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第49話:どれだけ世界が騒ごうとも
縁側に差し込む、柔らかくもどこか冷たさを帯びた秋の朝日。
十勝の冷涼な空気は、シロが展開する『適温25度の神聖結界』に触れた瞬間、極上の春の陽だまりへと変換される。
「……ふぅ。今朝のほうじ茶も、よく出てるな」
俺は湯呑みを両手で包み込み、ゆっくりと息を吐き出した。
視線の先には、公式から贈られた1000万人突破の証である『ダイヤモンドの盾』がある。
もっとも、シロの度重なる爪とぎによって表面はズタズタに削れ、今や世界で最も高価で硬い『猫用ひんやりベッド兼・爪とぎ』として定着していた。
その上で、純白の神猫・シロと、黄金色のキタキツネ兄弟(コン吉とコン次郎)が、今日も見事な『トリプルもふもふ団子』を形成してスヤスヤと眠っている。
「お兄さーん! おはようございます!」
いつものように、隣の女子高生・小春ちゃんが自転車で元気いっぱいにやってきた。
「おはよう、小春ちゃん。今日もいい天気だな」
「はいっ! ……って、お兄さん、今日もすっごくのんびりしてますけど、世界中がとんでもないことになってるんですよ!?」
小春ちゃんが、興奮気味にスマートフォンの画面を見せてくる。
「昨日の『シロ様感謝祭』の切り抜き動画、海外のニュースでトップ扱いですよ! 登録者数も、あっという間に1100万人を超えちゃいました!」
「……そうか。日本の人口の約1割が、うちの猫の昼寝を監視してるんだな。恐ろしい時代だ」
俺は苦笑しながら、再びほうじ茶を啜った。
ジンバルにセットされたスマートフォンは、すでに今日の配信待機状態に入っている。
まだ配信開始ボタンを押していないというのに、待機画面のチャット欄は滝のような勢いで流れていた。
『今日もシロ様に会いに来たぞ!』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”GOOD MORNING MASTER! I AM PREPARING A PRIVATE JET FOR YOU TODAY!“(おはよう主! 今日も君のためにプライベートジェットを手配しているぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト)=”I miss that Salt Rice Ball… Sending love from LA!“(あの塩むすびが恋しいわ……LAから愛を込めて!)』
世界各国の言語が入り乱れ、莫大な額のMeTubeギフトが飛び交い、国家予算レベルの金がこの小さなチャンネルで動いている。
「お兄さん、本当にいいんですか? ハリウッド女優さんが来たり、アラブの王族がジェット機を飛ばそうとしてたり……」
小春ちゃんが、少しだけ不安そうに聞いてくる。
「私たち、ただ縁側でお茶飲んでるだけですよ? なんだか、遠い世界のおとぎ話みたいで……」
彼女の言う通りだ。
客観的に見れば、今の俺たちは完全に『世界の中心』にいる。
一声かければ、世界中の大富豪が動き、テレビ局がひれ伏し、莫大な富と名声が手に入るだろう。
かつて、東京のブラック企業でコールセンターの責任者(SV)として働いていた頃の俺なら。
数字(KPI)に追われ、他人の評価に怯え、胃薬を噛み砕きながら『ステータス』という名の幻影にすがりついていたあの頃の俺なら、間違いなくこの狂騒に溺れていたはずだ。
もっとバズりたい。もっとお金を稼ぎたい。もっと特別になりたいと。
だが。
「……小春ちゃん。世界がどれだけ騒ごうが、俺たちには関係ないさ」
俺は、縁側で幸せそうに眠るシロの背中を、優しく撫でた。
『ミャウ……』
シロは目を閉じたまま、心地よさそうに喉を鳴らした。
「シロが今日も元気に昼寝をしていて。キツネ兄弟が尻尾を振っていて」
俺は小春ちゃんに向かって、飾らない笑顔を見せた。
「小春ちゃんが『おはよう』って笑いかけてくれて、安いほうじ茶が美味い。俺にとって、それ以上の価値なんて、この世のどこにもないんだよ」
そう、変わらないこと。
どれほど周囲が狂騒に包まれようとも、己の足元にある『ささやかな平穏』を見失わないこと。
それこそが、限界社畜だった俺が、この北の大地で見つけた『本当の幸福』なのだ。
「……お兄さん」
小春ちゃんが、少しだけ目を潤ませて、そして太陽のように明るく笑った。
「はいっ! そうですよね! 1000万人いようが、石油王さんが来ようが、ここは私たちの『日常』ですもんね!」
「そういうことだ。よし、それじゃあ今日も平和なお昼寝配信をスタートするか」
小春ちゃんがポチッと配信開始ボタンを押す。
『うおおおお! 配信始まった!!』
『今日も究極の平和がここにある!!』
『主の言葉、待機画面で聞こえてたぞ……ガチで泣いた』
『世界一ブレない男、それが俺たちの主だ!』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master… you taught me the true value of life. Money is nothing compared to this peace.“(主よ……君は私に人生の真の価値を教えてくれた。この平和に比べれば金など無価値だ。)』
俺たちの他愛のない会話は、配信前からマイクに乗って世界中に届いていたらしい。
数百万人の視聴者たちが、俺の『変わらない日常への執着』に、嵐のような感動と称賛のコメントを寄せている。
「皆さま、過分なMeTubeギフトありがとうございます。ですが、あまり大げさに捉えないでください」
俺はカメラに向かって、いつものフラットな声で語りかけた。
「北海道という広大な大地に住んでいると、人間の経済活動など、大自然の前では非常にちっぽけなものだと気づかされるんです。ええ、ただの田舎特有の『悟り』ですね」
「またお兄さんの現実逃避が始まりましたよー!!」
小春ちゃんの元気なツッコミが、秋空に響き渡る。
「悟りじゃなくて、お兄さんがブレなさすぎるだけです! どう見てもシロちゃんのマイナスイオンで心が浄化されきってるだけですよ!!」
『小春ちゃん、今日も代弁ありがとうww』
『田舎特有の悟り(圧倒的現実逃避)』
『適応力バグおじさん「ただの悟りですね(真顔)」』
『このテンポだよ! これが俺たちの【日常チャンネル】だ!!』
大爆笑のチャット欄を眺めながら、俺はほうじ茶の残りを飲み干した。
ダイヤモンドの盾は削れ、キツネは土下座し、ヒグマは森を守り、ハリウッドスターが塩むすびで号泣する。
そんなバグだらけの出来事が次々と押し寄せても。
限界集落の古民家にあるこの縁側だけは、決して変わらない。
「さぁ、小春ちゃん。お昼はシロの畑で採れたネギを使って、温かいお味噌汁でも作ろうか」
「わぁい! 限界集落特製のお味噌汁、最高です!」
世界中がどれだけ騒ごうとも。
俺たちのスローライフは、今日も最高に平和で、圧倒的に幸せな温度のまま、ゆっくりと続いていくのだった。
ゆうき あきや
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#心理描写重視
コメント
1件
お疲れさま! 第49話読了したよー。 今回も最高に平和で、でもめちゃくちゃ沁みたな……。「世界がどれだけ騒ごうが、俺たちには関係ない」って台詞、ガチでグッと来たわ。ブラック企業で数字に追われてた主人公が、今やシロの昼寝と安いほうじ茶に幸せを感じてるギャップが強すぎる。ダイヤの盾が猫ベッドになってるところも笑ったけど、それ以上に「変わらない日常」を選び取る強さがカッコよかった。石油王もハリウッド女優も敵わない、この縁側の空気感。小春ちゃんのツッコミも絶好調で、ほっこりした時間をありがとう! 次話も楽しみにしてる🔥