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「今日から正式にうちに配属になった吉川さん」
フロア奥にある支店長のデスク前に立つほのり。そのまわりをぐるりと数名が円を書くように立つ。
自己紹介だとか挨拶だとか、こんなふうに注目を集める瞬間は昔からどうにも好きになれない。
けれど、そんなことを言っていては生きていけないので。いつの間にかそつなくこなすようになっていた。
「吉川ほのりです、関東支店から来ました。未経験の営業職ですのでご迷惑をお掛けするかと思いますがよろしくお願いいたします」
定型文な挨拶と、軽いお辞儀の後に隣を見る。
ニコリとも笑わず立っているのは、ここ関西支店の支店長である中田だ。
カクっとした長方形の縁なしメガネ、ほんのり白髪交じりの黒髪は少しだけ長くて、前髪はセンターで無造作に分けられている。線が細く身長はほのりよりも少しだけ低いかもしれない。
そして、どこか冷たそうな印象。
これまでの上司が明るく気さくな人だっただけに少し戸惑う。 どんなふうに関わるのが正解なのかを考えなくては。
――中田は、支店となるまでの小さな営業所時代からここ大阪に勤務しているのだという。
地域採用ではないため本来であれば関東支店や本社でも勤務してからの支店長昇格になるのだろうが、こちらでのユーザーはほとんどが彼が開拓したのだそうで。
関東に勤務していたのは研修時のみ、後はずっと、大阪勤めなのだとか。
ここ関西支店が現在の名称に変更されたのは三年ほど前だ。
それまでは関西の拠点として小さく営業所だけを構え、関東から渋々出張に出向き、この中田支店長と仕事をしていた……のが、つい最近まで私の同期だった。
今では現地採用や関東からの転勤組、あとは時短勤務のパートを加え、十数名の社員が在籍しているらしい。
「吉川さんはずっと事務員だったけど、ここでは営業として配属されるから。まずは木下と組んで動いて」
「はい、わかりました……」
(って、ええ!? き、木下くん!?)
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