突如、蝶屋敷に併設されている道場に連れてこられた炭治郎は困惑していた。
「そこに座ってくれ」
炭治郎がその場に正座したのを確認すると、久遠院は無言のまま竹刀を取りに物置きへと歩いていった。
(なんだろう急に……胡蝶さんには見取り稽古って言ってたけど、まさか俺を叱責するためにここに来たんじゃ……?)
炭治郎は柱合裁判の時の不死川と伊黒を思い出し身震いする。
(いや、でもこの人の匂いから怒ってるとかそういう感情は感じられない……というか、この人の内側の匂いがしない……気配さえ感じさせないような……)
目を閉じて嗅覚を尖らせながら思考を巡らせる。
(まるで……そうだ、植物に似てる! 父さんと同じだ……父さんも、内側から匂いがしなかった……けど、この感覚……もっと別のところで――)
「どうした」
そこまで考えたところで、竹刀を手に戻ってきた久遠院に声をかけられて我に帰った。
「大丈夫か?」
余程険しい顔をしていたのか、気にかけるような表情の久遠院を見て炭治郎は慌てて姿勢を正す。
「す、すみません!」
「いや、いい」
「それで、えっと……なんで俺をここに?」
恐る恐る問いかけると、久遠院は表情をわずかに緩めて答える。
「そう固くなるな。少しだけ俺の動きを見ていてくれ」
首を傾げる炭治郎とそこから距離を取り竹刀を構える久遠院――
を、道場の床付近にある換気口から覗き見ている善逸と胡蝶は小声で会話していた。
「にしても炭治郎って久遠院さんと何か接点あるんすか?」
「いえ……禰󠄀豆子さんの件で柱合裁判に呼ばれた時くらいしか顔を合わせていない筈ですし……」
うーん、と難しそうな顔をする胡蝶。地面に寝そべっている善逸は頬杖をついて考え込む。
「そういえば胡蝶さん、なんか2人に共通することって知ってます?それが手がかりになるかも」
「……あ! そういえば柱合会議の終了後に、黒刀が何か強さと関係しているんじゃないかという話題がありまして……炭治郎君と同じく、久遠院様は黒刀の剣士なんです」
「え、けど黒刀の剣士って出世しないとかって言われてません?」
「ええ……久遠院様は本来、雷の呼吸の適正はありません。けど、柱になった……そして短期間で下弦を2体討伐している……。ちなみに歴代の黒刀の隊士達は皆、十二鬼月やそれに近いような鬼に敗れてきたそうです。黒刀には鬼を近づけるような何かが、あるのかもしれませんね」
真剣な眼差しの胡蝶の瞳に映るのは、竹刀を構え精神を落ち着かせるように目を閉じた久遠院の姿だった。
「……そろそろ始まるみたいですよ」
そして、道場の中にいる炭治郎も久遠院の様子を注視していた。すると道場の突如、道場の静寂を裂くようにゴオオオオオ……と炎が燃えるような音が響き渡る。
(!? 何だこの音! あれは久遠院さんの呼吸音……!?)
2人が息を呑む。
「水でも雷でもありませんね……なんなんでしょうかあの呼吸音は。聞いたことがありません」
善逸と胡蝶が混乱する中、炭治郎は目を見開いた。
「まさかそれって……!!」
「……行くぞ」
そう言うと久遠院は軽く一歩踏み出すと腕を振り下ろし、円を描くように竹刀を振るう。すると――
刹那。その一振りはまるで太陽が昇るかのような、日輪の如く白い炎を纏った。
「……円舞……!」
次に、腰を回して床に対して垂直方向への斬撃。
「碧羅の天……」
素早く体勢を立て直し、左右に2連撃。そして前方方向に振りかざし、赫灼の炎が広範囲を薙ぎ払う。
「烈日紅鏡……灼骨炎陽……」
炭治郎は技名を呟く。
竹刀を右手で握り、左の掌で素早く押し込むように刺突。片手で握った状態のまま頭上で小さな円を描くようにステップを踏みながら四方に斬撃を飛ばす。
「陽華突……日暈の龍頭舞い……」
久遠院は高く跳躍し頭と胴を入れ替えた逆さまの状態から水平に刀をぐるりと一周振るう。そしてその体勢のまま両手で竹刀を握り斬撃。それは竹刀の長さが一瞬で伸びたようにぼやけ、陽炎のように揺らいだ。そして体を縮めて着地すると一気に踏み込み、前方へ体を渦巻くように突進する。
「斜陽転身、飛輪陽炎……輝輝恩光……」
道場の外でそれを見ていた2人は、言葉を失っていた。今まで見たこともない、豪華絢爛なる焔を纏う久遠院のその御技に目を奪われている。それはただ美しいだけでなく、畏怖すら感じさせる神々しさを帯びていた。
「綺麗……ですね……」
「全てを焼き尽くす太陽みたいだ……」
「それにあの動き……並の柱でも到底真似できないような……身体能力を著しく上げるような、全集中の呼吸とは違う呼吸法なのかもしれません……」
胡蝶は固唾を呑む。
「あの人一体何者なんだよ……!」
目の前で見ている炭治郎は、久遠院のその姿に父親・竈門炭十郎を重ね合わせていた。
(繋ぎ方は違うけど、技一つ一つの動きが同じだ……父さんの舞と……!)
久遠院は再び飛び上がり体ごと垂直に回転させ、また斬撃を出す。滞空したまま高速で体を捻り回転させ、撹乱させるように炎を体に纏う。
「火車、幻日虹……」
そして刀を振り下ろし、勢いのまま着地した後素早く体勢を立て直しながら素早く振り上げる高速の2連撃。そして最初の型と同じく前方へ竹刀を振り下ろす。
「演舞、円舞……!!」
ぱ、と纏っていた炎を振り払うようにひと薙ぎして呼吸を元に戻し、その舞を息も忘れて見入っていた炭治郎に問うた。
「……君が言っているヒノカミ神楽とやらは、これの事か」
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