通知が届く
マルトクテックカンパニーは、エース級に対して
定期的に人格パラメータを再調整する。
それが「大更新」。
感情の揺れを削り、
依頼者満足度を最大化する。
通知は、冷たいUIで届いた。
> 【特Aサービス提供者・村田孝好様】
パフォーマンス最適化のため、
次期大更新の実施を推奨します。
推奨=事実上の強制。
月影は彼を呼び出した。
「ターくん、受けてくれるよね?」
沈黙。
珍しく、彼は笑わなかった。
*
大更新、署名する
マルトクテックカンパニーは、 「強化実験」を始める。
安定層をさらに均一化するための 人格パッチ。
通称:大更新
・感情の揺らぎを減らす ・契約者への執着値を微調整 ・別れ際の演出を標準化 ・スケジュール最適化AIと直結
エース級スタッフは必須。
村田も対象だった。
月影は面談室で言う。
「これは昇格さ」
村田は書類を見て、 沈黙する。
その中に一行。
> “個別判断の裁量は制限されます”
彼は問う。
「俺が、今度はどんな|娘《こ》に出逢えるかなって思うの、 それもアルゴリズムになるの?」
月影は答えない。
村田は椅子にもたれ、 天井を見る。
「空白が毒なのはさ、 俺の問題であってさ
それを|均《なら》すのは違くない?」
初めてだった。
彼が、 会社の提案に乗らないのは。
月影は静かに言う。
「拒否は、降格と同義ですよ」
村田は笑う。
「いいよ
俺、壊れたくないし」
そして署名欄に、 拒否と書く。
*
ボタン押下による決定的な拒否の瞬間
更新内容の説明はこうだった。
・愛情配分の最適化
・特定依頼者への“深度固定”
・長期契約率向上
・依存誘導率の底上げ
つまり、
“一人を選ばせる”設計。
村田は画面を見つめたまま言った。
「それ、俺じゃなくなるよね」
月影は答えられなかった。
「俺さ、失うのは平気なんだよ。
最初から何も持ってないし。
でもさ」
彼は初めて、怒った顔をした。
「誰かを“選ぶように設計される”のは違う」
システムは警告を出す。
> 拒否した場合、
契約ランク降格の可能性があります。
「いいよ」
あっさり。
「俺はみんなのダーリンでいたい。
一人の所有物にはならない」
月影は震えた。
これは“反逆”だ。
だが同時に、
彼は人格を壊されなかった唯一の男になる。
最終確認画面。
> 実行しますか?
【YES】
【NO】
村田は迷わず押した。
【NO】
*
その波紋
内部評価: “不安定因子”
その瞬間、会社は凍りつき、
社内フラグが変わる。
特Aで大更新拒否――前例なし。
だがさらに異常だったのは、その後。
依頼者たちが、次々と解約を保留した。
「村田さんが更新しないなら、私も現状維持で」
“みんなのダーリン”村田ロス。
だが契約者は減らない。 むしろ増える。
カラクリは至ってシンプル。
一般閲覧者向けのスタッフ紹介ページで、
レビュー評価の数が高止まり。
解約保留の波は会社に打撃を与える。
運営は焦る。
「なぜ、制御不能なのに売上が落ちない」
月影は独り言のように言う。
「彼は、安定を演じていないからね」
安定層に、 微細なひびが入る。
「設計された安定」ではなく、 「選ばれ続ける安定」が存在する。
それは会社にとって 最も危険だった。
人格制御なしで最高満足度を叩き出す男。
システムにとって、最も扱いづらい存在。
月影は思った。
> これは強化実験の“穴”になる。
そしてそれは、安定層崩壊の前触れだった。






