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(確かに彼女の言う通り、初対面から数分後に馴れ馴れしい口調で話したのは……失敗だったな……)


怜は、フゥっとため息を漏らし、ベンチに腰掛けたまま項垂うなだれ、膝の上で肘を突いて両手で頭を抱えていた。


(急に馴れ馴れしくした事、ちゃんと謝らないとならないな……)


特定の女と話がしたい、なんて思うのは、怜にとって初めての事だった。


女に不自由する事は無かったが、一人の女としっかり向き合うタイプだと、怜は自負している。


二股掛けた事も無いし、ワンナイトラブの経験も無い。


もちろん、セフレもいた事が無い。


過去に恋人だった女は数人ほどいるが、どの女も恋人期間中がそれなりに長かった、というのもある。


それに、気になる事もある。彼女、音羽奏の人を……というよりも男を寄せ付けない雰囲気。


大概の女たちは怜と話すと、媚を売る女ばかりだったが、あんなに冷たく対応してくる女に会うのも、彼にとって奏が初めてだった。


——俺はただ……彼女と話がしたい。今行けば、会えるかもしれない。


そんな一縷の望みを掛け、怜は走り出し、まだ遠くへ行っていないだろう奏を追い掛けた。




奏は恐らく、モノレールの駅に向かっただろうと予想し、怜は走り続ける。


彼は追いかけているうちに、奏とどこで会ったのかを少しずつ思い出してきた。


(彼女……俺がいつだか日野のハヤマ特約店へ楽譜の在庫確認と補充で行った時にいた女性だ……。受付の人が『音羽先生』って呼んでたから、恐らく彼女はHP認定講師の人だろう……)


——ならば尚更、彼女に会いたい。一瞬目が合った時、あの目力のある黒い瞳が、俺を魅了したんだ。


奏への想いが怜を突き動かし、なりふり構わず彼女を追いかけ続ける。


あと少しでモノレールの駅に着くというところで、奏らしき女性が立ち止まっているのが見えた。


今日の彼女は髪を夜会巻きにして、ボルドーのワンピース、シルバーのストールを羽織っていたのを覚えている。


間違いない。あの後ろ姿は彼女だ。


(ああ……よかった。追いついた……)


怜は徐々に歩調を緩め、奏に近付いて行くが、彼女の様子が背後から見てもおかしい事に気付いた。




真っ直ぐに立っていた彼女が、次第に前のめりの体勢になっていく。


何か嫌な事を思い出したのだろうか。彼女との距離があと数メートルというところで、奏が誰に言う訳でもなく、言葉を放った。


「男なんて…………男なんて所詮——」


そう言った後、奏の身体が地面に崩れ落ちていきそうになる。


「危ない!」


怜は荷物を放って咄嗟に駆け寄り、腕を伸ばして彼女の身体を後ろから支えた。


瞳を丸くさせ、アスファルトの一点を凝視しながら、胸元に手を添えて呼吸を荒げている奏は、数時間ほど前に、結婚披露宴で華麗なピアノの演奏を披露した人物とは思えない。


「おい! 大丈夫か!?」


「……っ!!」


奏は、身体をフラつかせながら立ち上がり、歩こうとするが、脚が縺れて前へ転びそうになると、怜は素早く回り込み、彼女の身体を抱き留めた。


「はっ……離して下さい! 離して……!」


怜の腕の中で抵抗して身を捩らせる彼女を、彼はしっかりと抱きしめる。


「嫌だ! 触らないで! 離して! 離してってば……!!」


奏はまだ怜の腕から逃れようと顔を歪めさせながら、強い腕の中で、もがき続けている。


「身体がこんなにフラフラした状態で、離せるワケないだろっ!」


怜は若干強めの口調でそう言った後、更に腕の力を込める。


彼の言葉に観念したのか、奏は息を弾ませたまま強張っていた身体を脱力し、大人しく彼に支えられていた。


包み込まれている体温の温もりに、奏は不思議と落ち着きを取り戻していき、寧ろ、心地良さすら感じている。


怜は、彼女が落ち着くまで、抱きしめる腕を解く事は無かった。

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