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もちぷよ
987
270
きゅー
2,024
翌日の火曜日。
オフィスにいる僕は、自分のデスクでパソコンの画面に向き合いながらも、どこか落ち着かない気持ちでいた。
仕事に集中しなくてはいけないのに、ふとした瞬間に頬が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えていると、ガタガタッとパーテーションの向こうから激しい音が響き、お馴染みのキャスターの音と共に、吉田さんが鋭い目を光らせて僕のデスクへと乗り出してきた。
「おい、山中」
「うわっ、びっくりした……! なんすか、吉田さん」
「お前、なんか今日おかしいぞ。昨日の朝なんて、お前分かりやすくガチガチに緊張してたくせに、今日は逆」
「……え?、」
「……なんか、不自然にトゲが抜けてハッピーなオーラが漏れてんだよ。お前さ、ついに宝くじでも当てたか?」
ジトッとしたすべてを見透かすような吉田さんの鋭い探りに、僕は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「な、何言ってるんですか! 宝くじなんて買ってないですし、普通に仕事を片付けてるだけですよ」
「怪しいな……。あ、分かった! さてはあいつ、あの営業部の曽野と何かあったな!?」
「っ、……!」
核心を突かれ、心臓がドクンと大きく跳ねる。
大慌てで「何も無いです!」と言い返そうとした、まさにその時だった。
「おーい! じゅうちゃん、お疲れーー!」
経理部のフロアの入り口から、いつもの楽しそうな大声と共に、だいちゃんが僕のデスクへと真っ直ぐに駆け寄ってきた。
「あ、だいちゃん、お疲れさま。急にどうしたの?」
「いや〜、近くの部署まで書類届けに来たついでに、じゅうちゃんの顔見にきてん! って、あれ? じゅうちゃん、なんか今日めっちゃキラキラしてない!? うーわ、めっちゃ可愛いんやけど!!」
だいちゃんは僕の顔を覗き込むと、上目遣いでぱちぱちと瞬きをしながら大はしゃぎし始めた。
「ちょっ、だいちゃん!声大きいって!」
「おい、太智。お前もやっぱりそう思うか? こいつ、絶対なんか隠してんだよ。いつもみたいな暗いオーラが、今日は一ミリもねぇんだわ。……昨日、曽野の奴と何かあったろ山中。な?」
吉田さんが仁王立ちで腰に手を当て、僕の鼻先をビシッと指差しながらまくし立てる。
そこにだいちゃんまで「え!? 舜太と何かあったん!? なになに、僕にも教えてや〜!」と身を乗り出してきて、僕のデスクの周りは一瞬にしてハラハラするような包囲網へと変わってしまった。
ここで付き合い始めたなんて白状したら、他の人から何て思われるか分からない。
それに、男同士だっていう偏見だって怖いし、しゅんと僕とじゃ、恋人同士になった今でも到底釣り合うなんて思えないから。
僕が何もできずに硬直していると、僕のスマホの画面がメッセージの受信で静かに明滅した。
液晶の真ん中に表示されたのは、“しゅん”の文字。
僕は二人に見られないように、こっそりとメッセージを確認した。
《じゅう、お昼何食べる?待っててな~今迎えに行く!》
「ひっ……!」
スマホをデスクの引き出しに放り込んだ僕を、二人の先輩の鋭い視線が刺す。
「あ!今、完全に隠した! 山中、吐け!」
「じゅうちゃん、まさか舜太と秘密の約束!?」
逃げ場を失っていると、フロアの入り口から声が響いた。
「あ、じゅういた! お疲れさま!」
視線を向けると、そこには最悪の、けれど一番会いたかったしゅんが眩しい笑顔で立っていた。
僕は助けを求めるように、彼の顔を見つめる。
「げっ、噂をすれば本物が来やがった」
「あー! 舜太やん! お疲れ!」
吉田さんが腕を組み、だいちゃんが手を振る。
しゅんは驚きつつも、すぐに人懐っこい笑顔で僕の隣に歩み寄ってきた。
「わぁ~吉田さんに、だいちゃんも。お疲れさまです! 何ですか?みんなで集まって!」
「曽野。お前、今日うちの山中の様子が明らかにおかしいんだけど、何か知らねぇか? 朝から不自然にニヤついてんだわ」
吉田先輩が鋭い目を光らせて、しゅんを問い詰める。
僕は心臓が飛び出しそうな緊張感で、デスクの下で自分の膝をぎゅっと握りしめた。
「え〜? じゅう、朝からそんなハッピーな顔してたん? ……まぁ、体調も万全に戻って、こうして仕事できとるんが嬉しくて堪らんのやないですか?」
しゅんは核心を綺麗に濁しながらも、僕を気遣う優しさを言葉の端々に滲ませた。
「怪しい。いつでも山中に対して、独占欲全開なお前が、今日に限って妙に穏やかなのが一番怪しいんだよ」
さすが勘の鋭い吉田さんだ。
しゅんの変化に完全に気づいている。
「え〜? 俺の目? 別にいつも通りですよ~なぁ、だいちゃん!」
「うーん、まぁよくわからんけど! てか僕は二人が付き合ったかどうかなんてどうでもええねん!それより僕、今日のランチ、じゅうちゃんと新しいイタリアン行きたいねん! 舜太も一緒に行こうや!」
だいちゃんの爆弾発言に、僕の血の気は一気に引いていく。
「ちょ、だいちゃん!??何言ってんの?……うぅ、もう…っ!!」
大慌てで否定する僕の横で、しゅんは困ったように笑いながらも僕の肩にぽんと優しく自分の大きな手を置いた。
衣服越しに伝わる彼の体温に少しドキドキしてしまう。
「あ! 俺もそのイタリアン行きたいと思ってたんよ! じゃあ吉田さんも一緒にみんなで行きましょ? 今日は俺が皆さんに奢らせてください!」
しゅんは何も気にしてない風に、吉田さんを誘う。
「はぁ!? ……ちっ、まぁ奢りなら行くわ。山中、真相はパスタ食いながらじっくり吐かせるからな」
吉田さんはため息を吐くと、お昼休憩のチャイムと同時に立ち上がった。
「わーい! 舜太の奢りや! じゅうちゃん、早く行こ! じんちゃんも〜!」
だいちゃんに腕を引っ張られて歩き出す僕のすぐ後ろを、しゅんが大きな身体で守るようにしてついてくる。
先頭を歩くだいちゃんたちの背中を盗み見るようにして、しゅんが僕の耳元にスッと顔を近づけ、周りの雑音にかき消されるくらいの、低くて甘い声で囁いた。
「じゅう、席は俺の隣な?」
耳元に触れた彼の熱い吐息に、心臓がまた小さく跳ねる。
二人の先輩から浴びせられる容赦ない追求に冷や汗を流しながらも、隠しきれない独占欲を囁いてくる恋人のずるさに、僕の胸の奥はハラハラドキドキでで落ち着かなかった。
to be continued…
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