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路地の奥から、重く湿った空気を押し分けるような、異様な気配が漂ってくるのを感じた。
父の薄ら笑いがさらに深くなる。
「ほれ……本番はこれからだ」
ダイキリは必死に起き上がろうとしている。
アルベルトは油断なく周囲を警戒している。
私もまた、体内の魔力を最大限に研ぎ澄ませた。
「遊び」などではない。これは確実に、致命的な「戦闘」が始まる瞬間だった。
路地の奥から滲み出る気配は、まるでスラムの澱みそのものが意思を持ち始めたかのようだった。
粘つくような湿り気と腐敗臭が濃度を増し、肌を粟立たせる。
それは単なる瘴気ではない。
質量を持った「悪意」が、空気分子の隙間を埋め尽くしていく感覚だ。
ダイキリは腹部を押さえながら立ち上がろうとするものの、青ざめた唇は苦痛を吐き出すので精一杯だ。
「……ただでさえ頭がおかしくなりそうなのに……ハッピーエンドって、意味わかんない」
彼女の震える呟きが霧に飲まれる寸前、アルベルトの異常なまでに澄んだ声がそれを打ち消した。
「気配の密度が異様に偏っています……おそらくは『強力な魔術』───それも高位個体か複数体」
彼は静かに呟く。
その瞳は闇を見通す探照灯のように煌めいている。
「高位……?」
私の問い掛けに、アルベルトは少し身を翻し
片手で小さく手刀を作り、虚空に仮想的な軌道を描いた。
「ええ。コロナリータのユニーク魔法も厄介でしたが、今は純粋な『物理的な脅威』を感じます。…構えてください」
言い終えるや否や、ずしん、と大地が鳴動した。
先ほどまでの細やかな霧が、突然荒波のような圧力となってスラム街全体を揺さぶり始める。
すると、父が
「ユニーク魔法───『白昼夢《デイドリーム・ハッピーエンド》』」
と唱えた瞬間、周囲が光に包まれた。
「きゃっ…!」
ダイキリが甲高い悲鳴をあげて顔を両手で覆った。
反射的に私も片腕で目元を遮り、強すぎる光から網膜を守ろうとする。
奇妙な光だった。
太陽光のように暖かくもなければ、魔法の照明のように理性的でもない。
生温かくて甘ったるい蛍光ピンクと毒々しい水色が混ざり合い、その中心に金粉のようなチカチカした光粒が舞っている。
「一体……なにを!?」
私は叫ぶ。光の中から父の歪んだ哄笑が響いた。
「お前たちが一番望んでいたものを与えてやる! この腐った世界で夢見た安寧だ!」
「……っ、くだらない!」
私は吐き捨てるが、視界が安定せず光の中で目眩すら感じる。
(ダイキリは? アルベルトは?)
辛うじて開けた片目で彼らを探す。
ダイキリは完全に腰を抜かし座り込み、両手で頭を抱えてガタガタと震えていた。