コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
複雑そうな表情を浮かべていたみんなからも条件付きで承諾され、ミンネ聖教団からもシンセロ侯爵に肩入れすることはできないが、私個人としてなら彼と交友関係を持ってもいいという許しを得たのでそれを侯爵へと伝えた。
私の言葉を聞いた彼は嬉々として私のためにドレスを作ると言い始め、社交ダンスのレッスンを施すとまで言ってきた。
ドレスを作ってくれるのはいいのだが、流石にダンスの練習の為だけにここに留まるのはよろしくない。
この国に来たのだって異変を治めるという目的があったからだ。
だからダンスのレッスンは丁重にお断りして、国中の魔泉を巡りつつ私個人で空いた時間に練習することとなった。
その為の教本を貰い、実際に手本も見せてもらったのだが……正直、やったことがないので物にするのは至難の業といえた。
「ここで……こうっと」
「待って。今のところ、少し足運びが違うんじゃないかな……?」
「え、うそ……」
手元にある教本と私の動作を交互に見ていたシズクから指摘を受ける。
彼女が教本を翻し、その内容を見せてくれるが正直言って、どこが違うのか分からなかった。
本番ではシンセロ侯爵がリードしてくれるのだろうが、完璧に近いところまで仕上げておきたい。
――こんな時は特別講師の出番だ。
「アンヤ。ちょっと今のところをやってみせてくれない?」
「……わかった」
頷いた彼女は自分の正面に人型の影を生成し、それを相手と見立てて社交ダンスを踊り始めた。
そう、彼女はシンセロ侯爵の屋敷で手本を見せてもらった時にその体運びを完全に覚えてしまっていたのだ。
そうして私が間違えた箇所を完璧に踊り終えた瞬間、周囲からは感嘆の声と共に拍手が送られた。
「いつ見ても~すごく上手~」
「うんうん! それでこそボクの妹だよ、お姉ちゃんも鼻が高い!」
ニコニコしながら手を叩くノドカと胸を張るダンゴ。
「アンヤは本当に体の使い方が上手いですよね」
「これでユウヒにも教えてあげられたらよかったのにね」
そう、問題はヒバナの言ったところなのだ。
アンヤは完璧にその動きを再現してみせたが、それを相手に教えようとすると途端にぎこちなくなる。
本人曰く上手く言葉として出力できないのと、理屈を理解しているわけではなく見てくれを真似ただけだからとのこと。
それでも手本として完璧なので、ダンスの練習をする際にはすごくありがたい。
「ありがとう、すっごく参考になったよ」
「……なら、よかった」
アンヤが私の相手用に人型の影を生成してくれたので、実体化されているその手の部分を掴んで練習を再開する。
この影もアンヤが操ってくれているので、あの子は男性側のダンスも覚えているということだ。
「ここで……足をこう運んでっと」
みんなが感嘆の声を上げると共に拍手をくれる。無事に成功したということだろう。
少しやる気が出てきた。
「よし、このまま最後まで仕上げるよ」
「まだ礼儀作法の教本もあるから……頑張ってね」
シズクの言葉によって、一瞬で気持ちが下がる。
――ダンスだけで手一杯なのに。
今後もまた使うかもしれないので、この機会に上流階級の礼儀作法を学ぶのも必要だとは分かっているが、如何せん期間が短すぎるのだ。
「あ……そうだ」
でも、ここで私はあることを閃いた。
それはみんなから提示されたパーティに出る条件に抵触するものでもなく、むしろその条件を最大限生かすような案だ。
「シズク、ヒバナ。2人はこれから礼儀作法担当ね。よく教本を読み込んで練習しておいて」
「え……?」
2人から困惑したような声が同時に上がる。
――よし、これであとは本番までにダンスの練習をするだけでいい。
「アンヤ、次のダンスをお願い」
◇
そうして迎えた社交パーティ当日。私たちはエストジャ王国の王都を訪れていた。
王都には当然のようにシンセロ侯爵の屋敷が存在する。その屋敷を訪ねると、最初に見覚えのある老紳士が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。ユウヒ・アリアケ様」
「当日の到着になってしまってすみません、セバスティアンさん」
できれば前日までにはこの王都に到着しておきたかったのだが、魔泉の乱れを治めるのが最優先である以上、それは叶わなかったのだ。
だが、そんな私の謝罪に対してセバスティアンさんは首を振る。
「とんでもない。貴女様の御事情はよく存じておりまする。そんな中で閣下の為にお時間を作っていただき、大変申し訳ない次第でございまする」
これでもかという程に腰が低い。
まあ、私としてもあんなことをされたのに何食わぬ顔で話されたら頭に来るだろうから別に今のままでいい。
そうして次にセバスティアンさんがあんな態度を取る原因を作った当人であるシンセロ侯爵に会った。
流石にこの3週間の間に色々と考えたのか、出会った瞬間に誠心誠意の謝罪を受けることとなった。
それからはパーティが開かれるという夜まではまだ時間があるということで、パーティでの立ち振る舞いに関するすり合わせを行ったり、実際に侯爵を相手にダンスの練習を行ったりするなどして過ごしていた。
自分でもそれなりに仕上げてきたつもりだったので、侯爵から誉め言葉を貰えて少しホッとした。
――そして、パーティまで残り数時間となる。
「とてもお綺麗です」
「わぁ……」
無意識のうちに息を漏らしてしまう。
目の前の鏡にはドレスを身に纏い、薄紫色の髪を結い上げてももらったうえに、薄く化粧まで施された私自身が映っていた。
『ここまで変わるのね……』
『とってもきれい……』
私の中にいるヒバナとシズクが少しぼんやりとした様子だ。
――常に誰かとのハーモニクス状態でいること。
それがみんなの打ち出した私がこのパーティに出席するための条件だった。
あまり褒められても恥ずかしいだけなのですぐに鏡の前から離れ、部屋の外に出た私はエントランスホールへと歩いていく。
するとそこにもまた整えられた装いをした少女たちが立っていた。
「わぁ~……お姉さま~とっても素敵~」
「……すごい」
今の私を見て、そんな言葉を紡いだのは髪の色に合わせたドレスを身に纏ったノドカとアンヤだ。
私のものと比べると簡素だが、これらもシンセロ侯爵が用意してくれたものだった。
短時間で用意したものだというのに、彼女たちと非常にマッチしている。
「ありがとう。2人もそのドレス姿、すっごく似合ってるよ」
ノドカはラモード王国で歌を披露した際にも今のような装いをしていたが、やはり改めて見ても普段とのギャップもあり、つい釘付けになってしまいそうな魅力がある。
それにあの時から進化もしているので、少しだけ大人っぽく見える。
一方、アンヤも普段外に出ている時はほとんど同じ格好をしており、髪も首の後ろで一括りにするだけというそこまで身嗜みに気を遣う子ではなかったのだが、今の姿はまさに夜の妖精。
か弱さすら感じられてしまうほどに清らかで、どこか神秘的だった。
「わたしだけ、どうしてこんな格好なのかがわかりません……」
「あはは、ごめんねコウカ。でも燕尾服姿もかっこいいよ」
今のコウカは髪を後ろに流し、燕尾服を着ている。つまり男装してもらっているのだ。
これにはもちろん理由があった。パーティ中は忙しくなることが容易に想像できる私と違い、この子たちはパーティに出席はするもののダンスもしなければ挨拶回りも必要がないので、私と離れて行動することが多くなる。
そんな時にドレス姿の少女が4人だけでは、少し近寄りやすく感じられてしまうため、少し牽制の意味も込めて少年役を配置しているのだ。
――まあ、身長がダンゴよりも少し高いだけのコウカではそんなに効果はないのかもしれないけど。
「あれ、そういえばダンゴは?」
いつも元気な彼女の声をまだ聞いていないことにふと気が付いた私はそんな疑問をみんなに投げ掛けてみた。
「あぁ、ダンゴでしたら……」
「ダンゴちゃん~ほら~」
ノドカが振り返りながら横へ移動すると彼女の陰から、ドレスを着た長い栗色髪の少女が現れた。
だが彼女は俯いてしまっており、何やらもじもじとしている。
「ダンゴ……?」
「う、うぅ……」
あの少女がダンゴだという確信はあったので、呼び掛けてみたのだがその真っ赤な顔を少し上げただけだった。
私が疑問に思っていると、コウカたちが事情を説明してくれる。
「ダンゴはその……鏡で今の自分の姿を見たら、恥ずかしくなってしまったみたいで……」
「恥ずかしがること~ないのに~」
ああ、と納得した。
普段は快活で周囲に笑顔を振りまいているダンゴだが纏めていた非常に長い髪を下ろし、その服装をドレスに変えてしまえばその小柄な体躯も合わさって、華奢な印象のお姫様へと大変身する。
そんな今の姿と普段の自分とのギャップに耐え切れなかったのだろう。
恥ずかしがっている今のダンゴを見ていると、沸々と悪戯心が湧き上がってくる。
「今日のダンゴはお姫様かな。とってもかわいいよ」
「あ、主様ぁっ!」
そうやって少し揶揄ってみると紅潮した顔のまま怒られてしまった。
私の中にいる2人もあの子の様子が珍しかったのか、非常に楽しそうにしていた。
◇
遂に始まったパーティで挨拶回りをしているシンセロ侯爵は現在、対面する恰幅の良い男と言葉を交わしていた。
「いやはや、まさか侯爵殿がかの高名な救世主殿と連れ立って出席なさるとは」
「この国の異変を治めていただいたユウヒ嬢には、ぜひ羽を伸ばしていただきたいと考えた次第で、こうして夜会への招待を」
そして私はそんなシンセロ侯爵の隣に並び立ち、笑顔を顔に貼り付けていた。
「いやぁ、もし私ならお忙しい救世主殿を気遣うあまり、とてもではないが夜会などには誘えませぬでしょうなぁ……」
「ふふ。私とて皆様と同じ人間、時には心にも休息が必要ですもの。このような素敵な夜会に招待していただき、オラシオ様のお心遣いには私も大変嬉しく存じておりますわ」
「ハハハ、さすが若い方はお元気が有り余っているようで羨ましい限りですな」
本当に私が喋ったとは思えない言葉が口から飛び出し、仕草一つを取っても私らしくない。
『はぁ……いつまでこんなことを続ければいいんだか』
『礼儀作法も面倒だよね……』
そう、今の私は3人の力を全力で活用して運用されているような状態だ。
言葉遣いを考え、体の動きも制御する。はっきり言って面倒くさいことこの上ない。
シンセロ侯爵もこちらをフォローしようと頑張ってくれてはいるが、それでも相当な負担となっている。
今はこの挨拶回りだけでも早く終わってくれることを願うしかなかった。
――だが無情にもこの一々気を遣う会話は次々と私たちの前に立ちはだかってくる。
「あなたのようなうら若き淑女が戦いに身を投じる……何とも嘆かわしいことで」
「いいえ、これは女神ミネティーナ様より賜りし使命。私も誇りを持っております」
「ええ、オラシオ様とは個人的な友誼を結ばせていただいております」
「シンセロ侯爵への想いが貴女様の原動力、といったところですかな?」
「いいえ、公私混同する気など毛頭ございませんわ。私は救世主として、この世界とこの世界に住まう人々を邪神と手からお守りしたいと願い、この地へと赴きました。ですが……一友人として、彼とその領民の方々が健やかな生活を送れることを願っているのもまた事実です」
本当に精神力を削られていっている思いだ。嘘を言っているわけではないが、これでもかというほどに誇張した言葉を選ぶのも中々に疲れる。
「ユウヒ嬢、これで一通り挨拶も終わった。何の慰めにもならないかもしれないが、立派な淑女としての振舞いだった」
「お気遣い感謝いたしますわ……」
本当に何の慰めにもならないような言葉を告げられた。
でも、これで挨拶は終わったというのは嬉しい。
――早くダンスを踊って帰りたい。
そんな私の願いが届いたのか、遂にダンスの時間がやってきた。
最初のダンスの相手は当然のようにシンセロ侯爵だ。
最初とはいっても、それ以降は踊るつもりもないのでこのパーティにおいては最初で最後なのだが。
シンセロ侯爵はやはり慣れているのか、リードがとても上手い。私としても安心して任せられた。
そんな社交ダンスの最中、シンセロ侯爵が周囲には聞こえないような声量で声を発した。
「先日の事、改めて謝罪したい」
「え……い、今ですか……?」
王都にある屋敷でも謝られたし、ここに来るまでの馬車の中でも謝られた。
そして次はダンス中に謝ってくるのか。
「僕はそれほどの事をしてしまったのだ。そのうえ、こうして今もあなたに負担を掛けてしまっている」
確かに大きな負担となっているのは事実である。
でもそこを追及しようなどとは到底思えなかった。
「疲れましたけど、貴重な体験をさせてもらいました。あの子たちにも……させてあげられた」
少し視線を外すと、隅の方にいるあの子たちの姿が見える。
すっかりしおらしくなり、コウカの腕を掴んでいるダンゴも今日ばかりはあまり食事が進んでいないようだ。
そんな彼女の為にノドカとアンヤが手分けして食べ物や飲み物を取りに行ってあげている。
そうして私は正面の彼に視線を戻した。
――彼は頭が固すぎる。
だから周囲の者がフォローする羽目になってしまうのだろう。
「ずっと気を張り詰めたままの人と一緒に居ると余計に疲れてしまいます。せっかくの機会なんですから、あなたも今くらい肩の力を抜いてみてください」
私のこの言葉にどこか間の抜けたものとなっていた彼の表情は一転し、この日初めて見る自然な笑顔となっていた。
そんな表情となった彼が口を開き、最初に飛び出してきた言葉は――。
「今日のあなたは……本当に天使のようだ」
「……ありがとうございます」
――そんなセリフを本当に言う人がいるんだ、という感想を最初に抱いてしまって全然心に響いてこなかった。
やがてダンスの時間は終わり、私は彼から体を離す。
そして周囲に目を遣ると観衆の中にこちらに熱い視線を送っている御令嬢が数名、見受けられた。
「あら、オラシオ様。お呼びのようですよ。行ってさしあげたら?」
「ああ、ユウヒ嬢。またダンスの後に」
これで終わりとなる私と違い、彼は相手を変えてダンスを続けるようだ。
そしてアプローチを掻い潜りながらあの子たちの元へと向かった私は一言だけを残し、熱を冷ますために一旦会場の外へ出ると1人で中庭へと向かった。
――頬を撫でる夜風が心地よい。
『ほんっとうに疲れたわ。……ユウヒもシズもお疲れさま』
『ここまで気を遣うことなんて今までになかったもんね……』
私の内側から彼女たちの言葉が伝えられる。
「2人とも、今日は本当にありがとね」
ヒバナとシズクには本当に頑張ってもらった。
戦いとは関係ない場所でここまで疲れることなど早々ない。
「十分体も冷えたし、戻ろっか」
中庭から王宮に戻り、会場へ続く道を進んでいた私であったが、正面からヒールが床を叩く音が聞こえてきたために自然と注意がそこに向いてしまう。
「たまにはと思って出てみても、まったく得るものも何もない夜会でしたねぇ」
何やら独り言を呟きながら歩いてきたのは、私よりも少し年上くらいに見える御令嬢だった。
「ん……あれ……」
どうやら向こうもこちらに気付いたようで私の顔を見つめ、口を開く。
「あなた……噂の救世主さんですか?」
「あ、はい……その通りですけど……」
立ち止まり、こちらを見つめてくる御令嬢。挨拶回りをした時には見掛けなかった。
そうしてお互いに顔を見つめ合っていた私たちだが、何やら気になるものが見えてしまい、私の方から視線を逸らしてしまった。
彼女のドレスには不釣り合いの赤紫色が僅かにではあるが広がっている。
だが、見つめられていることに気付いたのか、彼女はそれを手で覆い隠してしまった。
「あぁ、お恥ずかしい格好でごめんなさい」
「いえ……こちらこそ不躾な視線を向けてしまい、申し訳ございません」
少し気まずさを覚えていると、彼女の方から次の言葉を紡ぎ出した。
「あなたが来ると知っていれば、もう少し早く会場に顔を出していたんですが……たしかシンセロ侯爵が招待したんでしたっけ?」
そこから立て続けに彼女の質問に答えることになってしまった。
主にシンセロ侯爵と私の関係に関することだ。
「不思議ですよねぇ。自分の知る限りでは救世主さんがこの国に来るのは今回が初めて。シンセロ侯爵も聖教国に行ったことすらありませんし……どんな魔法を使ったのやら」
「えっと……」
私に問い掛けているというよりも独り言のようなのだが、まるで問い詰められているような気分になってしまう。
「ぜひ会場に戻ってシンセロ侯爵にも尋ねてみたいところですが、ドレスがこれじゃあ……さすがの私も恥の上塗りはできません。出直しですかね」
御令嬢は自分のドレスを見下ろし、大きなため息をついた。
それはもう本当に心の底から落ち込んでいるようだったので、私はつい声を掛けてしまった。
「あの……少しだけ時間を頂ければ私がどうにかしてみましょうか、そのドレス」
――いや、何を言っているんだ。
私の内側でヒバナとシズクまでギョッとしてしまっている。
だが後悔してももう遅い。御令嬢は驚いたような表情を浮かべたかと思うと数秒だけ思案し、にんまりと微笑んだ。
「自分の睨んだ通り、救世主さんって面白い人ですね。ぜひお願いできますか? そしてその間に色々とお話を聞かせてくださいな」
冗談ですとは言えなかったので、どうにかするために私は一旦ハーモニクス状態を解除する。
すると御令嬢が僅かに息を漏らした。
多分、急に2人が出てきたことで驚かせてしまったのだろう。
「実は今日、ずっとこの子たちと1つになっていたんです」
「……いやぁ、噂には聞いていましたが、実際に見ると驚いてしまいますね。髪の色も伝え聞いてきたものと違ったのでもしや、とも思ってはいたんですが……」
やはり勘の鋭い人というか、よく頭の回る人なのだろう。
彼女が私の中にいた2人に興味を惹かれているうちに作業を進めよう。
「ヒバナ、ここのフリルを取ってもらえるかな」
「え……取っていいの?」
「うん、お願い」
私は自分の着ているドレスの一部を外してもらうように《ストレージ》から取り出したソーイングセットを手渡す。
ややシンセロ侯爵に申し訳なくも思うが、ほんの一部なので許してほしい。
そしてこの外したフリルであのドレスのシミを隠す以上、何やらシズクに様々な質問をしている彼女にも許しを得ていた方がいいだろう。
「すみません。ドレスに一時的に手を加えさせていただきます。外しやすくはしておきますので。あと、今から少しお恥ずかしい思いをさせてしまうと思います」
「いえいえ、こんな体験はしたことがないので面白いです」
御令嬢は相変わらずニコニコとしている。
何はともあれ許しを得たので、フリルを取り付ける作業をしていると突然、御令嬢が私に質問を投げかけてきた。
「あなたにとってシンセロ侯爵って、どんな印象の方なんです?」
「バカな人です……あ」
――こんなことを言うつもりじゃなかったのに。
疲れているのか、今のは間違いなく失言だろう。
「あ、いえ……真面目で誠実な人です」
「でもバカなんでしょう?」
「……真っ直ぐすぎるという意味では」
「向こう見ず、ということですね」
もうフォローすることすらできない。
御令嬢はくすくすとそれはもう可笑しそうに笑っていた。
「……できました」
丁度作業も終了したので、御令嬢にドレスの具合を確認してもらう。
「デザインは少し変ですが、動いても外れそうにありませんし、恥をかくことはないでしょうね。素敵なアレンジをどうもありがとう、救世主さん」
「いえ、突然こんなことをしてしまって申し訳ないくらいです」
私はソーイングセットを片付け、再びヒバナとシズクとのハーモニクス状態になる。
「さて、一緒に会場へと戻りましょう。あなたの面白いお話を聞いて、シンセロ侯爵に興味が湧きました」
「あはは……忘れていただけると幸いに存じます」
「でしたら、あなたから聞いたお話だということは忘れておきますね」
そして一緒に会場へと戻った。
まだダンスは続いているようで、御令嬢は私にニッコリと笑いかけてきたかと思うと、ダンスを踊っているシンセロ侯爵の元へと歩いて行ってしまった。
『結局、誰だったのよ』
『聞かずじまいだったね』
たしかにあの御令嬢の名前すら聞いていなかったが、まあ別にいいだろう。
――さて、残りの時間はあの子たちと過ごしていよう。
そしてダンスの時間が終わったものの、シンセロ侯爵は中々戻ってこなかった。
だがやがて戻って来たかと思えば、やや興奮した様子で私に話しかけてきた。
「ユウヒ嬢。あなたはやはり天使……いや、女神だ。あなたが来てくれて本当によかった」
何を言っているのかは理解できなかったが、何か良いことでもあったのだろうか。
「あの、お役に立てたのでしょうか。正直なところ、あなたの名声を高めるという目的にはあまり貢献できなかった気がしますが」
「そんなことはない。実は……いや、これはまだ公にしてはならないことだ。何かの間違いがあってもいけない、公式な発表を待ってほしい」
――いや、どこまで真面目なんだ。
だが少なくとも良い方向へと向かう話なのだそうだ。
なんとも疑問が残るが、こうして私たちの初めての社交パーティは幕を降ろした。