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「はぁ?」
口説き文句のような言い草に、奏は若干顔を引き攣らせながら素っ頓狂な声を上げてしまった。
それにしても、と奏は思う。
親友の結婚式と披露宴に出席し、二人の男性に声を掛けられた。
こんな事、奏の二十六年の人生で初めての事だ。
一人は奈美の上司でもあり豪の中学時代の友人、体育会系イケメンの谷岡。
もう一人は、目の前にいる豪の高校時代の友人、俳優系イケメン声優系イケボの怜。
谷岡からは既に名刺を頂き、メッセージアプリのIDまで教え合っている。
(っていうか、二人とも顔面偏差値が高いじゃん。それに、奈美の旦那さんの友達、思い返すとイケメンばっかりだったな……)
一日に二人の男性に声を掛けられるなんて、今が私の人生最大のモテ期か? と奏は勘違いしそうになってしまう。
思考の迷宮を彷徨っている奏を、怜の声で引き上げられる。
「このまま外にいても寒いだけだし、場所を移動した方が良いと思う。で、返事は?」
「返事……?」
「そう。さっき、俺が君と話をしたいって言っただろ?」
いきなり砕けた口調に変わった怜に、奏は警戒心を露わにして、更につっけんどんな言い方で嫌味混じりに答えた。
「つい数分前に初めて話したのに、突然馴れ馴れしくなるんですね。私、男女問わず初対面で馴れ馴れしい人、苦手なんです。それに、葉山さんと話すって、一体何を話す事があるんですか? あなたはイケメンですし、こうやって誘えば女はすぐに誘いに乗るとでも?」
奏の放った言葉に、怜はハッとして落ち込んだような面持ちに変わった。
「あっ……すまない…………申し訳ない……」
声の張りに勢いが無くなり、怜の表情を見た奏も相当言い過ぎたと感じ、慌てて謝罪する。
「すみません、私こそ初対面の方に対して大変失礼な言い方になってしまって、申し訳ございません。私、帰りますね。お疲れ様でした」
奏は、そう言葉を残してベンチから立ち上がると深々と一礼し、怜を置き去りにしたまま、足早にモノレールの駅へと向かって行った。
奏は前を見据えたまま、ひたすら歩き続けていると、スマホからメッセージ受信の音が鳴っているのに気付いた。
立ち止まり、スマホを確認すると、奈美の上司でもある谷岡からだった。
「マジですか……」
そう独り言ちてスマホを操作し、奏はメッセージの内容を確認する。
『今日は挙式後と披露宴の歓談時に、ほんの少しではありますが、お話できて良かったです。音羽さんが二次会に参加すると思っていたので、もっと色々お話したかったのですが、不参加だったのが残念です。来週の土曜日、お時間ありますか? 音羽さんの都合が良かったら、食事に行きませんか? 返事、お待ちしています。 谷岡純』
(この谷岡さんって人も、誘えば女はすぐに応じると思ってるのかな。いや……思ってるんだろうな……)
ひと通りメッセージを読んた後、アプリを閉じてスマホをバッグにしまい込み、再び歩き出した。
奏の心の奥底に封印していた恋の苦い思い出が、今朝と同様に沸々と湧き上がっていくのを感じた。
パンドラの箱の蓋が、ガタガタと音を激しく立てながら開いてしまいそうな、そんな感覚。
奏は、心の中で暴れている蓋が開かないように、唇を強く噛み締める。
先ほどまで勢い良かった歩調が徐々にスピードが遅くなり、ついに立ち止まってしまった。
胸の奥が苦しくなり、呼吸も荒くなる。胸元に手を当て、息を整えようと試みるが、うまく呼吸できない。
目力が強いと言われる瞳をカッと見開き、顔が苦痛で歪む。
「男なんて…………男なんて所詮——」
言いながらしゃがみ込む寸前で、背中にふわりと暖かい何かが奏を包み込んだ。