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結局、彼女は北口の駅ビルまで足を延ばし、セレクトショップで、ボルドーのAラインワンピース、グレージュのVネックカットソーとロングマーメイドスカートのセットアップを購入。
革が細かく編み込まれた、黒のバックストラップのサンダルも買うと、連日の猛暑で疲弊していた優子は、急いでホテルの部屋に戻った。
シャワールームで汗を洗い流し、髪を乾かすと、ネイビーのスキッパーブラウスとワイドデニムに身を包み、ソファーに横になる。
(あ〜あ……何か退屈だよ……)
リビングの時計を見やると、そろそろ十三時になろうとしている。
(お腹も空いてきたし、一階のレストランで、ランチにしようかな……)
彼女は軽くメイクをすると、財布とルームキーをワイドデニムのポケットに入れ、部屋を後にした。
エレベーターで一階に降り立った優子。
ロビーの先にある、和風創作料理のレストランへ向かおうとした、その時だった。
彼女から少し離れた場所で、嫌というほど見覚えのある男性が、女性と手を繋いで歩いている。
(あれは…………まさか……)
俳優のようなイケメン、落ち着いた紳士を醸し出している男性は、女性を見下ろしながら破顔させ、パートナーらしき女性は、アーモンドアイを細め、一緒にいる男性に微笑んでいる。
かつての恋人だった本橋豪だ。
隣にいるのは、現在は妻となった彼女と思われる。
平日の日中に、こんな所で遭遇するとは考えもせず、優子の面差しは怯み、歪んでいく。
『さて、昼メシも食い終わったし、せっかくの平日休みだ。奈美は、どこに行きたい?』
人混みの隙間から聞こえてくる、元恋人の甘美で低い声音。
(そうだった……。彼女、奈美って名前だった……。しかも……清純派女優みたいに可愛い女性だったんだ……)
思えば、豪の新しい彼女、もとい妻を見たのは、これが初めて。
豪が妻に向けている笑みは、優子には一度も向けられた事のない、蕩けるような表情だった。
夫婦は、彼女に気付かず、楽しげな会話を交わしている。
『今年の夏のバーゲン、まだ行ってないから行きたいなぁ。豪さん、付き合ってもらってもいい?』
鈴を転がしたような透明感のある声音に、優子の胸が押しつぶされそうになってしまう。
『当たり前だろ? 奈美の着る服を、俺が選んでもいいぞ?』
『もうやだぁ……恥ずかしい……』
豪が人目も憚らず、妻の頬を軽く抓ってフニフニさせた後、妻の頭を撫でている。
(前に谷岡クンが言ってた通りだ……。あんな表情の豪…………初めて……みた……よ……)
優子の視界が徐々に滲んでくると、踵を返してエレベーターホールへ小走りしていった。
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