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「麻衣さんの後輩は?」と、聞いてみた。

「若くて、何年も一緒に働いてるけど、変態じゃないんでしょ?」

「やめてよ! 七歳も年下だよ? 軽いし!」

七歳年下は……そんなにムキになるほどナシか?

「その子に挑発されたって、具体的に何を言われたの?」

千尋が鶏串を頬張りながら、聞いた。

「……私なんか、モテる高井さんが本気で相手するはずない……って」

「随分失礼な後輩ね」と、あきらがチーズを摘まんで言った。

「でしょ!? いつも『可愛い』とか『エロい』とかスケベっぽいことばっかり言ってるのに、高井さんに誘われた途端に『身持ち堅そうなのに、実は遊び慣れてるのか』とか言うし!」と、麻衣さんはまたムキになってジョッキを傾けた。見る見る間にビールが減っていく。


それって……。


この場の誰もが同じことを考えていると思う。気づいていないのは、麻衣さんだけ。

「麻衣。その後輩は麻衣のこといやらしい目で見るのか?」と、大和さんが聞いた。

「ううん?」

「彼女はいる?」と、さなえが聞く。

「どうだろ」

「高井って奴と食事に行くって聞いて、なんて言った?」と、陸さん。

「ホテルなんて行くな、って」

「その子、ちゃんと麻衣の目を見て話す?」と、あきら。

「うん」

「仕事振りは?」と、千尋。

「真面目だよ? ふざけたことを言っていても、仕事に関しては私の言葉をちゃんと聞くし、覚えも早いし、ミスも素直に反省するし」


七歳年下ってことは、二十五歳……?

あれ……?


ふと、思い出した。

「カッコいいですか?」

「一般的にモテるタイプだと思うよ? 背が高くて顔小さくて、よく笑うし、話しやすいし、よく周りを見て気が利くし」

「髪、ちょっとくせっ毛で、黒にグレーのラインが入ったバッグ持ってます?」

みんなの視線が、俺に集まる。

「なんで知ってるの?」

麻衣さんが、聞いた。

「ホテルで麻衣さんを待ってる時、見たんですよね」

「え?」

「俺、麻衣さんが食事に行った時にホテルに迎えに行ったんですけど――」と、俺は事情を知らないみんなに言った。

「麻衣を送ってくれって、俺が頼んだんだよ」と、陸さんが補足説明する。

「麻衣さんが出てくる直前にその男が出て来たんだよ。やたら慌ててたから、憶えててさ。麻衣さんが俺の車に乗るところも見てた気がするんだよな」

「まっさかー」と、麻衣さんが笑う。

既に酔いが回ってきているのか、顔が赤い。

麻衣さんはお酒が好きだけれど、弱い。


別人か……?


「食事の後、後輩に何か言われた?」と、千尋が聞く。

「何も?」

「ふぅん……」


その後輩、麻衣さんに惚れてるんじゃ……。


麻衣さん以外の全員がそう思ったはずだが、あえて何も言わなかった。

麻衣さんは時々、頑固になる。

後輩を意識させるようなことを言えば、ムキになって後輩と距離を置くかもしれない。

「彼女に逃げられた男だったのかな」と、俺は言った。

「麻衣は追いかけられなくて良かったねぇ」

千尋が棒読みっぽく、言った。

「ま、何にしても、あの男とはもう会うなよ」

陸さんの言葉に、麻衣さんが頷いた。

「そうだよ! 結婚する前に、思いっきり仕事して遊んだ方がいいよ。結婚して子供が出来たら、簡単には別れられないし、失敗したと思っても遅いんだから」

さなえの言葉に、その場の空気が冷えた。

さなえは平然と唐揚げを頬張る。

大和さんは気まずそうにビールを飲んでいた。


なんだ……?


解釈の仕方は色々あるだろう。

麻衣を励ますために、結婚が全てではないという意味合いで言っただけかもしれない。

きっと、そうだ。

決して、さなえが結婚前にもっと遊びたかったと思っているわけではない。結婚して失敗したと思ってるけれど、子供がいるから別れられない、と思っているわけじゃない。


――よな?


「さなえ、チゲ雑炊シェアしない?」と、麻衣さんが言った。

「うん。食べたい」と、さなえが即答する。

見た目だけで言えば甘いものが好きそうなのに、さなえは辛い物好き。大学時代、一緒に入ったカレー屋で、激辛を注文していたのには、驚いた。

麻衣さんがボタンを押して店員を呼ぶ。

「焼き鳥も頼んで。俺、食ってない」

話題を変える助けになればと、俺は言った。

「私、梅酒」と、あきらが続く。

「ライムサワー」と、千尋も。

「イカの一夜干し」

陸さんも素知らぬ顔で、言った。

「みんな、自分で言って」と、麻衣さんがピシャリと言った。

「大和、ご飯ものも食べなきゃ悪酔いするよ? ピザでいい?」

さなえが大和さんに言った。

「ああ」と、大和さんが呟く。


喧嘩……ではない?


何となく気まずいながらも、それぞれに話をしながら飯を食って、四杯目のビールを飲んでいるあたりから、雰囲気も戻っていた。

けれど、集まって一時間半が過ぎた頃、さなえのスマホが鳴った。

「もしもし。……いいえ。…………わかりました。すぐに迎えに行きます。……はい。すみません。……はい。お願いします」

「母さん?」

電話を終えたさなえに、大和さんが聞いた。

「うん。大斗がぐずってるって。先に帰るね」

「俺も――」

「いいよ、大丈夫。お義母さんが家まで送ってくれるって。ごめんね、みんな。また、ね」

大和さんの言葉を遮り、さなえは急ぎ気味でバッグとジャケットを抱えた。

「気を付けてね」

「さなえ――」

立ち上がろうとする大和さんの肩に手を置いて、さなえは阻止した。

「大和、飲み過ぎないでね」

「ああ」

「大斗くん、お大事にね」

「ありがとう」

なんとなく全員が見送るタイミングを逃し、さなえは襖を閉めて帰って行った。

「悪いな、バタバタで」と、大和さんが言った。

「何言ってんの」

千尋が、みんなを代表して言った。

「チゲ雑炊は食べられたから、良かった」と、麻衣さんが言った。

「珍しいね、夫婦喧嘩なんて」と、あきらがズバリ言った。

「あれって、やっぱそうなの!?」と、俺も聞いてしまった。

「さなえがあんなこと言うの、初めて聞いたな」と、陸さん。

「ま、色々あるわよね。言いたくなきゃいいけど?」

千尋にそう言われて、大和さんが深いため息をついた。グイッとビールを煽る。

「さっきさなえが言ったこと、俺が言っちまったことなんだよ」

「え? 結婚前に遊んだ方がいい、って?」

「そ。この前、地元の友達と飲んだ時にポロッと言っちまってさ。そいつは結婚もまだで、彼女もいないって愚痴ってたから、励ますつもりもあって言ったんだよ。結婚が全てじゃない、みたいな? それを、タイミング悪く、迎えに来たさなえに聞かれたんだよ」

「あーーー……。うん。マズいね」と、あきらが言った。

「別に、俺は結婚を早まったつもりはないし、失敗したとも思ってねーよ? 一般論として、焦んなって言いたかっただけでさ」

「それをさなえには言ったの?」と、千尋が聞く。

「言ったよ」

「許してもらえなかった?」

「……泣かれた。しかも、俺に隠れて」

「ショックだったんだねぇ」と、麻衣さん。

「けど、さなえなら大和の言葉が本心じゃないってわかってくれるでしょ?」と、あきら。

「どうだろな。気にしてないって言ってたのに泣いてたし、さっきみたいに言うってことは、やっぱ怒ってんだよな」

大和さんが気落ちしているなんて、珍しい。

リーダー的な存在の大和さんなりに気を遣っているのかもしれないけれど、俺たちの前でそういう姿を見せたことはない。

常に堂々としている大和さんは、大学時代には俺の憧れだったりした。

けれど、こうしてさなえとの問題に落ち込んでいる姿は、近親感が持てた。

みんな、わざわざ口にしにだけで、何かしらの悩みや問題を抱えている。

そんな当然のことに、なぜか少し安心した。

「麻衣たちさ、たまにでいいからさなえ《あいつ》を連れ出してやってくんないか?」と、大和さんが言った。

「え?」

「あいつ、大斗が生まれてから、全然遊びに出てなくてさ。このメンバーで集まる以外、家事してるか、仕事手伝ってるかでさ。買い物も近くのスーパーに行くくらいだし」

「子供がいたら、そういうものでしょう?」と、千尋が言った。

「最近のママさんたちはそうでもないらしいんだよ。保育園や旦那に子供を預けてランチとか飲みに行ったりもするし、割と自分の服や化粧品にも金をかけたり? ま、金に余裕があるからなんだろうけど。けど、さなえはそういうの全然ないんだよ。家事も手を抜かないし、仕事も手伝ってくれて助かるけど、なんつーか……隙がないっつーか……」

「ちょっと意外だな」と、陸さん。

「大学の頃のさなえって、なんか危なっかしかっただろ。大和じゃなくても、保護欲を掻き立てられるっているか、目が離せなかったんだけどな」

「うん。わかる。同い年だけど、妹がいたらこんな感じかと思うくらい、放っておけなかった」と、俺も同調した。

実際、大和さんが卒業した後は陸さんと俺でさなえを見守っていた。勝手にだけれど。

「男ってバカだね」と、麻衣さんが低い声で言った。

麻衣さんは見た目に似合わず、毒を吐くことがある。

まぁ、勝手に見た目で決めつけているから、ギャップに驚かされるのだけれど。

「こんだけ長い付き合いなのに、全然わかってないんだから」

うんうん、と千尋とあきらが頷く。

「さなえ、結構しっかり者だよ? 普段はおっとりして危なっかしいけど、人を良く見てるし、家事とか仕事とかはかなり要領よく出来るし。料理させたら、この中で一番手際いいと思うよ」

そうなのか。

確かに、大学時代に時々差し入れてくれた弁当やお菓子は美味かった。

「けど、出しゃばるようなこともしないでしょ。内助の功、なんてさなえのためにある言葉みたいなもんだよ」

「けどさ、それって男にしたらプレッシャーじゃね?」と、陸さんが言った。

「人それぞれだろうけど、あんまり完璧すぎても落ち着かないっていうか――」

「無理させてるんじゃないかって、思うんだよ」と、大和さんが言った。

「あいつ、自分のことは何でも後回しでさ。毎日、俺や大斗の世話ばっかで、そのうち嫌になるんじゃないか……とかさ……」

なんだろう。

勝手に親近感を覚えた。

「そういう性分てだけじゃなくて?」と、聞いてみる。

「さなえって、おっとりしてるけど嫌なことはハッキリ言えて、流されるタイプじゃなかったでしょ。不満があったら言うと思うけど」

俺も、そうだ。

あきらが好きで、勝手に尽くしているだけ。別に苦でも何でもない。

俺の作った飯を美味そうに食べてくれるだけで、嬉しくて堪らない。

さなえだって、きっとそうだ。

大和さんと大斗が大好きだから、尽くしたいと思っているはずだ。さなえの場合は尽くすという表現は違うかもしれないけれど、要するに、嫌々じゃないだろうってこと。

だからこそ、大和さんの言葉には傷ついたのかもしれないけれど。

「確かにね」

「どうかな。大斗が生まれてから二人で話す時間もないし」

「そうなの!?」

「そ。だからさ、たまに女同士でストレス発散させてやってくれよ」

大和さんが、力なさげに笑った。

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