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眩暈と称して、目を閉じたのは、鍾馗《しょうき》を念視するため。
晴康《はるやす》には、人と異なる力があった。陰陽道を極めた、陰陽師、だからではなく、産まれた時から不思議な力を備えていたのだ。
これを、知られてしまえば、きっと──。世の中の、権力者という名の、魑魅魍魎《ちみもうりょう》達が群がって来るだろう。そして、あっさり捨てられる。
己の力を知られないよう、晴康は、陰陽寮の冴えない下っ端官吏として、世を欺《あざむ》いていた。
果たして──、
鍾馗は、築地塀に向かって顔をしかめていた。そこには、炭で書かれた文字がある。鍾馗は、水をぶちまけ、藁束で、こそぎ落とす。
「誰ぞ、その様な事をするのは!」
「とと様!鍾馗が、見張っておきましょうぞ!」
「うむ……」
親子で、顔を付き合わせ、相談する様──、続き、天秤棒を手に、仁王立つ、鍾馗の姿──。
晴康に見えたのは、屋敷に降りかかる、何かしら嫌がらせの類に困っている鍾馗親子の姿だった。
先ほど、晴康の灯りを見た鍾馗が、すぐに声をかけて来たのは、その様な事情があるからだろう。
この、からかいに見せかけた、嫌がらせは、誰が誰へ向けて行っているのか。
晴康には、その理由も、相手も分かっていた。しかし、証拠も無し。そして、仮に証拠がみつかったとしても、虚偽のもの、子供のいたずら程度に扱われる。
当然、それから先へは、進めない。それも、わかっているだけに、歯がゆさしか残らない。
「あー、鍾馗殿、すみませんが、この松明とあなたの物を、交換して頂けませんか?これでは、屋敷まで持ちそうにありません」
「おお、これは、気が利きませんで!」
鍾馗は、何のためらいもなく、自分の松明を差し出してくる。
(……これで、良いのだ。今日のところは、退散すべきだろうな。)
きっと、どこかに、黒幕の手下が、潜んでいるはず。このやり取りも、見られているはず。
「いやー助かりました。あっ、常春《つねはる》に、宜しく伝えてもらえますか?そのうち、礼に向かうと言ってもらえれば……では、私はこれで」
「お安いご用意ですよ。必ずお伝えしておきます」
鍾馗は、顔をほころばせ、晴康の姿を見送った。