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──午後の診療が始まる前に、カルテを挟むためのバインダーボードを持って来るようにと内線で頼まれて、診療ルームへ行くと、
そこには真梨奈が既にいて、今にも唇を合わせそうな距離で、政宗医師と向かい合っていた。
「あっ…ごめんなさい…!」
慌ててドアを閉めて、だけど思わず持っていたボードを取り落としてしまった。
そうして、目の前で見せつけられた現実に、そこから動くこともできずにいると……
「あれ? ……智香ったら、まだいたの?」
うっとうしげに言いながら、真梨奈が中から出てきた。
「うん…ごめん…あの……、バインダーを頼まれたから……その……」
動揺のあまり、無意識に声が詰まる私に、
「……ねぇ、智香?」
真梨奈がふいに呼びかけて、落ちていたバインダーボードを床から拾い上げた。
「今ね……先生と、キスしそうだったの……見てた?」
拾ったバインダーボードを私の胸元にぐいと押し付けると、真梨奈がわざとらしく口にした。
「ああ…うん、ごめん……」
押し付けられたボードを胸に抱えて、どうして私はさっきから謝ってばかりいるんだろうと、ぼんやりと思う。
「なのに、あんたが急に来るから、キスできなかったじゃない」
責め立てるかのような彼女の口ぶりにも、
「そう…ごめんね…」
頭がなんだかぼーっとするようで、相変わらず私の口からは謝罪の言葉しか出てはこなかった。
「けど智香が来たぐらいで、先生もキスするのやめなくてもいいのにねぇー。先生ってば、なんであんたのことなんか気にしてるんだか。ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「うん……」
真梨奈の喋っている言葉もあまり耳には入らず、どうして自分がこんなにもショックを受けているんだろうとも思うと、
あんな男のことなんかで……と、いたたまれない思いが、ただふつふつと胸を込み上げてくるようだった──。