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「ここのケーキ美味しい。こんな所あったんだ」
「ああ、隠れ名店だ。よく、ルーメンに頼んでかってきて貰ってる」
「え、ルーメンさんって……え、そんなのパシリ……」
「ぱしっているつもりはない」
ぱしっているつもりはない、って何それ、パワーワード。と思いながら、口に真っ赤なイチゴを放り込んだ。シンプルなイチゴのショートケーキだが、クリームの甘さも控えめで、滑らかで、それでいて、堅さも絶妙によくて。スポンジケーキは、卵をたっぷり使ってあるのか、綺麗な黄色で、これまたふわふわとして、口の中に入れるととろけた。イチゴも新鮮で、真っ赤。甘酸っぱさと、さっぱりしたクリームが本当によくあう。
リースが連れてきてくれたカフェのテラス席で、私はそんな至福の時間を過ごしていた。リースは、別に甘いもの好きではないのだが、こんな美味しいカフェを知っているなんて、と驚いた。デートのために、調べてくれたというのもあるだろうけど、日頃から食べているであろうケーキを、食べて欲しかった、と連れ来てくれたので、それもまたポイントが高かった。
まあ、ルーメンさんを完全にパシっている気がするけど、そこは目を瞑る。
(というか、補佐官にケーキのお遣いを頼むって……)
傲慢だなあ……なんて、思いながら、最後の一切れを口に運ぶ。因みに、リースが頼んだのはモンブランだった。つやつやとした栗から甘い匂いが漂ってきた。
「一口いるか?」
「え!いいの?でも、私、もう食べちゃったし……」
「気にしなくて良い。食べたかったら、また追加で頼めば良いだけの話だ。金は気にしなくて良い。デートだろ?」
「じゃ、じゃなくて、太っちゃうかも……とか、思って」
「そんなこと気にする必要ないだろ。女性はふくよかな方が……」
「ああ!大丈夫、一口貰うし、もう一つケーキ頼んじゃうから!」
リースの好みは、聞いてない。いや、聞きたいけど、ケーキを二つ食べるなんて贅沢すぎる、という私の心が叫んでいただけだから。それに、前にも同じようなことを言われた気がしたから。ふくよか、丸みがあった方が……とか言われても、太るのは嫌だし、でも、女性らしくないって言われるのも嫌だし……なんても思う。これまで、人の好みに合わせよう何て思わなかったけど、リースの恋人になったっていう自覚が芽生えてからは、彼の好みを聞きたいなんて思うようにもなった。恋をすると人って変わるんだなあともしみじみ思う。恋をすると女の子は可愛くなるって……私は可愛くなっているかどうか分からないけど。
「食べてくれないのか?」
「え、あ!うん、貰おっかな!」
でも、せっかく声をかけてくれたのに、申し訳ないと思ったの私は、リースから一口貰うことにした。これは、俗に言うあーん、なのではないかと思いつつ、彼のモンブランを一口貰う。栗の甘みが口の中に広がっていき、生地に練り込まれたつぶつぶした栗もまた美味しかった。満足したような顔で、リースが笑うので口の中に甘みがふわっと広がるような気がした。
まあ、こういう小さな価値感覚のズレはあるし、こんなの生きてたらすれ違いなんて幾らでも起こすでしょ、と私はそれ以上深く考えなかった。だって、人間、あう、あわないの中で生きているんだから。
「美味しいか」
「う、うん。美味しい。ありがとう」
「それは良かった」
ふはっ、とさらに追い打ちをかけるように、嬉しそうな笑顔を向けるので、目が潰れそうになった。リースの顔を直視して、平然としていられるわけがなかった。だって、推しの顔! そして、恋人のこんな顔見れるなんて、特権だと、恋人の特権だと思った。私しか知らないリースの顔。優越感、特別感に浸りながら、私はモンブランを飲み込んだ。
それから、一つは多いと言うことで、二人で決めたケーキを分けて食べて、もう一杯紅茶を頼んで、他愛もない話をしていた。この時は、前世の話は何もしなかった。ここに来てから思ったこととか、変わったこととか。リースの仕事は何をしているのだとか、私の事についても聞いてきた。
私のやっていることが、全部筒抜けじゃなくて良かったなあ、なんて思ったのは、内緒だ。だって、リースのことだから、全部知りたい、とか思っていたらどうしようってなっていたから。だから、彼が変わって、私以外のことにも目を向けつつ、私を見てくれるって言うその成長に、何か感慨深いものを感じる。
「次は何処に行くの?」
「そうだな……次は……」
カフェを出て、石畳の道路を歩けば、馬車が行き交う姿が見える。魔法がある世界で、転移魔法もあるのに、馬車があるって不思議だよなあ、何てことも前から思っていた。ふとした疑問を口に出せば、リースはそれにすぐ答えてくれる。
「ねえ、何で馬車があるのかな……ああ、何かその変な意味じゃなくて、魔法があるのに、ほら、転移魔法とか言う手段があるし、今は、魔法石もガンガン取れるらしいじゃん。だから、何でかなあって」
「それは、勿論、魔法が危険な存在だからだろう」
「危険……」
リースは、行き交う馬車を眺めつつ、付け加えるように言う。
「それに、誰でも使えるものじゃないだろう、魔法は。人間誰にでも魔力は存在するが、魔法を使えるものは数少ない。前にいったかも知れないが、魔法は戦争に使われる一種の兵器みたいなものだ。だからこそ、リスクあるものはそう簡単には使わないと言うことだろ」
「な、成る程」
確かに、全員が全員魔法を使えるわけじゃない。魔力は存在しても、魔法を使える人間というのは限られてくる。魔法は便利なだけじゃなくて危険って言うのは、勿論分かるし、それを実感しているからこそ、その言葉は重く刺さった。
魔法石で、転移が簡単にできるようになったとはいえ、まだ未発達なものだし、魔法石での転移はかなり酔ったりもする。だからこそ、簡単には使えないし、流通もしていない。私達が、簡単に魔法石が手には入るのは、私達の立場がかなりいいからである。だから、普通の人達の手に、魔法石はまず行き渡らないと。
「魔法は……矢っ張り、危険なもの、なのかな」
「ああ。エトワール、質問をしても良いか」
「え、うん。良いけど……」
「何故、魔法を使うとき詠唱があると思う?」
「詠唱……えっと、呪文みたいなあれだよね。あの、魔法を使うときに、言った方が魔法を発動しやすいって言うあれ」
私はあんまり使わないけれど、詠唱を唱えて魔法を使う人の方が多いのは確かだった。魔法は、想像力さえあれば、その使用者の魔力量にあわせての魔法が展開される。だからこそ、魔法は、詠唱いらずとも、想像力だけで無限の可能性を秘めているのだ。
なのに何故詠唱を唱えるのか。
「矢っ張り、魔法を発動させやすいからじゃない?自分の発動したい魔法のイメージが掴みやすいから、とか」
「まあ、あっているな。でも、一番の理由は、自分が意図していないものを発動させないようにするためだと、俺は思っている」
「どういうこと?」
「魔法は兵器だ、と最初に言っておく。何故詠唱を唱える必要があるのか。それは、想像力で無限の可能性を秘めている魔法を、誰もが扱いやすい大きさにするためだ。詠唱があれば、イメージがかたまり、それだけを発動できるだろう?魔法を箱につめるといった方が分かりやすいかも知れないが。皆が、同じ容量の箱を用いれば、過不足も何も起こらないだろ」
「魔法を箱につめる……それが、詠唱」
リースの説明は分かりやすかった。端的で、本当に必要な部分だけをいってくれる。私が、理解できる頭で良かったなあ、とは若干思ってしまったけれど、ようはこういうことだ。
詠唱とは、魔法を箱につめる動作のこと。同じ容量の箱に魔法をつめれば、毎回同じ威力の魔法を発動させることが出来る。だから、それ以上でも、それ以下でもない魔法を必ず発動できる。危険性がないのだ。魔法のテンプレートが、詠唱、と言うことなのだろう。
確かに、分かっていれば、力加減を間違えなくて済むし、見本があれば、その通りにやれば良いってあらかじめ分かる。詠唱のありがたみを理解した気がして、私はまた一つ賢くなったんじゃ無いかなあって思った。
何事も、基本が大事だと言うことだ。
「じゃあ、詠唱なしにやると、意図していない魔法が発動するってこと?」
「そういうわけじゃないが、自分の持っているイメージと、自分の魔力量があわないと言うこともあるだろう。魔力の暴走というのは、それで起きる。イメージと、魔力量があわないことによって、魔道士自身が制御出来なくなるんだ」
ああ、私もやったことあるわ。
と、思いながら、私は聞いていた。
確かに、詠唱を唱えないと……一番始め、女神の庭園で魔法を使ったとき、バケツをひっくり返したような水魔法を発動したことがあった。あれは、自分の魔力量と、イメージがあっていなかったからこそ起きたことだと思う。
イメージを言語化することで、ある程度、イメージと魔力量があうと言うことだろうか。
最近は、詠唱なんて唱えずにやっているから、詠唱のありがたみを理解していなかったけど。成る程なあ……とも思った。
でも、慣れてくれば詠唱は不要となってくるだろう。アルベドとか、ラヴァインとかが良い例だと思う。
「まあ、詠唱を唱えているときに、攻撃されたら意味が無いからな。慣れてくれば、いらなくなる、と言うのもあるが、あった方が良いことにこしたことはない」
「成る程……リースも、失敗したことあるの?」
「いや?俺は、今のところないな。それに、魔法はまた厄介なものだからな……自分の感情、奥深く、深層心理にも関わってくるから……俺の場合は、危険なものだと理解しているからこそ、自分の中でストップがかかってしまうんだろうな」
「……そう、なんだ」
魔法を意のままに操れる! 完璧! と誉めかけたが、そういうこともあるのかと、私は思った。深層心理で危険なものだって理解しているから、イメージ以上のものが出せないと言うことなのだろうか。魔法は、人を傷付けると、分かっているから。
(じゃあ、感情が欠落している人が魔法を使うってある意味ヤバいのかも)
感情をコントロール出来なかったり、感情の欠落があったりする人は、魔法を兵器として利用してしまうだろう。
だったら、今のエトワール・ヴィアラッテアは……
「エトワール?」
「あっ、えっと、何?」
「いや、こんな話をして悪かったな。また、色々と思い出すことがあっただろう」
「う、ううん。大丈夫。私こそ聞いてごめん。でも、すっごく勉強になった、ありがとう。リース」
魔法の危険性。便利だけじゃないから、此の世界に魔法が溢れていないのだ。便利だと思って使っていたものは、危険を伴う恐ろしいものだから。
私は、改めて自分が使っている魔法について、深く知ったと同時に、聖女だから膨大な力を持つ者として、魔法をどう使うべきか、考えを改めようと思った。