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あおっちӦ(あおあお)
191
タイナ
30
#シェドレツキー
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世界の理(ことわり)がまだ曖昧で、神々が気まぐれに大地を書き換えていた時代。
大地が生まれ、空が生まれ、ついでに「なんとなく」で山や海まで追加されていた、そんな混沌とした時代である。
その世界の片隅で、ひとりの神が盛大に暇を持て余していた。
金の装飾がついた漆黒のローブを深々と羽織り。
黄金の翼を背に纏う男。
混沌を司る神――テラモン。
「……あーあ。退屈だなぁ」
テラモンは頬杖をつきながら、目の前に浮かぶ世界を眺めていた。
「今日もどこかの次元のコードでも書き換えて、空からチキンでも降らせてやろうかな」
完全に暇人の発想だった。
しかし、彼は暇つぶしで世界の法則を書き換えられるほどの存在である。
指を鳴らせば大地が砕ける。
軽く微笑めば重力が気まぐれに横向きになる。
「おや? 今日は太陽が二つあるぞ!」
「神の御業だ!」
「いや、昨日まで三つあったんだけど!?」
そんなことが日常茶飯事だった。
当然、世界の住人たちはテラモンを恐れていた。
ローブと翼の影が見えただけで、
「神の御怒りだぁぁぁ!!」
と地面に伏して震え上がる。
テラモンは、そんな反応にもすっかり慣れていた。
むしろ、悪くない。
神として畏れられる。
それはそれで気分がいい。
「ふふふ……そうだ。それでいい。もっと私を恐れるがいい……」
そう呟きながらニヤニヤしていた。
……あの男に出会うまでは。
「やあ、テラモン」
「……ん?」
背後から、あまりにも気軽な声が飛んできた。
テラモンはゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、灰色のパーカーに黄色いヘルメットをかぶった男。
腰には工具。
手にはハンマー。
そして何より、神とは思えないほど朗らかな笑顔。
建築と創造を司る神――ビルダーマンだった。
「やあ。また世界の端っこを丸く削ってるのかい?」
「…………」
テラモンの眉がピクリと動いた。
「……ビルダーマン」
「うん?」
「お前は……私が怖くないのか?」
「え? なんで?」
その一言で、テラモンの中に火がついた。
「フハハハハハ……!!」
テラモンはわざとらしく翼を広げた。
漆黒のローブがバサァッと翻る。
緑色のエーテルが周囲を渦巻き、空間そのものが歪み始める。
さらにテラモンは、神々しい……というより、明らかに「怖がらせようとしている人」の顔で、ビルダーマンへじりじりと近づいていった。
そして――距離、わずか数センチ。
「見ろ、ビルダーマン……!」
「近いね」
「お前が丹精込めて作った世界を、今から巨大なドミノ倒しにしてやるぞ!」
「へえ」
「恐怖で泣き叫び、この私に命乞いをするがいい!!」
「ドミノかぁ」
ビルダーマンは顎に手を当てた。
「それ、物理演算のテストにちょうど良さそうだな」
「…………」
「あとさ、テラモン」
「なんだ」
「そこの空間削るなら、ついでに僕の作業スペース広げてくれない?」
「…………は?」
テラモンの口から、完全に素の声が漏れた。
「いや、だから。そこ邪魔なんだよね」
「…………」
「ちょっとだけ削ってくれたら助かる」
テラモンは無言でビルダーマンの顔を覗き込んだ。
恐怖。
畏怖。
絶望。
そのどれかがあるはずだった。
しかし。
そこにあったのは――純粋な好奇心と、親しみだった。
(な、なんだ……こいつ……!?)
(私を……混沌の神テラモンを……)
(まるで近所の物知りなお兄さんみたいに見てやがる……!!)
テラモンは生まれて初めて、自分の神としての威厳が通用しない相手と遭遇した。
しかも相手は、完全に悪気がない。
「……お前」
「うん?」
「私が誰だか分かっているのか?」
「テラモンでしょ?」
「そうだ! 混沌の神だぞ!?」
「うん」
「世界の法則を好き勝手に改変できるんだぞ!?」
「便利だね」
「恐ろしくないのか!?」
「別に?」
「…………」
テラモンは固まった。
そして――。
「……面白すぎる……!!」
口元が、ゆっくりと吊り上がった。
その日から。
テラモンの、謎の追跡生活が始まった。
ビルダーマンが家を建てようとハンマーを振る。
カンッ!
カンッ!
「……よし、ここに壁を――」
「…………」
「ん?」
壁の陰から、黒いローブがぬっと現れる。
「うわ」
「…………」
「テラモン、またいるの?」
「私はお前を監視しているだけだ」
「なんで?」
「お前がいつ恐怖に震えるか見届けるためだ!」
「そっか」
「怖がれ!!」
「今のところ特にないかな」
「くっ……!!」
また別の日。
ビルダーマンが朝食のパンを食べようとしていると。
ひらりと、黄金の羽がテーブルに落ちる。
天井の角に、何かがいる。
「……?」
ビルダーマンが見上げる。
黒いローブ。
黄金の翼。
そして蜘蛛のように天井へ張り付いているテラモン。
「逃がさんぞ……」
「パンならあげるけど?」
「…………」
「食べる?」
「……食べる」
「じゃあ降りてきなよ」
「…………」
テラモンは何事もなかったかのように床へ降りた。
「……これは恐怖による接近だ」
「はいはい」
そしてまた別の日。
「じゃあ、ちょっとトイレに――」
ガチャ。
ドアを開けるビルダーマン。
その隙間から。
スルッ。
「私を恐れろ……」
「いや、テラモン」
「なんだ」
「ここはやめよう?」
「なぜだ!」
「場所が場所だから」
「…………」
テラモンはしばらく考え。
「……確かに」
普通に出てきた。
こうして数日。
テラモンの威厳は、少しずつ奇妙な方向へ崩壊していった。
そんなある日のことだった。
「テラモン様ーーーーっ!!」
ドッシィィィン!!
突然、空から雷鳴のような轟音が響いた。
地面が揺れる。
砂煙が舞い上がる。
その中心から立ち上がったのは、巨大な男だった。
黒い翼。
鋭い角。
背中には巨大な大剣。
見るからに「近づいちゃいけないタイプ」のオーラを放っている。
天界屈指の戦闘力を誇る悪魔――ドゥームブリンガー。
彼は着地するなり、テラモンの前へ駆け寄った。
そして。
ズサァァァッ!!
勢いよく地面へひれ伏した。
「おお……!」
「偉大なる混沌の主、テラモン様!!」
「……」
「本日もその禍々しい黒いローブ!気高き黄金の翼!! 実にお似合いでございます!!」
「…………」
「お供のドゥームブリンガー、テラモン様がこの生意気な建設神をどのように恐怖へ叩き落とすのか!! 最前線にて見届けに参りました!!」
「うむ」
テラモンは満足そうに頷いた。
実はこのドゥームブリンガー。
天界でも屈指のイカつさを誇る悪魔なのだが。
その正体は――。
テラモンの大ファンだった。
「くくく……よく来た、ドゥームブリンガー」
テラモンは尊大に鼻を鳴らし、腕を組む。
「見よ。このビルダーマンめは、私の威光に怯え、もはや声すら出せんのだ!」
「いや、普通に挨拶しようと思ってタイミング見てただけだけど」
「…………」
「はじめまして、ドゥームブリンガーさん。ビルダーマンです」
「ヌッ!?」
「お茶飲む?」
「…………」
ドゥームブリンガーの目が輝いた。
「……緑茶ですか?」
「うん」
「いただきます!!」
「待てドゥームブリンガー!!」
テラモンが絶叫した。
「なぜお前が寛いでいる!?」
「はっ!?」
「私は今、こいつを恐怖させようとしているのだぞ!!」
「申し訳ございません!!」
「ならば恐怖せよ!!」
「はっ!」
ドゥームブリンガーは立ち上がった。
背中の大剣を抜く。
「では、このビルダーマンの家を一緒に破壊しましょう!!」
「壊さないでよ」
ビルダーマンが即答した。
「昨日建てたばかりなんだから」
「しかしテラモン様が!」
「代わりにこれあげるから」
そう言ってビルダーマンが差し出したのは。
出来立てのフライドチキンだった。
「…………」
テラモンとドゥームブリンガーは、無言でチキンを見つめた。
「……」
「……」
やがて。
テラモンがそっと一本受け取る。
「…………」
パクッ。
「…………」
モグモグ。
「…………美味い」
「ですよね!?」
ドゥームブリンガーも即座に食べ始めた。
「テラモン様、これめちゃくちゃ美味いですね!!」
「うむ……」
「だろ?」
ビルダーマンは満足そうに笑った。
「僕の自信作なんだ」
テラモンはチキンを頬張りながら、フードの奥で静かに拳を握った。
(くそっ……!!)
(違う!!)
(私はこいつを恐怖させるために付きまとっているんだ!!)
(なのに……!!)
もう一本、チキンを取る。
パクッ。
(なぜ私は毎日こいつのところへ来て、飯まで食っているんだ……!!)
そして、心の中で固く誓う。
(だが、諦めんぞ……ビルダーマン!!)
(いつか必ず……!!)
(お前を恐怖で泣かせてやる!!)
その隣では。
「テラモン様、もう一本どうぞ!」
「……もらおう」
「お茶もありますよ」
「……うむ」
「仲良くなったねぇ」
「仲良くない!!」
テラモンの叫び声が、平和な世界に響き渡った。
こうして。
黒いローブをまとった混沌の神。
何事にも動じないマイペースな創造神。
そして、その創造神の家で緑茶を飲みながらフライドチキンを食べる、イカついファン系悪魔。
奇妙すぎる三人の、シュールで混沌とした日々が幕を開けた。
なお、この時点で。
一番混沌としていたのは、間違いなくテラモンの人間関係だった。