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シャーリィ達が帝都を脱出して二日が経過した。既に海路から脱出したレンゲン公爵家以下西部閥の貴族達は無事にシェルドハーフェンへ到着。到着したのは深夜だったが、直ぐ様暁が手配した護衛に囲まれて密かに黄昏へと向かいようやく一息吐けた。貴族達は新たに建設された黄昏の高級ホテルへ宿泊し、レンゲン母娘とヴィーラは領主の館で疲れを癒すことになった。その場でヴィーラは暁の幹部と顔を会わせることになる。
「まさかお嬢のお袋さんが生きているとはなぁ。あんたの武勇伝は裏社会でも有名だ。俺はベルモンド、お嬢の護衛をやらせて貰っているが、最近は留守を任されることばっかりだ」
真夜中だったこともあり、ヴィーラと最初に対面したのはベルモンドである。
「娘が長いこと世話になったわね。ヴィーラ=アーキハクトよ。ああ、先に言うけど堅苦しいのは嫌いだからそのままでお願い」
椅子に座ったヴィーラも気安げに言葉を返した。
「それは良かった。お世辞にも礼儀正しい奴なんてほとんど居ないからな。で、あんたの足なんだが」
ベルモンドはモップの柄を取り付けただけの足を見る。
「その辺にあったモップよ」
「また豪快だな。とは言え、あんたはお嬢のお袋さんだ。そのままって訳にもいかねぇし、ドワーフの旦那達に依頼しておくよ」
「あら、ドワーフも居るの?」
「お嬢に差別なんて考えは無いのさ。自分にとって有用か否か、それだけだからな」
「あの娘らしいわね」
何処か嬉しそうに頬を緩めるヴィーラ。
「それで、何から話せば良いか」
「ある程度は船でカナリアやセレスティン、エーリカから聞いているわよ。あの娘達が生きていること、シェルドハーフェンで独自の勢力を作り上げていることもね」
「ああ、二人はアーキハクト伯爵家の人間だったな。それなら粗方話は聞いているか」
「まあ、町を作り上げるくらいの勢力を作り上げたのは予想外だったわ。細々と生きているくらいには思っていたのだけれど」
「残念ながらお嬢に細々とした人生なんて似合わないさ。本人は復讐のためにここまで来たんだ。今更止まらねぇだろうな」
「穏便な生活を送らせる選択肢は無かったのかしら?」
「あるにはあったが、本人が拒否してそれで終わりさ。復讐を果たすまでは平穏な生活を送るつもりは無いみたいだ」
ベルモンドの言葉を聞き、ヴィーラは深々とため息を吐いた。相手は自分の娘なのだ。ある程度は覚悟していたが。
「頑固なところは変わらないわね」
「それは間違いないな。あんたはお嬢のお袋さん、うちでは特上のVIPだ。このままお嬢が帰るまでは大人しくしていて欲しいが」
「義足を作ってくれるんでしょう?町を見て回っても構わないかしら?」
黄昏には色んな人間が集まっており、四肢が足りない人間など珍しくはない。ヴィーラが悪目立ちすることは無いだろう。
「護衛は付けるぞ。あんたが生きていたのに黄昏で死なせたなんて話になったら俺達はお嬢に死んで詫びなきゃならなくなるんでな」
「そこまで言うならお願いするわ。それと、義足が出来るまでは車イスを使わせて頂戴」
「分かってる。直ぐに手配するさ」
翌日、ヴィーラは用意された車イスに座り黄昏の散策に出掛けた。
「なによ、貴方が護衛なの?」
「まあな、俺も暇してるんだ。話し相手としちゃ悪くないぜ」
結局ベルモンドが護衛として付き、二人で黄昏の町を散策することになった。朝の冷え込みはあったか町は寒さを忘れさせるほど活気に満ちていた。黄昏商会本店を中心に様々な店が軒を連ね、朝から賑やかな喧騒に包まれている。数多の馬車が大量の物資を品物を運び込み、また出荷していく。道は広く石畳で整備され、大勢の人々が行き交っていた。
「身なりが良いわね、富裕層かしら?」
人々が厚手の暖かそうな服を着ているのを見たヴィーラが、富裕層のエリアだと勘違いをしたのも無理はない。ロザリア帝国庶民の防寒対策は貧相なものだからだ。
「いいや、ここを歩いてる奴の大半は一般市民だよ」
「は?あんな厚手の服を着ているのに?」
「まあ驚くよな。だがな、嘘じゃないぜ。お嬢は気前が良くてな、給金も帝国の平均を軽く越えるんだ。綿花や羊毛も山ほど生産しているし、なにより服もエーリカ達が仕立てているからな。他所から買うより遥かに安い」
拡大し続ける黄昏は農園の存在もあり、ほぼ完全な自給自足体制を確立している。これは必要な物資を外部に頼ることを極力避けたいシャーリィの方針であったが、同時に自給自足のため輸送費などを節約できて価格を下げることに繋がった。
ここにシャーリィの気前の良さからくる給金の高さが重なり、黄昏の住人達は帝国の平均から見てもかなり裕福な生活水準を維持していた。
「ここの住民はどこから?」
「大半は流れ者だな。シェルドハーフェンじゃ珍しくもない。それと奴隷も大量に買い入れている」
「奴隷?それにしては印がないわね」
帝国では奴隷身分を一目で見分けるために、奴隷の首には黒い首輪が巻かれている。だが、黄昏にそのような人物は見当たらない。
「お嬢の方針でな、衣食住を保証しつつ給金まで払っている。お嬢曰く、虐げて強要するよりも分かりやすい対価がある方がやる気も上がるし効率も上がります。だそうだ」
「常識に囚われないあの子らしさは変わらないみたいね」
道行く人々には笑顔と活気があり、そして子供達が寒さに負けないよう走り回っている。帝国ではほとんど見られない光景にヴィーラも目を細めた。
「あの娘の事だから、急に博愛精神に目覚めた訳じゃないでしょう?」
「そりゃそうだ。俺達はこれまで山ほど殺しをやったからな。この町は、お嬢が効率を追求した結果だよ。一から作り上げたから、煩わしい伝統やら決まりもない。お嬢がやりたいようにやった結果だ。まあなんだ、話を聞く限り帝都よりは豊かかもな」
「それは間違いないわ。それに、あの大樹」
「ん?」
「|世界樹《ユグドラシル》まで支配下に置く。我が娘ながら規格外だわ」
「なんだ、あれ世界樹って名前なのか。お嬢に教えてやらねぇとな」
「知らずに育てたの!?」
「ああ、知らんな」
「あっはっはっはっ!」
ヴィーラは笑いを堪えることが出来なかった。願いを叶える代わりに命を啜る悪魔の木。そんな代物を気にせず育て、更に制御下に置くなど前代未聞なのだ。
「そこで笑える辺り、貴女がシャーリィの母親であることは間違い無さそうですね」
「おう、シスター」
そんな彼女の前に現れたのは、九歳から今までシャーリィを育てたカテリナである。産みの親と育ての親。二人の邂逅はここに果たされたのである。