テラーノベル
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きっと、人の心は繊細で、複雑で、だから、苦しくなるんだと思う。
「聞いた?藤原さんって娘さん家に残して夜中に出て行ったらしいわよ」
「知ってるわ。夫婦で喧嘩して、奥さんが出て行こうとしたんでしょ?」
「えぇ?私は子育てに疲れて夫婦共に出て行ったって聞いたけど」
聞こえてるし。
「まぁでもやっぱり、娘さん1人で可哀想ねぇ」
可哀想ってなんだろう。
「ここが、海良さんの部屋。4人部屋で、ルームメイトはみんな年上の人だけど優しいからね」
「はい。ありがとうございます」
優しいから、その後は何?君でもやっていけるよって、言いたいの?
「今はみんな学校に行ってるから、先に施設の案内をしようか?」
「中島先生、お電話が」
「あ、はーい。ごめんね、ちょっと待っててもらっても」
「案内してもらわなくても大丈夫です。荷物の整理もしたいので」
「そう?じゃあ、わからないことがあったらいつでも聞いてね」
笑顔で見送る。空気を読んで、邪魔にならないようにして、捨てられないようにする。それが私の人生の仕事。
でも、たまに空気を読まないで、みんなの邪魔になって、捨てられない人がいる。そんな人になれたら、どれほど楽なのだろう。
「あぁ、苦しい」
「みんなに紹介します。今日から施設に来た、藤原海良さんです」
「海に良いでカイです。よろしくお願いします」
みんなが拍手をする。ぎこちない拍手と、歓迎する拍手が混在する中で私は、前者しか気にしない。
みんながみんな私を歓迎するわけじゃない。知らない、複雑な事情を抱えた人が来たのだから。
「ルームメイトの絵里です。よろしくね」
「よろしくね」
「お?じゃあ俺もルームメイトか」
すらっとした背丈。少し乱れている髪。整った顔の額には火傷の痕のような、痛々しい皮膚がこちらをのぞいていた。
「俺は良祐。高一。お前年は?」
「14。中2」
「私中3だよ。あと1人いるんだけど、その人は高校2年生。バイトしてるから今日は帰りが遅いみたい」
「そっか」
反応に困る報告をされて少し居心地が悪くなる。いや、元々居心地は最悪だからもっと居心地が悪いっていう表現の方が正しいのかな。
「海良ちゃん、施設の中は案内してもらった?」
「まだだよ」
「じゃあ夜ご飯食べたら案内するね。施設のルールとかも教える!」
犬みたいなこの子は、単純にいい子なんだと思う。
「ここ子どもの村は他の児童養護施設とは変わっていてね、あんまり生活リズムについてはルールがないの」
「そうなんだ」
なんとなく、今の発言から絵里はいろんな施設を転々としたんだなと思った。
「でも、掃除はグループで当番制だったり、ご飯はみんなで用意したり、そういう基本的なところは学校に似てるかも」
なんとなく、今の発言から絵里は施設にいる年数が長いんだなと思った。
こうやって、誰も気にしないようなところから人の人生を推測する癖、やめたい。
あぁ、いや。癖だと言って治すことを諦めているのかもしれない。
「海良ちゃんは、ずっとここで暮らすの?」
「お金が貯まって、一人暮らしできるようになったら出ていく」
「そっか。いや、どうしても施設の子供ってずっとここにいるっていうイメージあるじゃん?」
そうだろうか。いや、そうだな。
「うん」
「でも実は、海外出張で1年間だけ預かっていてほしいとか、家庭の事情で年単位で預かっていてほしいっていう子が多いの」
「へぇ」
「実は、良祐くんもそうなんだよ」
「そうなんだ」
こうやって、人のことを勝手にいうの。どうかと思う。
「ここはお風呂と洗面所。女子の後に男子が入るの。お風呂だけは時間に厳しいから気をつけてね」
「うん」
早速矛盾。まぁいいけど。
「洗濯物は男女で一緒に洗っちゃうの。二週間で当番のグループが干してたたむのを変わっていく感じ」
「男女で一緒なんだね」
「いやだ?」
「嫌だ、というか、意外?」
「あぁー。わかるw」
今のどこに笑う要素があったのだろう。
夜、お風呂を終えて、歯磨きをして、後は寝るだけになった。部屋に行くと、知らない人がベッドで横になっていた。多分あれがバイトをしている高校2年生。
「誰?」
「今日からここに来た藤原海良です」
「ふーん…何歳?ちっさいな」
会ってすぐに外見をディスられた。そのことに少しムッとして、強気になる。
「中2ですけど、何か?」
「何も?いや、中2か。へぇ…若いなぁ」
急にジジ臭くなって笑いそうになる。上がりそうな口角を必死に下げて、前を向く。
「あなたの名前は?」
「鶴」
え、ツル?鶴ってあの、鳥の?恩返しする?
そう言いそうになったけど、やめた。なんとなく、この人は聞き飽きただろうから。
「そうですか」
「あ、ツルくん帰ってたんだ」
「うん。中島さんは?」
「これから見回りするところ。お風呂入っちゃわないと怒られるよ?」
「まず。早く行こ」
そそくさと部屋を出ていくツルを横目に、お風呂上がりの髪がサラサラな絵里を見て何となく綺麗だなと思った。いや、実際綺麗なんだけど。
「あれがバイトをしている鶴くん。ちょっと変わった名前だよね」
「そう、だね。まぁキラキラネームよりは意味がありそうでいいんじゃない?親が心をこめてつけた名前なら、私たちが何か意見する権利なんてないわけだし」
そう言うと、絵里は丸い目をさらに丸くして私を見た。その視線に私は戸惑って、思わず何?と聞いた。
「いや、14歳でこんなに大人っぽい人見たことないから。それに、すごく納得できるなぁ…と」
「そうかな」
「ちなみに言っておくと、鶴くんの名付け親は中島さん。鶴くんには戸籍がなかったの」
びっくりして、怖くなって、そうなんだ、としか言えなかった。
その日の夜はよく眠れなかった。
主な原因は環境の変化だと思う。あと、鶴のスマホの音。
彼は夜寝ない。いや、寝ているんだろうけど、私が起きていた3時までは寝なかった。
いつの間にか寝落ちしていた、という1日がいちばん嫌いだ。眠る瞬間の、溶ける感じが好きだから。
「おっはよー。海良」
「…おはよ」
「朝ごはんできるから、顔洗おうよ」
「…もうちょっと、」
「鶴くんみたいなこと言うなぁ…」
鶴、ツル?誰だっけ。
記憶を鮮明に思い出せない。思い出そうとしていないのだけど。
あぁそうだ。戸籍がない人だ。いや、なかった人…か。
私はそのまま、いちばん嫌いな寝方で1日を始めた
#おっさん
シュメール
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コメント
1件
うわ…読み終わって、なんかジワジワくる感じです…🥀 海良ちゃんの視点がすごくリアルで、「可哀想ってなんだろう」って思う気持ち、すごく分かります。自分を守るために他人の人生を推測する癖を持ってる描写とか、夜の溶ける感覚が好きっていう繊細な表現が、重くて綺麗でした…。 鶴くんの戸籍がない話、あそこはグッときました。これからどうなるんだろう。続きすごく気になります🤍