テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「家……出るの。卿は僕のこと必要としてないみたいだし……僕がいなくたって変わらないんでしょ」
「は? なわけないでしょ…ゆずは大事だし必要だよ。ただ心配させたくなかっただけで……!」
「心配させてもくれないんだから……僕じゃなくて、家政婦雇えばいい。僕なんか……いなくなった方が楽なんでしょ!」
逆上した僕は、ただひたすらに暴れた。
腕を振りほどこうとしても、卿の指は深く僕の肌に食い込み、微動だにしない。
「ゆず……落ち着いて!」
「離して!! 卿はいつも笑って大丈夫大丈夫って…何でもかんでも僕には関係ないって、一人で解決しちゃうなら、僕なんかいなくていい…」
「卿まで、僕のこと必要としてくれないなら…もう死んだ方がマシだよ…っ!!」
絶叫に近いその言葉に、卿の手がわずかに戦慄した。
その隙を見逃さず、僕は力任せにドアノブへ手を伸ばした。
ひんやりとした金属の感触。僕は迷わず、それを押し開けた。
ドアが軋む音と共に、2年ぶりの「外」が眼前に広がる。
アパートの廊下には夕暮れの長い影が伸び、下界からは車の喧騒が遠く聞こえてきた。
「ゆず!?」
背後で卿の怒声が響いたが、僕はもう止まらなかった。
裸足のまま、階段を一段飛ばしで駆け降りる。
膝に走る鈍い痛みさえ、心の痛みに比べれば何でもなかった。
スマホも、財布も、何もない。
2年ぶりの外の世界は、記憶よりもずっと広くて、寒くて、恐ろしかった。
それでも僕はひたすら走った。
息が肺を焼き、喉から血の味がしても構わなかった。
けれど、開けた交差点に出たところで、急に足がもつれた。
派手に転倒する。アスファルトの冷たさと硬さが、全身を叩きつけた。
「──っ!」
掌と膝から、じわりと血が滲み出す。
汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、そこには見知らぬ街並みが広がっていた。
───ここ、どこだっけ……?
風が吹くたび、薄手の服を通して体温が奪われていく。
裸足の裏から伝わるアスファルトの冷徹さが、僕の理性を引き戻した。
(戻りたくない。それどころか、もう、戻れない……)
スマホもない僕は、助けを呼ぶこともできない。
もしかしたら、本当にこのまま、誰にも気づかれずに野垂れ死んでしまうのかもしれない。
(卿を困らせたかったわけじゃない。ただ、悲しいって言いたかっただけなのに)
自分の愚かさと、圧倒的な孤独に打ちのめされ、僕は道路の隅で蹲り、声を上げて泣いた。
拭っても拭っても涙が溢れる。
もう、卿は追いかけてきてくれない。