「ああ、善悪君、上座、上座に座ってねぇ、一杯食べて行ってね~」
「いや、今日の主役はヒロフミさ、ゴホン、お義父さんでござる、拙者はコユキ殿の隣にでも座るでござる、ほらコンビだからね、コンビ」
母ミチエの提案をやんわりと断った善悪の声にリエとリョウコがニヤニヤ微笑んでいる。
些か(いささか)気まずさを感じつつもコユキの隣に腰を下ろした善悪の正面には、当たり前の様にトシ子と並んで座っているアスタロトの姿が……
「おい、でござる、アスタお前何当たり前の様に茶糖家に泊り込んでるのでござる? はしたない! 少しは常識を弁える(わきまえる)でござる!」
「? 常識か…… なるほど、人間の中で暮らすのならば現代日本の普通も知って置いた方が良いか、じゃあこの家の皆に教えてもらうぞ! 善悪、それで良かろう?」
馬鹿言ってんじゃねえ、そう善悪は思った。
何処を探せばこんな無茶苦茶な家庭があるというのか、ここで学べる事があるとすればそれは『非常識』、若(も)しくは『狂気』ってやつだけだろう。
とは言え、キ印が全員集合したこの場所で、そんな事を言える訳もないので、オブラートに包む事にした善悪は嘘を吐くのであった。
「勿論この家でも常識は教えてくれるであろう、んでも、そうしたら我輩の修行はどうするのでござるか? 今迄みたく幸福寺に住んでいれば、君達がいて、あ、僕がいる、状態であればお互いに教えあえて良いじゃあーりませんか? でござろ? 兎に角一旦帰ってきなさい、良い?」
ふむ、中々上手い事言うもんだな、そんな風に思っていると、又トシ子がブっこんで来た。
「んじゃあ、アタイも幸福寺に住むよ! ついでにコユキもよしおと一緒に住んじゃえば良いじゃん! 夢の同棲生活だよ? ユー(複数形)始めちゃいなよ!」
何故かトシ子に合掌して拝みだした善悪の隣でコユキが真っ赤になって言った。
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ、おばあちゃん! そ、そんなはしたない!」
プイっと横を見ると拝んでいる善悪が目に入ったのだろう、何故か問答無用でその頬に平手を打ち込むコユキであった。
「ぜ、善悪君! コユキダメじゃないの! こんなんでも和尚さんなんだから、手加減しなさいよ! あと、顔はダメよ、ボディにしなさい、ボディに!」
唯一まともだと思っていた、母ミチエの発言に驚くでもなく善悪が口にする。
「お義母さん、大丈夫でござる! 僕ちんもキライな方ではない、というか大好物でござるから~むふぅ~」
「「きゃー! 大好物だってぇ~♪」」
「良い覚悟だな善悪、まあ、お前も飲め、ほら飲めよ! アタシの酒が受けられないって言うのかい? おい、聞いてんのか、クソ坊主!」
いまこの場にまともな日本人は一人もいないのであった……
楽しそうで何よりである……
まだ乾杯もしていないのに一人一升瓶を抱えてへべれけになっているツミコは、善悪に絡もうとしてコユキからの口撃(コウゲキ)に曝(さら)される。
「ちょっと叔母さん、善悪車で来ているんだからお酒勧めるとか非常識な事やめてよね! んな風だから結婚も出来ないのよ、このアル中嫁かず後家! ごめんね善悪、こんなの相手にしないで良いからね、不幸が移るからね!」
「ぐっ……」
「ツミコの事なんかどうでも良いじゃろう、今日はマダまともな方のヒロフミの誕生日じゃぞい、皆でハッピーバースディの合唱じゃ! ……ツミコ、そんな嫌な顔すんじゃったらここに居らんで良いぞ…… というか、お前誰に断ってここに座って居るんじゃ? ここは仲良し家族のパーティー会場じゃぞ? 自分の立場分かっているのかえ?」
ええっ、ツミコさんてこんな針の筵(むしろ)で暮らしているのかよ?
これが善悪の偽らざる気持ちだったが、如何に檀家とは言え、他所様(よそさま)の事情に軽々しく口をはさむ物では無い、むしろこの場に招かれた客として場のムードに合わせておこうと考えた結果、トシ子やコユキと同様に鋭い視線をツミコに向けると聞こえる様に舌打ちをするのであった。
一升瓶をギュッと抱いて下を向き小刻みに震えながら一人だけ歌いもせず黙ったままでツミコはその場に座り続けていた。
彼女の様子に一切構うことなく、その他のメンバーは満面の笑みで誕生会を続けて行く。
今日の主役、父ヒロフミが立ち上がって乾杯の音頭を取る様だが、何故かその手にはサター○白があり、彼はそれを高々と持ち上げて一同に向けて言うのであった。
「セガ○ターンに、そしてソニ○クにっ! 乾杯!」
「「「「「「ソニッ○に!」」」」」」
「えっ? か、かんぱい……」
善悪は驚いてしまった、この家、なに? であった。
もしかしてマトモなのってツミコさんだけなのではないか?
そう思い彼女に視線を向けると、善悪の視線に気がついたツミコは小さく首を左右に振って見せたのである。
その動作はまるで、
――――止めときな、あんたじゃまだコイツらには敵わないよ、あたしの事なら大丈夫だから、コイツらに合わせて置きゃあ良いんだよ
そう言っているように見えた。
息を飲む善悪。
黙りこむ善悪の姿を確認すると、ツミコは静かに立ち上がり黙って部屋を出て行くのであった、当然の様に引き止める事も声を掛ける事もしない家族たち。
善悪は戦慄を覚えたが頑張って隣のコユキに言うのであった。
「こ、コユキ殿、僕ちんチョットお手洗いを借りてくるでござるよ、ゴメンね食事前に」
「そうなの? もしかして大? なはは、冗談よ! 早く行ってきなさいよ、漏れるわよ」
えへへと作り笑いを残して廊下へ出た善悪は、茶糖の屋敷の中で日中は殆ど(ほとんど)日が射さず、反して夕方になると強烈な西日に曝される北西の端に位置するジメジメしたツミコの部屋へと移動し、そのドアをノックするのであった。
コンコン
「…………なんだい? 開いてるよ」
「失礼するのでござる」
ツミコの声を聞いて部屋のドアを開けた善悪は、板の間に置かれたローソファの上に寝転んで、湯飲みから酒を煽(あお)っていたツミコの正面に正座をするのであった。
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