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「うふふ。八門さまって健啖家なのですねぇ。食べっぷりが素敵です♡」
「はぐはぐはぐ…もくもく…ごきゅ。お恥ずかしい限りです。でも俺、こんなに美味い飯なんて食ったこと無くて。…がぶり。もぐもぐもぐもぐ…」
庚さんに手を引かれて辿り着いた広い和室。その真ん中に据えてある黒光りする低く大きな和テーブルには、超がつく高級旅館の豪華な朝食そのままが、二膳分だけ配されていた。具だくさんな味噌汁と、大振りな鮭の切り身と、鰻の出汁巻きと、胡瓜と白菜の漬物に、大判な焼き海苔に、橙色な生卵に、茄子と小松菜の煮浸しに、牛しゃぶサラダやらが付いている。
テレビでしか見ない白木造りの木桶から、彼女がよそってくれたホカホカな白米がとにかく美味い。そしてこんなにも香ばしい鮭があるなんて知りもしなかった。それに鰻を巻いた卵焼きなんかも生まれて初めて食べる。味噌汁や漬物も驚くほど旨味が濃い。これぞ上級国民の朝食なのだろう。
「うふふふっ♡。まだまだ沢山ありますからね?。……あら?嬢さま。」
あまりの旨さに、俺が夢中になって箸を進めている所にスラリと開かれた正面のふすま。そこには目を見張ってしまうほどの黒髪な美少女が、空色な振り袖で立っていた。和装ならではな小さい歩幅で静々と入室しては、俺の真正面に、やはり静々と正座に座る。この気品はどこから来るのだ?
「わたしも…お腹が空きました。ご飯をください。……ヤツカドさま?…かのえの事を気に入って下さったみたいで良かったです。彼女は文武両道にして才色兼備、何なりと申し付けて上げてください。…ありがとう、庚…」
「ゔ!。もぐもぐもぐ…ごくん。い…いえいえ申し付けるだなんて。本当に何から何までお世話になりっぱなしで申し訳ないくらいです。…何なりと申し付けられていいのは俺の方ですよ。…あは、あははは。(ヤバっ!やっぱり可愛いなぁ黒羽さん♪。でも、まだダメージ残ってそうだし…)」
何となくな気まずさに、俺の箸は速度を緩めた。大口を開いてガツガツと食べていた自分が少し恥ずかしくなってくる。そんな事を考えているうちにカノエさんが、マンガ盛りに盛られたお茶わんを持ってくる。マジか?
「頂きます。ぱく…もぐもぐ…こくん。さすがはヤツカドさま、お心が広いのですね。…それでは唐突ながらお願いがあります。そんなあなた様を見込んで、この白獅子大社の守り人を勤めては頂けませんか?。ぱく…」
「!?。ごほっ!?ごほごほっ!。……俺が…この神社の?。(守り人ってなに?。…ビルの中を夜回りする、あの警備員みたいなもんなのかな?。確かにこの辺は…夜になると人通りが減るからなぁ。でも掛け持ちは…)」
「もくもくもく……こく。…はい。お給金は月に50万円。その他のお手当も当然付きます。賞与は四季ごとに二ヶ月分を支払いましょう。…業務内容は時と場合に寄りますが…神社への侵入者を排除するのが主なお勤めです。…その手段もヤツカド様に一任いたします。…いかがでしょうか?」
「…えっと。あ。はぁ。…ぱく。もぐもぐもぐ…(…聞き間違いだよな?。そんな破格すぎるリクルートのお誘いなんて有り得ないし。…ははは…)」
『触らぬ神に祟りなし。』よく理解できない事には耳を貸さないか…蓋をしてしまおう。特殊詐欺に遭わない為にも俺はいつもそうしている。そうしていても会社の先輩から騙された事もあるんだし…ここは聞き流そう。
そんな事を考えているうちに、黒咲鈴の目前に並んでいる皿の料理が次々と消えてゆく。派手に山盛りだったお茶碗のご飯も、既に…残り少ない。呆気にとられている俺を置き去りにして、その黒髪美少女は全ての料理を平らげた。俺でもなかなかな量なのに…あの華奢な身体のどこに入った?
「…うふふふ♪。健啖さでは負けてませんね?。…嬢さま?お代わりは。」
「いいえ、充分です。ありがとうかのえ。…どうでしょう?八門さま。」
「えっ!ちょ!マジなんですか!?。(月に五十万って事は年収がザッと六百万!。しかも賞与が100万かける4回っ!?。だとすれば憧れの1000万プレーヤーかよ!?。…いや待てレオ。美味い話には必ず裏があるもんだ!ここは慎重に!。…だけど…黒羽さんもかのえさんも凄い美人だしなぁ。…ここで断ったら一生会えなくなるかもだし。だけどなぁ…)」
黒咲さんから少し遅れて俺もようやく食事を済ませた。そこにまたも投げ掛けられたリクルート案件。金額的に申し分なくとも…言うだけなら誰でもできる。そして神社とゆう場所がそれほど儲かるとは思えないのも本音だ。年に何度かのお祭りがある程度で、お寺ほどは稼げないだろう。しかも地方都市の小さな神社だ。提示された金額にリアリティーが見えない。
「疑うのも致し方ないお話ですね。ではこうしましょう。かのえ?奥の部屋から包みを持ってきてください。…ふ〜。ふ〜。こく、こく、こくん…」
「あらあら嬢さま。…よろしいのですか?」
「この場で決めて頂くためにも…最も誠意の見える方法が一番ですから。」
「畏まりました。…八門さま?お茶です。…そのままでお待ち下さいね♡」
「はっ!はいっ!。(ううう…かのえさんのあの笑顔だけで俺は。そして…黒羽さんと二人っきりなんて。…不味い…めちゃくちゃ緊張してきた!)」
だが…俺は…即決してしまった。紫檀のテーブルの上に置かれた…現金1000万の札束に目が眩んで。しかし安サラリーマンで社畜な俺にはこの上もない好機だ。今この時を逃せば、死ぬまで後悔することも間違いない。
工事の見積書やパソコン画面でしか見たことの無い桁数の紙幣が、帯封も付いたままで置かれている様はまさに圧巻だ。しかも孤独で低学歴で世間知らずな20歳の俺が掴むにもあまりに大きい額。しかしそれが今、俺との契約金として確かに目の前にあるのだ。ここで決断せねばいつできる!
「はぁい。少し休憩しましょうか八門さま♡。太刀筋も良くなって来ましたねぇ。これなら不埒な輩も立ちどころに成敗できそうですわぁ♪」
「はぁはぁはぁ。き、恐縮です。(かのえさん。今度は木刀で打ち込んでこいって言うからやってみたけど…全部払われてかすりもしない。…ひとつでも当てられたらイイ事してあげます♡。なんて誘うんだもんなぁ…)」
白獅子大社の守り人として正式に契約を結んでしまった俺は、庚さんに連れられて錬気堂とゆう建物に来ている。あの攻撃的な木偶人形があった道場とは違い広々としていた。高い位置にある横に長い窓の他は何も無いのだが、磨かれた輝く床と佇まいに…並々ならない雰囲気と歴史を感じる。
「はぁはぁ…くっそ〜。……かのえさん。ちょっと聞いていいですか?」
「はい?なんでしょう。かのえのお胸のサイズですか?。確か86の…」
「い、いやいやそうじゃなくて。…俺なんかがホントに役に立てるんでしょうか?。…その…女性であるかのえさんにも…ぜんぜん敵わないし…」
たらふく美味い飯を食ったお陰で体力は有り余るようだったし、二日酔いなんて忘れ去っている。鍛錬用にと渡された初めて握る木刀も思いの外に軽かった。それだとゆうのに、教えてもらった最短の切り下ろしは軽くいなされ、返す刀さえ見切られてしまう。俺なりに考えるに…圧倒的にスピードが足りないのだろう。彼女は足を止めても…難なく避け続けていた…
「大丈夫ですよ?。だって八門さまは耐性がおありですし、かのえの抱擁にもビクともしませんでした。…はい。この竹刀に注目してください♡」
「…?。…は、はい、見てます。」
『バキャ!!』
「ひえっ!?。(竹刀が一瞬で粉々に!?。玩具じゃ…なかったよな?)」
俺の前にスイっと差し出された真新しい竹刀。打ち合ったせいか少しササクレだってはいたのだが、彼女が竹刀の胴を無造作に掴んだ刹那、孟宗竹か真竹で出来ているはずのソレは細かい繊維状になってパラパラと砕け落ちた。切っ先と柄の二つに別れて…元竹刀だったとゆう形跡だけは辛うじて残している。もはや目が点だ。手品にしては生々しいし…なんなんだ?
「とても恥ずかしいのですがぁ。かのえの握力は250キロあるのです。背筋はその20倍ほどでぇ…抱き締める力は水の詰まったドラム缶を物ともしません♡。普通の殿方ならぁ…くしゃっと潰れてしまうのですが…八門さまは、かのえのお胸の感触を楽しむほどの余裕がありましたよね?。(しかも…とても逞しい『せっかん棒』をかのえのお腹に突き着けて♡。ああ…あの剛直に逞しい感触♡。いつか堪能してみたいものですぅ♡ )」
少しクネクネと身を捩りながら、照れくさそうに話す庚さんが可愛い。のだが、同時に感じたのは凄まじい恐怖だった。あのフロント・ベア・ハッグは俺の肉体の強靭さを試していたらしい。しかし俺は自分の身体など鍛えたことも無いし学生時代は常に帰宅部だった。何かの間違いだと思う…
「…さっきの…あれデスね?。はは…かのえさんが手加減…したのでは?。(普通の男が…くしゃっと?。…マジか。でも…あんな繊細そうな手で…握力が250キロなんて信じられない。だけど竹刀はあんなに粉々だし…)」
「確かに全力ではありませんでしたがぁ…じわじわっと締めてたんですよぉ?殺さない程度にですけどぉ♪。でも八門さまは平気でしたよねぇ♡」
「言われてみればですが。(確かに…かのえさんのおっぱいの張りの良さに気を取られてた。勃起までしちゃったし。でも苦しくはなかったな…)」
にわかには信じられないし、鵜呑みにして良い話でもない気がする。殺さない程度に締めていた。そう聞いて寒気がしてくる。確かに抱きつかれた時、じわりじわりと密着度は上がっていっていた。しかも脚まで絡み付けられて、更には柔らかい下腹まで押し付けられては…さすがに勃起する。
それでも苦痛なんて欠片もなかったし、気分的にはかなり幸せだったと思う。こんな美女に抱きつかれ、全身で密着し、全力で勃起したアレまで圧しつけてしまった。そもそも通勤時の満員電車以外で、女性に触れた事など無い俺だ。女性の身体に興味はあっても、風俗店なんて行く勇気もなかったし、初めてくらいは好きな女とヤりたいと思っている。だがしかし…
「それに嬢さまが近づいても自我を保って居られました。通常ならば苛烈な霊気にあてられて、発狂するか、怯えるか、逃げ出してしまうのに♪」
「霊気?ですか。(…ちょっと霊感商法みたくなってきたけど…少なくとも騙されている感じはしない。…しかし目に見えない物はどうも苦手だ…)」
お?何となくだが胡散臭さが見えてきた気がする。俺は根っからの現実主義。目に見えない物は信じないし、手で触れられない物や、肌に感じない物も信じない。つまり確証的な実体のない話しやデマには乗らないのだ。そんな俺に『霊気』とか言っても無駄無駄。ファンタジーに興味は無い。しかし多額の現金を積まれたからには期待に応えなければ。…人として。
「最後にもうひとつ。八門さまが守り人として才のある方とゆう証拠です。…その左手に持った木刀を肩の高さまで上げて…床に落としていただけますか?。それこそが、あなた様が八門の末裔である証拠ですよ?」
「え?。…こうして…落とすの?。…それじゃ。(今度は俺自身に振ってきたか。…何の変哲もない木刀だよな?。1キロも無いんじゃないのか?)」
俺は彼女の言葉に素直に従った。その木刀を握った左手を合わせるように肩まで上げる。そのまま木刀を眼の前で水平にして庚さんを見る。会った目線の先で彼女が『どうぞ』とばかりに、甘くアイコンタクトしてきた。
『ドゴォーーーーン!!!!』
「わっ!!?。(えっ!?。えええっ!!?。………嘘?)」
袴を穿いた俺のつま先の延長線上に、その木刀は落とされた。途端に響いた重低音に俺の両肩は跳ね上がってしまう。少しだけソレが床板にめり込んでいるような気がした。普通ならもっと軽い、乾いた音がするだろう。しかも床に落ちたのに一切跳ねなかった。それは木刀が酷く重い証拠だ。
「その木刀は凡そ100キログラムあります。かのえが手渡しした時に、あなた様は普通に受け取り、素振りをし、普通にかのえと手合わせを致しました。常人ならば振るうどころか、持ち上げる事も難しいでしょう♡」
「ひゃ…100キログラムの木刀って。(マジかぁ。…ぜんぜん気付かなかったけど…これこそ論より証拠だよなぁ。かのえさんを…信じてみる?)」
すぐ俺の足下に木刀がある。受け入れようが受け入れまいが、これは現実だ。ただ俺は、自分で自分が嫌になるほど度胸が無い。そして自信も。それでも良いと言ってもらえたからこそ契約もしたのだが…良かったのだろうか?。月曜日になったらあの真っ黒な会社に、退社する旨を通達するつもり。なのだが…なんとも言えない不安が込み上げてくる。…大丈夫か?
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