「うん、大丈夫だよ。でも、さっきスタッフステーションで確かめたら朝も昼も食べてないって聞いた。才花ちゃん…食事だけはなんとか頑張れない?」
ベッドに足を伸ばして座らされた私に、洋輔さんが声を掛ける。
しーちゃんが一番気にしてるところで、きっと今日は来られないほど…しーちゃんもぼろぼろなんだろう。
洋輔さんの向こうにしーちゃんが見える……羅依の言う通りだ。
「食事を入れる前に、吐き出さないといけないものがある。それを出さずに、次々に押し込むことが出来ないだけです。才花がパンクしちまう」
そう言った羅依と私を見比べて、洋輔さんが窓際から一歩ベッドの足元へと動いた。
「才花ちゃん、紹介してもらえる?香にはちょっと聞いたんだけど…」
「カフェの知り合いで、藤堂羅依さんと緑川タクさんです」
「ははっ、才花ちゃん。俺、拓史ね、一応」
「あ…ごめんなさい」
「いいよ、いいよ。いつもタクって呼ぶからだよね」
「…うん」
いつものフリ、ちゃんとしなくちゃ。
「木村です」
「香です」
「才花ちゃんのお母さんのような方のご家族ですね?」
タクの言っていることは正しい。
私が言った事実だ。
そして洋輔さんと香さんは私と近しい関係でない……と、再確認するような音にも聞こえる。
私が週に二度、食事に訪れても毎回会うわけではないからね。
「ここに入院している意味は?食事、食事と言うくらいなら、自宅に居てもいいんじゃないんですか?この真っ白い空間に一人では気分がいいはずがない」
「病気じゃないのに、病気になるよね?」
羅依とタクは、洋輔さんと私のどちらも見ながら、私が気づいていなかったことを言う。
「ケガの手術待ち、正確には同意待ちです」
「才花、詳細」
「…洋輔さん、お願いします」
「チッ…面倒なのかよ」
洋輔さんは同意待ちと言う…そうなんだろうけど…私が同意すれば膝の手術ってことだけど…でも意味のあること?
……よくわからないよ……
羅依に求められた詳細説明を放棄して、窓の外に目をやるとスーっと鼻から空気を吸い込む。
チラッと私を見た羅依の綺麗に整えられた無精髭を見ながら洋輔さんの説明を聞き終えると、今度はため息が出てしまう。
「才花、すぐ退院だ」
「「えっ?」」
声を上げたのは洋輔さんと香さんで、私は視線だけを羅依に向けた。
「頭部に問題なけりゃ、ここから動いてよし。分かるか?」
「うん」
「病気でもなく食事制限はない。分かるな?」
「うん」
「打撲は時間が経てば治る。これもいいか?」
「うん」
「膝はスポーツ診療科に連れてってやる。サッカー、ラグビー、アメフト、バスケのトップレベル選手の手術をする先生に診てもらおう。それからで大丈夫だ。ここに用はない」
納得出来る説明だがプロの選手と、契約に追われることのない私とは復帰の是非が違っている。
そんな先生を紹介してもらっても、先のことはわからない。
「言え」
‘詳細’‘言え’と、あの夜のように最短で話すのは羅依の素で、あとは一生懸命話してくれているのだろうか。
「プロ選手を診る先生のところに行っても…私は……わからない…よ?」
コメント
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洋輔さんは奥さんであるしーちゃんがぼろぼろだから、どうにかしてあげたい。ただそれだけのように感じる。才花ちゃんの気持ちは置いていかれてるよ。 羅依、そこに転院するのとこことではどう違うの?私全くわからないよ。