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#狂気
金華にょこ
900
#ご本人様との関係✖
#謎解き
井川奎
116
第1話 100兆ドル
XX月XX日。
午後九時十六分。
相原透は、パソコンの前でカップ麺ができるのを待っていた。
三分。
ただ待つには長い。
何かを始めるには短い。
そんな微妙な時間を埋めるため、透はYouTubeを開いた。
おすすめ欄を下へ流す。
ゲーム。
ニュース。
料理。
十年前の家電を修理する動画。
猫。
また猫。
なぜか巨大なプリンを作っている動画。
「平和だな」
誰に言うでもなく呟いた。
机の端では、カップ麺のふたが少しずつ持ち上がろうとしていた。
透は箸を乗せる。
そのときだった。
おすすめ欄のかなり下に、妙な動画があった。
サムネイルには数字しかない。
100,000,000,000,000
動画タイトルは、
100 TRILLION DOLLARS
投稿者名は、
100T
登録者数、十三人。
動画は三分前に公開されたばかりだった。
再生数は、二十七。
透の指が止まった。
「百兆……ドル?」
桁を数え直す。
一、十、百、千。
途中で嫌になった。
タイトルが本当なら、とんでもない額になる。
そもそも個人が動画一本で提示するような数字ではない。
透は投稿者のページを開いた。
動画は一本だけ。
概要欄には何も書かれていない。
過去の活動もない。
再生リストもない。
登録チャンネルもない。
今日突然作られ、今日突然動画を一本だけ投稿したように見える。
透はカップ麺を見た。
まだ二分くらいある。
「見るだけ見るか」
クリックした。
画面が切り替わる。
映像は静止したままだった。
中央に文章が表示される。
謎を解けば100兆ドルを渡す。
それだけ。
透は待った。
五秒。
十秒。
何も変わらない。
「……いや、それだけ?」
シークバーを見る。
動画時間は一分ちょうど。
まだ五十秒近く残っている。
音楽はない。
声もない。
画面には文章だけ。
謎を解けば100兆ドルを渡す。
二十秒。
三十秒。
四十秒。
透は途中でカップ麺のふたを開けた。
湯気が上がる。
五十秒。
五十五秒。
五十九秒。
一分。
動画が終了した。
次の動画が再生されそうになり、透は慌てて止めた。
「何の謎だよ」
肝心の謎がない。
コメント欄を開く。
公開から数分しか経っていないのに、すでに何件か投稿されていた。
「何これ」
「釣り?」
「100兆ドル持ってるなら動画投稿してないで銀行作れ」
「謎はどこ?」
「一分返して」
透は少し笑った。
たしかに、その通りだった。
カップ麺をすすりながら、もう一度再生する。
やはり同じ。
謎を解けば100兆ドルを渡す。
一分間、それだけ。
二回目を見終えるころには再生数が百を超えていた。
三回目を見る理由はなかった。
なのに透は閉じなかった。
画面の文章を眺める。
フォント。
文字の位置。
動画時間。
投稿時刻。
アカウント名。
どれも不自然といえば不自然だが、単なるいたずら動画でも説明できる。
透は動画ファイルの情報を確認し始めた。
癖だった。
怪しいサイトを見ると構造を確認する。
変な画像を見るとファイル情報を確認する。
意味不明な動画を見ると、とりあえず普通では見えない部分を探す。
大学へ通っていたころから変わっていない。
「圧縮は普通……」
再生画面を拡大する。
文字の輪郭にも妙なところはない。
概要欄をもう一度見る。
今度は一行だけ追加されていた。
FIND IT.
「後から追加した?」
更新した瞬間だった。
コメント欄の勢いが変わった。
「概要欄変わった」
「FIND ITって何を探すんだ」
「マジで何かある?」
「動画保存した」
「フレーム解析する」
透の箸が止まる。
数分前まで冗談を笑っていた人たちが、一斉に動画へ戻ってきた。
再生数が千を超える。
さらに更新。
二千。
三千。
短い動画は拡散され始めていた。
誰かがSNSへ投稿したらしい。
百兆ドル。
正体不明のアカウント。
一分間ほぼ変化しない映像。
FIND IT.
材料は少ない。
だからこそ、人は好き勝手に意味を足せる。
透は動画を保存した。
その直後、スマートフォンが震えた。
メッセージだった。
雨宮玲司。
「これ見た?」
URLが貼られている。
同じ動画だった。
透はすぐに返した。
「今見てる」
数秒で返信が来る。
「絶対なんかある」
「根拠は?」
「勘」
「弱い」
「動画編集してる人間の勘を信じろ」
「もっと弱くなった」
すぐに通話がかかってきた。
透が出ると、イヤホン越しに玲司の声が飛び込んでくる。
「保存した?」
「した」
「俺も。今フレームに分けてる」
「早いな」
「百兆ドルだぞ」
「本気で信じてるのか?」
「信じてない。でも本当だったら、信じなかったことを一生後悔する」
その理屈だけは妙に強かった。
透は椅子へ深く座る。
「で、何かあった?」
「まだ。お前も調べて」
「命令するな」
「百兆ドルの一部あげるから」
「もう自分のものみたいに言うな」
通話をつないだまま、二人で解析を始めた。
透はファイル内部。
玲司は映像。
役割を決めたわけではない。
自然にそうなった。
数分後。
「透」
「ん?」
「これ、完全な静止画じゃない」
透の手が止まった。
「動いてる?」
「ほぼ動いてない。でもフレームごとに比較すると差がある」
玲司から画像が送られてくる。
透は開いた。
同じ文章が二枚。
謎を解けば100兆ドルを渡す。
見比べても違いが分からない。
「どこ?」
「文字じゃない。背景」
透は画像を拡大した。
それでも分からない。
玲司が続ける。
「明るさがほんの少し変わってる」
「動画圧縮の誤差じゃないのか」
「俺も最初そう思った」
さらに数枚送られてくる。
「一定じゃないんだよ」
透は画像を並べた。
差分を取る。
画面の一部だけ、微妙に値が違う。
それが数秒ごとに場所を変えている。
「……意図的?」
「たぶん」
透はカップ麺の存在を忘れた。
麺はすっかり柔らかくなっていた。
動画を一コマずつ確認する。
一分。
映像として見れば短い。
一コマずつ見ると、急に長くなる。
「百兆ドルって、こういう労働をさせる企画なのか?」
「時給換算したら勝ってる」
「まだ一円ももらってない」
「夢を時給に入れろ」
「嫌だよ」
二人の作業は続いた。
再生数は十万を突破した。
コメント欄にも解析結果が並び始める。
「音声逆再生したけど何もない」
「QRコード説は違った」
「文字位置を座標化してみた」
「一分なのがヒント?」
「100Tって何?」
「投稿時刻が重要じゃない?」
誰も答えには届いていない。
それでも、世界のどこかで何千人、何万人もの人が同じ一分間を何度も見ている。
その事実が、透には少し妙に感じられた。
一人が置いた一つの動画。
そこへ人が集まり、勝手に考え、勝手に役割を作り始めている。
まだ誰も報酬が存在する証拠すら見つけていない。
「すごいな」
「何が?」
「百兆ドルって言うだけで、こんなに人が働く」
玲司が笑った。
「ゼロが多いほど人間は元気になるんじゃね?」
「雑な分析だな」
午後十時。
動画公開から四十七分。
再生数、八十三万。
投稿者100Tの登録者数は十三人から十二万人を超えていた。
そして二本目の動画はない。
新しい説明もない。
最初の一本だけ。
透は別の知り合いにも連絡を送った。
七瀬真昼。
「英語関係で変なところない?」
数分後。
「動画見ました。英文が少なすぎます」
「そこをなんとか」
「100 TRILLION DOLLARSとFIND ITだけでは、翻訳担当にできることがほとんどありません」
「だよな」
「でも、残しておきます」
「何を?」
「全部です。投稿時刻も文章も表記も」
透はその返事を少し眺めた。
「全部?」
「後から必要になるかもしれないので」
透は何気なく、自分のメモにも書き始めた。
XX月XX日。
投稿時刻。
動画時間、一分。
タイトル、100 TRILLION DOLLARS。
投稿者、100T。
本文、謎を解けば100兆ドルを渡す。
追加文、FIND IT.
そして最後に、
まだ謎そのものは見つかっていない。
と書いた。
そのころ玲司は、一分の映像をさらに細かく切り分けていた。
三秒。
七秒。
十二秒。
差分の強い場所だけを抜き出す。
意味がない。
二十一秒。
二十二秒。
二十三秒。
また変化。
「なんだこれ……」
玲司が呟く。
透は通話越しに聞いた。
「何かあった?」
「いや、まだ」
玲司は映像を戻した。
二十三秒。
拡大。
さらに拡大。
画面右下。
文章からかなり離れた場所。
普通に再生していれば、まず気付かない。
一瞬だけ何かがある。
玲司は再生を止めた。
前のフレーム。
何もない。
次。
何かある。
次。
消える。
「透」
声の調子が変わった。
「見つけたかも」
「何を?」
「ちょっと待って」
玲司は画像処理をかけた。
明るさを調整する。
輪郭を強くする。
拡大によって崩れた部分を元データと照合する。
数字だった。
四桁。
玲司は黙った。
透が急かす。
「何があった?」
「数字」
「何番?」
玲司は画像を送った。
透が開く。
画面右下。
小さく、四文字。
0317
「……三百十七?」
「ゼロから始まってる。数字そのものより、四桁であることが大事かもしれない」
透は動画を自分でも確認した。
本当にあった。
二十三秒付近。
ほんの一瞬。
0317。
再生速度を落としても見落としそうな小ささだった。
「コメントにもう出てる?」
玲司が検索する。
「待って」
数秒。
「まだ誰も書いてない」
二人とも黙った。
世界中で何十万人が見ている動画。
その中で、自分たちが先に見つけた可能性がある。
玲司が小さく笑う。
「投稿する?」
透はすぐには答えなかった。
情報を公開すれば、誰かが続きを解くかもしれない。
公開しなければ、自分たちだけで先へ進めるかもしれない。
ただし、0317が何を意味するのかは分からない。
「まだ数字しかない」
「だからみんなで考えたほうが早い」
「本当に百兆ドルだったら?」
玲司が止まる。
冗談で言っていた数字が、急に重くなった。
「……だったら?」
「公開した瞬間、全員ライバルになる」
「でも公開しなかったら、俺ら二人で解くことになる」
「それも無理そうだな」
「だろ?」
透は0317を見つめた。
たった四桁。
日付にも見える。
時刻にも見える。
番号にも見える。
暗証番号の一部にも見える。
意味はないかもしれない。
投稿者がわざと入れた意味のない数字かもしれない。
あるいは。
これが本当に最初の鍵なのかもしれない。
「公開しよう」
透が言った。
玲司はすぐに反応した。
「いいの?」
「今はまだ、独占するほどの情報じゃない」
「今は、ね」
玲司が笑った。
透はその言葉に少し引っかかった。
今は。
この先も同じ判断ができるのか。
まだ分からない。
玲司が画像を投稿した。
「23秒付近の一フレームに0317を確認」
数秒。
反応はなかった。
十秒。
一件。
二件。
五件。
そして一分もしないうちに、一気に広がった。
「本当にある」
「0317って何?」
「3月17日?」
「03:17?」
「座標?」
「次の動画の時間?」
「URLに入れたけど何もない」
「投稿者の誕生日?」
「適当に決めつけるな」
「ほかにも数字あるか探そう」
コメント欄の流れが変わった。
それまで、
本当なのか。
いたずらなのか。
という話ばかりだった。
今は違う。
0317とは何か。
問いが生まれた。
問いが一つ生まれるだけで、人の動きは変わる。
世界中の参加者が動画を一コマずつ確認し始めた。
午後十時十三分。
登録者数、三十八万人。
再生数、二百七十万。
透のスマートフォンが再び震えた。
瀬戸恒一からだった。
「0317を見つけたの、お前たちか?」
「玲司」
「意味は?」
「まだ不明」
「日付と決めつけるなよ」
「分かってる」
「数字なら記録しておけ。出た場所、時間、フレーム位置も全部」
透は少し眉を上げた。
「そこまで?」
「数字は単体では意味がなくても、二個目が出た瞬間に意味が変わる」
短い返信だった。
透はメモを開いた。
0317。
発見位置。
二十三秒付近。
画面右下。
一フレーム。
書き加えた。
その直後、草壁千尋からもメッセージが届いた。
「動画見ました」
「早いな」
「学校でも少し話題になってます」
「もう?」
「百兆ドルなので」
理由になっているような、なっていないような返事だった。
「0317は?」
「分かりません。でも、覚えておきます」
また同じ言葉だった。
覚えておく。
記録しておく。
透は椅子にもたれた。
動画一本から始まっただけなのに、いつの間にか五人が同じ数字を見ていた。
午後十時二十分。
100Tの概要欄が再び更新された。
コメント欄が騒がしくなる。
透も更新する。
FIND IT.
その下に、新しい一文。
YOU FOUND THE FIRST PIECE.
透は立ち上がった。
椅子が後ろへ滑る。
「玲司」
「見た!」
声が重なる。
最初の断片を見つけた。
つまり。
0317は偶然ではない。
投稿者は見ている。
少なくとも、誰かが数字を発見することを想定していた。
そして何より。
「FIRSTってことは……」
玲司が呟く。
透が続ける。
「次がある」
コメント欄は一気に加速した。
「本物の謎解きだ」
「次どこ?」
「動画内を全部探せ」
「0317を解析しろ」
「100T見てるのか?」
「次のヒント出せ」
「誰が100兆ドル用意してるんだよ」
再生数が三百万を超える。
四百万。
五百万。
世界中の人間が、同じ四桁を見始めていた。
0317。
透は画面を閉じなかった。
机の上には食べかけのカップ麺。
冷めたスープ。
開きっぱなしの解析画面。
そしてメモの一番下に残された四桁。
0317。
その意味を、この時点では誰も知らなかった。
透も。
玲司も。
真昼も。
瀬戸も。
千尋も。
ただ一人。
この動画を投稿した管理者だけを除いて。
午後十時三十一分。
100Tは、それ以上何も投稿しなかった。
それでも参加者は止まらなかった。
誰かが動画を解析する。
誰かが数字を計算する。
誰かが過去のネット情報を探す。
誰かが0317という文字列を検索する。
誰かが外国語へ置き換える。
誰かが日付として調べる。
誰かが時刻として考える。
まだ出会ったこともない人たちが、それぞれ別の場所から同じ謎へ手を伸ばしていた。
透はその光景を画面越しに眺めた。
百兆ドル。
そんな途方もない報酬より、今は0317の意味のほうが気になっていた。
一度気になると、途中でやめられない。
昔からそうだった。
透は新しいフォルダを作った。
名前を入力する。
100T
その中へ、
動画。
画像。
解析結果。
投稿時刻。
概要欄の変更履歴。
0317の発見位置。
すべてを保存した。
真昼からメッセージが届く。
「そこまで残すんですか?」
透は少し考えてから返した。
「一応」
「では私も残しておきます」
「何を?」
「今日見つかったものを全部」
透は画面を見つめた。
全部。
その言葉に深い意味はなかった。
少なくとも、この夜は。
0317も。
投稿時刻も。
動画時間も。
何気なく残した文章も。
いつか別の形で必要になるなど、誰も考えていなかった。
ただ。
記録だけは残った。
XX月XX日。
世界中を巻き込む謎解きが始まった日。
最初に発見されたものは、たった四桁だった。
0317。
そしてその夜。
「100兆ドル」という言葉は、冗談ではなく謎の名前になった。
コメント
1件
読み終えたわ。これ、めちゃくちゃ好みだ……! 一分間動画に隠された数字を、世界中が競って探す展開がもう楽しくて。0317が「FIRST PIECE」って確定した瞬間の高揚感やばい。まだ謎の全容は見えないけど、「記録を全部残しておく」って透たちのスタンスが、後々効いてきそうで震える。続き、絶対追う📝🔥