この作品はいかがでしたか?
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作者です
暴力表現注意です
大丈夫じゃない方は回れ右
大丈夫な方はどうぞ
「大丈夫…大丈夫だから」
急いで揺れる視界。
いつも通る日本海沿いの道を走る。
大きな荷物を背負って。家政婦さんが渡してくれた150万円の入った巾着を持って。
俺がユリノテイオーと名付けたこの子を抱っこして。
「…おにいちゃ」
「……心配しないで。俺は君のお兄ちゃんだから」
そう言って笑いかける。
でも不安なんだ。
きっと君より不安なんだ。
身長を測った。体重を測った。
身長は85cmだった。
1歳児でもないのに。
体重は身長から見て、平均から約3kg軽い。
推定年齢から見て、身長は平均から約40cm小さい。
体重は約16kg軽い。
体にはきっと、未発達な臓器とか細い骨しかない。
仮に1歳児だったとしても、髪の毛が120cmなのはおかしい。
君が今までどんな苦痛を味わってきたのかは知らない。
でもきっと俺より辛かったんだ。
少なからず、俺は食事だけはまともに食ってきた。
でもこのこはちゃんとした食事を3ヶ月に1回。2ヶ月の間に腐った林檎を1個。
急ぐんだ。君の母さんと父さんにバレる前にさ。
やっとの愛を惜しむ暇は無い。
十分な生活を恋しむ暇は無い。
「はっ…はぁっ………」
ただこのこを護りたいの。
十分な生活で。
十分な愛情で。
「───悠?」
ほぼ毎日聞く声が聞こえる。
ほぼ毎日聞く、伊織の声。
「………どうしたんだよ〜、そんな大荷物持って」
「伊織…」
無理に、言った。
無理に、苦しそう。
「…どうしたんだよ。悠」
どうもしてないよ。
お前にバレずにここを離れたかったんだ。
バレたらお前は悲しむだろ。
「…ちょっと旅行」
「じゃあ、そのウマ娘は…?」
ユリノを見て言う。
ユリノは怖がっているみたい。
怖くて。
ずっと。
震えて──
「──さっき、道端で、うずくまってて。だ、だから…」
このこを、護ることも、
できない、気がして。
怖くて、辛くて、寒かった、思いでさえも、
忘れたいけど、
「……にぃ」
忘れちゃだめなの。
ね。
「い、1回、病院に連れていこうと」
そう言って、その場を立ち去る。
すぐに。
このこを抱いて。
東に。
「ステンス」
「───バケモンや」
そう言って酒を口に運ぶステンス。
「もとはトレセンに入れるつもりもなかったんやろ」
「………普通に家の近くの中学に行って、普通に受験して、普通に高校卒業して。俺が生計を立てて行けるような暮らしを作って、ずっとそばに居てくれればいいって思ってた」
ユリノが寮に帰った後で。近所の居酒屋。
ツマミを食べ生ビールを飲む。
ステンスは俺の倍飲んでいる。ジョッキ4杯。
「お前ユリノと結婚でもするとね?」
「………割と本気」
「やめなさって」
「でも、もしユリノに彼氏が出来たら?そしたら俺翌週には死んどるわ」
「わいのとーちゃんみたいやわ」
頼んだビールを一気に飲み干す。これで3杯飲んだ。
4杯目も頼む。枝豆を食べながら待つ。
「トレーナー、一番好きなウマ娘誰?」
「…ルイズルネサンス」
「あぁ、あの天皇賞ウマ娘………というか、菊花賞の枠番見たか?ユリノもでるやろ」
「見たよ」
ステンスはスマホを見せる。
これは……現時点の人気順か。1番人気はユリノ。2番人気は……
「ルネサンスゼロ。気ぃばつけた方がよかや」
「なんで?」
「見てみ」
ルネサンスゼロの前走。セントライト記念の時のネット記事。
そこには───
「トレーナー。はっきり言うとな、お前はわいのトレーニングプランを練っとっただけや。お前が担当したウマ娘ば確実に実力ば上がってる。勝ち続けてる。でも、その腕っぷし故に、周りを見てない。見ていなくても勝手に勝てると思っとる。このままじゃ、お前の可愛い可愛い妹は底辺に落ちるで。ただでさえレースん時以外頭が回らんアホなんに」
ステンスは記事の見出しを読み上げる。
「『ルネサンスゼロ、セントライト記念威圧し7バ身差圧勝。打倒ユリノテイオーへ視界良好』…な?」
「………!」
ジョッキを持つ手が止まった。
……今まで、こんな逸材を、ライバルを見落としていたのか。
何も、見ずに。
「お前はこの打開策をユリノに教えたれ」
ステンスはスマホをしまい、何事もなかったかのように酒を飲む。
俺はジョッキを持ち上げられなかった。
大歓声が鳴り止まぬ京都レース場にて。
今日は三冠最後の菊花賞。
────ユリノテイオーでなきゃ誰が勝つ!
────ユリノテイオーのためだけのクラシック
────菊花賞、ユリノが勝つ為の出来レース同然
ライター共はそう言うが。
皆目が節穴なのだ。
「──ルネサンス」
「………なんですかトレーナー」
自分より随分若い彼女は独特の威圧感を放つ。
普段のふわふわとした性格とは正反対な気配。
「理解っているよな」
「勿論」
さぁ───
「“帝王”の座から引きずり落として見せます」
革命が起こるぞ。
『ルネサンスゼロがターフに姿を現し最後は勿論このウマ娘。主役は遅れてやってくる!圧倒的1番人気、ユリノテイオーです!!』
歓声を一身に浴び恐縮する。でもそれより自信が勝つ。
『二冠ウマ娘はここでどのような衝撃を咲かすのか!そしてそのライバル達はどのような伝説を目にするのか!菊花賞、まもなく発走です!!』
そうだ。今日は僕一強。
みんな僕を見る。それ故に。
「………ルネサンスゼロ」
皆の野獣のような圧を背に受け、発走地点まで軽く走る。
掛かるな、落ち着け、この日は僕と兄さんの集大成ではないか。
どんなにどんなにキツくても、辛くても、僕を救い、支えてくれた兄さんと僕を元気づけてくれたコールのための日なんだ。
「…誰にも、譲らない」
袖で隠れた拳を、ギュッと握りしめた。
「おいおい、そんな緊張すんなって!」
「緊張してないよ。ただ…」
そう。緊張などしていないんだ。
ユリノが圧に動じないか、掛からないか、それだけを心配している。
伊織が背に当てた手は俺のスーツを掴んだ。
「………伊織の方が緊張してんじゃんか」
「んな事ねぇよ」
大歓声はウマ娘達を包み囃し立てる。
それは俺らも同じ。
俺も伊織も、スピカの皆もステンスも。
「……わいも念とやら送るかな」
「ちょっとステンス…」
……それもプレッシャーになるかもしれないのに。
ゴールドシップと念?を送るステンス。
それを見て笑う伊織。
もうチームメイトじゃないのに応援してくれるスピカのみんな。
豪勢な運命のファンファーレ。
凛とした音色を京都に響かせる。
『ウマ娘全員ゲートに収まりました。さぁ!歴史の1ページ、見届けましょう!!』
遠くからでも見える。ユリノの顔は───
『菊花賞……スタートしました!』
──酷く緊迫していた。
「………ルネサンスゼロ」
ユリノは引っ張られるようにスタートから飛び出した。
もしくは逃げるように。
『いいスタートを切りましたユリノテイオー!どこに付けるのか!内に入れるか、それともそのまま外を回るか!ルネサンスゼロの方が後方です』
ユリノは少し内に入った。位置は中断やや後ろ。
ルネサンスゼロは最後方。
「まとめて威圧するつもりばい。そいで…」
「………ただ体力を消耗させる」
ゲートを過ぎ位置取り争いも終わろうとしてきた。
ユリノは10、11番手。
ルネサンスゼロは最後方。
『───まずは1周目、向正面。フルーツフォトン逃げまして、そのすぐ後ろにロックシールド。3番手にはガンビール、4番手マダムパニック、並んでジャパンスタジオ。更にはチートコード、ノノンジョーダン、8番手にペリンサユナーサ、そしてここにいた!ユリノテイオー!ユリノテイオーの前にはオーラスグレート、後ろにノーツヤサ、アランフルウォー。シアトルナナも外を周り、ノノンキク、スイレンカ、ゴートル後方集団、そしてタケシブチョウ、最後方に2番人気ルネサンスゼロ。正面スタンド前入っていきます』
このまま、体力を消耗しすぎなければ勝てる位置。
消耗しすぎなければ……。
『陽に照らされた京都レース場。無敗の二冠ウマ娘、ユリノテイオー。その美しい白髪を靡かせ、兄である漆瀬トレーナーを横目に過ぎていきます』
「悠のこと言ってんぞ」
「うるさい…」
そうからかってくる伊織も緊張して、額に少し汗をかいている。
ステンスは真剣にバ群を見つめている。
『大歓声があがります!』
「落ち着けユリノ!!」
大きな声でステンスが言う。
『さぁ未だルネサンスゼロ最後方。皆、目線の先には純白の帝王。ですが帝王の目には…何が見えているのか。2週目の向正面入っていきます。順位を確認して行きましょう』
ユリノが、純白の帝王が、表情を少し落ち着かせ、廻る。向正面に。
12年前。僕がまだ5歳のころ。
昔の狭くて寒い部屋。
親はいない。
面識があるのは、毎日僕を痛めつける女とたまに僕の世話をしてくれる“かせいふさん”とやら。
それに遠くに見えた僕より年上の男の子。
食事は“かせいふさん”が作ってくれる。
“かせいふさん”はよく“おむらいす”を作ってくれる。
風呂は“かせいふさん”が入れてくれる。
入ったあとはかわいい洋服を着せてくれるんだ。
女がいない時に。
女は漆瀬さんと呼ばれていた。昔はよく分からなかったけど、苗字だ。女の苗字。
女は男の子の、兄さんのお母さんで、多分僕のお母さんだ。
…じゃあ、お父さんはどこだっけ。
女は僕を殴るんだ。鼻血が出るまで、前が見えないぐらいに瞼が腫れるまで。四肢はだいたい骨が折れている。左耳の半分はちぎれてる。
それでも病院には連れていかない。
僕は痛いと言わない。だって喋れない。
僕は苦しまないし痛くもない。でも寒いんだ。
でも、ドーナツを食べた日。
兄さんは、兄さんの目はすごく優しくて、
兄さんの手はすごく暖かかった。
『……君の名前が知りたいな』
名前が無い僕に、兄さんはそう聞いた。
『名前…ないの?それじゃ──』
兄さんがいなければ僕は、虐待の末に死んでいた。
でも、まだ。
今になってもまだ、
恩返し、できてないんだ。
掛かれ掛かれ、掛かってしまえ。
私は反逆者だ。帝王。
『向正面に入りました!先頭はフルーツフォトン下がり気味か。先頭ロックシールド。2番手にマダムパニック、3番手フルーツフォトン。4、5番手にチートコード、ペリンサユナーサ。ユリノテイオーは位置をあげてきた!現在6番手。内にガンビール、そしてノノンジョーダン。そして───』
お前は決してフロックではなかろうが。
私はお前の足元にも及ばぬ未熟者。だが───
『───ルネサンスゼロは未だ後ろ!』
──キッと睨んでも変わりやしない。
なぁ帝王。
お前は、お前は何故。
今此処には、お前を見る者しかいない。
仕掛けるな、仕掛けるな帝王。
坂の下り。
何故、何故だ。何故お前は……!
……わたしに背中さえも
見せてくれないの?
ユリノちゃん。
「………あぁ……」
ねぇお母さん。
もう死んじゃってても、もう一緒に話せなくても、もうお母さんの作ったハンバーグが食べられなくても。
私は、お母さんみたいに、
『ユリノテイオー仕掛けた!坂の下り!!2番人気ルネサンスゼロは後ろから!まだ溜めている、ルネサンスゼロ!!』
夕日は僕を照らす。決して眩しくないんだ。
すごく綺麗で儚いんだ。
苦しくなくても、苦しかったんだ。
痛くなくても、痛かったんだ。
優しくされて。
嬉しくなくても、楽じゃなくても、
あったかいんだ。
ずーっと殴られて、ずーっと蹴られて。
こんな僕に感性なんかなくなったと思って。
でも変わらないんだ。
毎日死なない程度に殴られて、蹴られて。
骨を折られて、耳をちぎられて。
吐き出すような暴力と
蔑んだ目の毎日。
髪は僕の身長より伸びて鬱陶しいし。
腕には蜘蛛の巣が絡まってベタベタするし。
瞼が腫れて前が見えないし。
やせ細った足は、案外簡単に折れるんだ。
『足が曲がっています』
『たとえ20kgでも体にかかる負担は大きいです。骨が弱すぎます』
『このまま走り続けると言うならば、いつかユリノテイオーさんは歩くことすら難しくなります』
『それでも走ると言うんですか、漆瀬さん』
そんな医者の言葉を知らんぷりして、僕を走らせてくれた。
歩けなくなってもいい。
死んでもいい。
『───第4コーナー過ぎる!!純白の帝王が上がってくる!!』
僕の名前を、轟かせるんだ。
君がくれた、名前を。
『直線コースに向いた!!!』
恩返し、したいんだ。
─パキッ……。
『名前…ないの?それじゃ──』
まだ幼い兄さんは。
『───君の名前はユリノテイオー』
そう言って、
『僕の大切な妹だよ』
僕に名前をくれた。
見ててよ
兄さん。
これが僕にできる
最大限の
──────パリイィィィン!!
『さぁユリノテイオー!!このまま独走になるのかユリノテイオー!!!』
「ははっ……!」
ちぎれた耳から聞こえる大歓声。
鮮やかなターフを包むは
赤と青の炎。
疲れなんて感じない。
楽しい。楽しい楽しい。
無邪気な炎は、僕を、今までの僕を殺したんだ。
『ルネサンスゼロ届かない!ルネサンスゼロ届かない!』
僕の口角が上がった。
自然に。
楽しいんだ。
『ユリノテイオー先頭!ユリノテイオー先頭だ!!』
楽しく思える。
笑える。
僕が。
こんな僕が。
こんな僕に感性なんかなくなったと思った。
でも、まだ少し残ってたんだ。
『ユリノテイオー無敗の三冠達成!!!』
『ねぇお母さん、今日のお夕飯はなぁに?』
ちっちゃいウマ娘。
『今日はハンバーグよ』
それとその子のお母さん。
『ほんと!?』
嬉しそうに言う。
『ルネちゃん今日はレースで1着だったもの』
ねぇお母さん。
なんでいなくなっちゃったの?
『わたし、お母さんの作るハンバーグだいすき!』
なんで首なんか吊ったの?
ルイズルネサンス。
わたしの、お母さん。
コメント
5件
こちらのアカウントで続きを出すと思います(サブです)
なぜ別垢で見たら白の花の花言葉がなくなってるんだ…?
今回も良かったし、ユリノも三冠達成!! 完結した紅き跳ね馬の菊花賞治さないとw