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煌めくシャンデリアの下、来賓たちの挨拶が飛び交う。
夏帆と洸平は高砂席で笑顔を貼り付け、主賓の祝辞に何度も立ち上がってお辞儀を繰り返した。
ヴァイオリンがバッハのG線上のアリアを奏で始めると、夏帆は高砂席の階段を降りた。
「新婦様、足元をお気をつけ下さい」
「ありがとうございます……」
長い廊下を控室に向かう途中、パウダールームから若い女性が甲高い声で駆け寄ってきた。
「夏帆さん!」
「……?」
巻き髪をハーフアップにまとめ、霞草と白い薔薇のヘッドドレスを着けた女性。ペールグリーンの膝丈ワンピースから、白い華奢な脚が伸びている。唇は真紅に塗られ、笑うと目が細く、まるで獣のように光った。
「あれ? 洸平から聞いていませんでした?」
夏帆は首を傾げた。この馴れ馴れしい笑顔に、胸の奥がざわついた。
「洸平のまたいとこの、近江波瑠です。よろしくね! 29歳、独身!」
波瑠は黒いパンプスで夏帆のウェディングドレスの裾を踏みつけ、顔を近づけてきた。息がかかる距離で囁く。
「波瑠って呼んで。……ね?」
その瞬間、洸平が慌てて駆け寄ってきた。
「波瑠……!?」
洸平の顔色が一瞬で青ざめた。額に冷や汗が浮き、声が上ずる。
「なんでここに……! お前、来るなって言っただろ!」
波瑠はゆっくりと洸平に向き直り、赤い唇を歪めて笑った。目が細くなり、まるで獲物を前にした獣の笑みだった。
「えー、洸平ったら冷たい。結婚式なのに、家族なのに」
彼女は洸平のタキシードの袖を指先で軽く引っ張り、甘く囁いた。
「昨夜はあんなに激しかったのに……今さら?」
洸平の肩がビクリと震えた。慌てて波瑠の手を振り払い、夏帆の腕を強く引き寄せる。
「夏帆、行こう。控室に戻ろう」
声が震えていた。普段の余裕は完全に消え、目が泳いでいる。波瑠はそれを楽しむように、ゆっくりと首を傾げた。
「ふふ……夏帆、洸平のこと、ちゃんと知ってる? あの雨の夜のことも……全部?」
不気味な笑みが、夏帆の背筋を凍らせた。
(この目……この笑い方……)
夏帆は心の中で冷たく分析した。
(この人が、KAHO……それに……雨の夜ってなに……?)
それでも表面は完璧な花嫁の笑顔を崩さなかった。洸平の腕に優しく寄りかかり、波瑠に向かって穏やかに言った。
「波瑠さん、わざわざありがとうございます。お色直しがあるので、後でゆっくりお話ししましょうね」
波瑠は目を細め、満足げに笑った。
「うん、楽しみにしてる。……夏帆」
彼女は踵を返し、廊下の奥へ消えていった。
その背中は、まるで影のように暗く、足音だけが不気味に響いた。
洸平は夏帆の腕を握ったまま、指先を小刻みに震わせていた。
「夏帆……あいつは、ただの親戚で……気にしないで」
夏帆は洸平の顔を優しく見上げ、甘く微笑んだ。
「ええ、大丈夫です。洸平さん」
心の中では、冷たい炎が静かに燃え上がっていた。
(嘘つき。慌ててる顔、全部見えたわ)
夏帆は心の中で、静かに誓った。
(まずは笑顔で近づいて……二人とも、ゆっくりと地獄に落としてあげる)
控室のドアを閉めた瞬間、夏帆は鏡の前で自分の完璧な笑顔を確認した。
この結婚は、復讐のためにある。そして波瑠という名の闇が、静かに物語に忍び寄っていた。
披露宴の喧騒から少し離れた新婦控室。
アクアマリンブルーのお色直しドレスに着替えた夏帆が鏡の前に座っていると、ドアがノックもなしに開いた。
「夏帆〜! ドレス見せてって言ったじゃん!」
波瑠がペールグリーンのワンピースのまま、にこにこしながら入ってきた。赤い唇が不自然に歪んでいる。介添人が慌てて止めようとするが、波瑠は「女同士でいいでしょ?」と睨み、強引にドアを閉めた。
夏帆は驚きを隠し、完璧な笑顔を浮かべた。
「波瑠さん……わざわざありがとうございます。着替えの最中なんですけど……」
「いいじゃん、いいじゃん! 見せてよ〜」
波瑠は夏帆のドレスに近づき、チュールレースを指で撫でながら、急に声を落とした。
「ねえ、夏帆。洸平のこと、ちゃんと知ってる?」
夏帆の胸が小さくざわついたが、声は優しいまま。
「ええ、幼馴染ですし……これから夫婦になるんですから」
波瑠の目が細くなり、獣のような光を帯びた。
「ふふ……洸平ってさ、意外と汚い仕事も平気でやるのよね。あの雨の夜とか……」
夏帆は息を潜め、穏やかに聞き返した。
「雨の夜……ですか?」
波瑠は満足げに笑い、夏帆の耳元に顔を寄せた。息が熱い。
「うん。鬱蒼とした雑木林で、土砂降りの雨の中……シャベル持って穴掘ってたの。私と洸平で。ブルーシートに包んだやつを、ずるずる引きずって……重かったわ〜。最後には暖炉の火かき棒とネクタイをポイッて放り込んで、落ち葉で隠したんだよ?」
彼女はくすくすと笑いながら、夏帆の肩を軽く叩いた。
「洸平、意外と度胸あるでしょ? あの後、ホテルで私を抱きながら『もう後戻りできない』って震えてたの。かわいかったわ」
夏帆の背筋が冷たくなった。でも顔は微笑んだまま。
「へえ……そんなことがあったんですね。波瑠さん、洸平さんと本当に仲が良いんですね」
波瑠は目を細め、意味深に首を傾げた。
「仲が良い……? ふふ、夏帆もこれからわかるよ。洸平の本当の顔」
波瑠は満足そうに立ち上がり、ドアに向かいながら振り返った。
「またゆっくり話そうね、夏帆。……秘密、共有できて嬉しいわ」
ドアが閉まる音が響いた後、控室に静寂が戻った。夏帆は鏡の中の自分を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
(雨の夜……雑木林……シャベル……火かき棒とネクタイ……全部、覚えたわ)
彼女の唇に、冷たい微笑みが浮かんだ。
(波瑠さん、ありがとう。あなたが自分で全部教えてくれたのね)
夏帆はウェディングドレスの裾を整え、再び「幸せな花嫁」の仮面を被った。この情報は、洸平を地獄に落とすための、最高の武器になる。
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