商売魂からだったようだ。
(私だって、教えられるならちゃんと教えたいよ……)
しかしユーディアには、それがうまくできなかった。教えてもうまくできない女店主はだんだん不機嫌になっていき──教わるのを、諦めた。
「まるで、取り憑かれてるみたいだったよ。糸を握って編み続ける姿がさ。周りには他に何もありません、って言われてるような気分だったね」
苦笑いする女店主。冗談めかして言ってはいるが、確実にトゲを含んでいた。
(作ってみたいって言われて……嬉しかったのに)
自分の不甲斐なさと、ネチネチ言ってくる女店主に言い返せないやるせなさに、ユーディアの気が重くなっていく。
その空気を感じたからか、姪っ子はそれ以上口を挟まなかった。女店主は納品した装身具の数を改めて確認し、代金を支払ってくれた。
一部とはいえ、貴族からの購入が期待されることもあり、それなりの金額をもらっている。足元を見た破格をふっかけてこないだけ、女店主は良心的でもあった。
だがそれがユーディアの罪悪感と――それとはまた別の暗い気持ちを加速させる。
そのため、最低限の事務的な会話だけ交わして、ユーディアは逃げるように雑貨屋を出てしまうのだった。
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