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とある金曜日の夜。 明智は四年先輩である|ニノ木《にのぎ》と共に職場近くにある飲み屋に来ている。
普段は神楽井『観察』に忙しく、仕事以外ではあまり他人との交流をしない明智ではあるが、持ち前の人当たりの良さのおかげもあってか別に職場でまともに話せる相手がいないという訳ではない。職場でたまにある自由参加な飲み会に参加しないのは『神楽井先輩が来ないから』であると皆が察しているし、仕事以外で話し掛けないのは明智の『観察』の邪魔をしない為なのである。本当にただの『観察』程度に留めているおかげとはいえ、実に寛容な職場だ。
「どしたぁ?今日は珍しいねぇ、私を飲みに誘うなんて」
女性ウケしそうなちょっとオシャレな店なのに、まずはビールと居酒屋みたいなノリで二杯注文し、乾杯を済ませるなりニノ木が明智に訊いた。普段接点がほぼ無いだけに、誘われた理由が思い当たらないのだが、後輩が頼ってきている嬉しさで今日は来た感じだ。
「実は、ニノ木先輩に相談がありまして」
「相談?」
「はい」
「何々?答えられる範囲ならいいけど」
「気になる人が、自分に一目で惚れてくれる様にって、どうやったら出来ますか?」
「あ、ごめん。私もそれ知りたいわ。もし運良くわかったら教えてくれる?」
ニノ木が真面目な顔でそう返した。そんな方法が世の中にあるならマジで知りたい。
「じゃ、じゃあ、神楽井先輩の女性の好みって知ってませんか?」
「そんなの——」とまで言って、言葉が途切れた。『明智そのものじゃないの?』と言うのは野暮な気がしたからだ。
「明智さんの方が、知ってるんじゃないの?だってぇ、しょっちゅう神楽井の事見てるんだしぃ」
フフッとニノ木が笑うと、「やっぱバレバレですよねぇ」と明智が苦笑いをした。入社からの二年間ずっと仕事の合間を縫っては観察し続けているんだ、誰だってすぐに気が付く。それなのにそうと気が付いていないのは、勘が良いのか悪いのか、見事に視線がぶつかるのを回避し合っている神楽井くらいなものだ。
「いやいや。ニノ木先輩はほら、神楽井先輩の同期じゃないですか。この二年間じゃわからない事も、先輩なら知ってるかも?と思って」
「もしかして、最近明智さんの格好が迷走してるのって、神楽井の好みを探ってたの?」
「……アレじゃ、やっぱ、迷走してるって思っちゃいますよねぇ」
「いやいや、ごめん。言い方が悪かった!どれも完璧に着こなしていたから、『迷走』はちょっと違うね。でもほらずっと大人しそうな清楚系だったのに、可愛い系いったと思ったら、月を跨いで急に今度は綺麗めにとか、路線が全然違う方向へのシフトがもう上手過ぎて、もはやコスプレレベルだったからさ」
(アレ見て、『神楽井狙いじゃなくなったんじゃ?』って勘違いした奴らが明智さんに惚れ始めちゃったもんだから、どう見たって神楽井がめっちゃ焦ってんだけど、コレ言っていいもんなのかなぁ……)
うーんと心の中だけでニノ木が悩む。どう見ても両片想いな二人の背中を押したい気もするが、無粋なのでは?とも考えてしまった。
「このままじゃ埒が開かないなと思って色々試して、反応見てたんですけど……神楽井先輩無反応なんですよねぇ」
(いや、めっちゃ動揺してたよ?何なら口元隠して肩振るわせてましたが?真っ赤に染まるティッシュで鼻押さえている日だってあったけど、仕事忙しくて見てなかったのかな)
「色々もっと試してみたいんですけど、流石に幼女系とか旅館の女将とか、ナースみたいな制服系とか無理なものも多くって……」
「そうだね、絶対に止めようね」
(良識の範囲内で止まってくれて本当に良かったぁぁぁぁ!服装には寛大な職場だけど、そこまでいったら流石にアウトだもん!)
とニノ木は心から思った。
「しっかし、そんなに神楽井が好きなら、何で玉砕覚悟してでも告白しないの?」
「そう、思いますよねぇ……」と言い、明智が溜息をこぼす。次々に来る注文した品を少しづつ摘みながら、「……その、自分、『めっちゃ激重執愛系男性』が好きでして」と急に性癖を暴露し始め、ニノ木が少しビールを吹いた。
「ご、ごめ!失礼っ!ちょ、ビックリして」
何度か咳き込みながらニノ木が謝罪する。突然の事に驚いただけだったのだが、人の好みを馬鹿にしてしまったみたいで何だか申し訳ない。
「大丈夫です。自分でも拗らせている自覚があるので」
「え、えっと、それって、彼氏に束縛されたいとか、そんな感じ?」
「ですです。ストーカーレベルでも大歓迎です!なんだったら、ただの隣人だった人にいきなり監禁されて、毎日愛を囁かれても喜んじゃいます!」
此処が個室で本当に良かったとニノ木が深く思う。そうでなかったらかなり危ない会話内容だ。
「『お前だけだ』って言われて、ドロドロに甘やかされたいんですよぉ」
「甘やかすってのは、何でも買って欲しいとかもあったりするの?」
「いえ、欲しい物は自分で買うんで」と明智が即座に否定した。
「物理じゃなく、精神的に甘やかして欲しい方ですね。親が仕事仕事であまり家にいなかったからかもしれません」
「そうだったんだぁ」
「まぁ、職業モデルじゃあ仕方ないですよね」
明智の言葉でニノ木は色々納得出来た。変身レベルでのイメチェンも、優れた容姿なのに増長している感じが全然無いのも、親の影響や比較対象が上過ぎて自己評価が並程度なのかもと。
「そっかぁ。あ、だから『告白されたい』のか」
「激しく求められていると実感出来る恋がしたいんです……。自分でも、待ってるだけなんて我儘だとは思うんですけど」と言い、しゅんっと明智が肩を落とした。
「でもでもその代わり、スタイル管理や家事スキル、仕事に貯金と、愛される準備だけはめちゃくちゃ整えています!」
「そっかそっか、一切の努力もせずに『そのままの私を愛して』じゃないなんて、偉いぞぉ」と言い、ニノ木が明智の頭を撫でる。猫みたいに目を細めて喜ぶ明智の姿を神楽井にも見せてやりたくなった。
(『性癖』じゃあ、『いやいや。待っていないで自分から告白しろ』とは言えないよなぁ)
となると、動かせそうなのは神楽井の方かとニノ木は思った。向こうまで『告白待ち』だと詰み状態になるが、ニノ木が見る限りでは、ただ明智の感情に気が付いていないだけな気がする。仕事の技能はアホみたいに高いクセに、恋愛ごとになると急に消極的なタイプなのでは?とニノ木は分析済みだ。『オレなんか』と一歩も二歩も引いているのに、明智に好意的な同僚がいると、無自覚のまま鬼みたいな形相になっている様子を鑑みるに——
(神楽井は、絶対に『愛情激重執愛タイプ』だな)
そう答えを出したニノ木がキラリと瞳を輝かせる。『君達、めっちゃお似合いじゃーん』と言いながら頬をツンツンしたいが必死に耐えた。
「そうだなぁ、まずは元の清楚系の雰囲気に戻してみたらいいかも。あまり他からの視線を引くのは男的には嬉しくないと思うんだよね」
「でもソレって、神楽井先輩が私を好きな場合の話ですよね」
「……まぁ、うん(だ・か・ら、言っているんだけどね)。だけどほら!あまりにモテると、『ワンチャンあるかも』とすら思ってもらえないでしょう?」
「確かに!『期待出来る要素』がないと、前には進めませんよね!」
「そう、それ!まぁ、あとは二人きりになる機会が無いのも問題だよねぇ。でもほら、そのくらいは私でも何とか用意してあげられるから、近いうちにちょっと期待しててよ。話すきっかけでもあれば溢れる思いが止まらずに——とかあるかもでしょう?」
「良いんですか?ありがとうございます!」
祈るみたいに手を重ね、明智が歓喜した。
——まさかその後、実はこの話が発端で企画された飲み会から、神楽井が暴走してアレやコレやとやらかしてしまうなどとは想像もせず、この飲み会は、平穏に楽しく幕を閉じたのであった。
【こぼれ話『射止めたい、先輩を』・完結】