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快晴の空に昇った太陽は俺にはまだ少し眩しすぎた。
予鈴が鳴り、朝のホームルームの始まりをつげる。教室に入れば、がやがやとしていた生徒たちは席に着き姿勢を整えた。教師が入ってくると教室の雰囲気はがらりと変わる。この空気感は教師になっても好かないものだった。
生徒に渡す日誌、そして、出席名簿をもって教卓に立つ。過去の自分が教師になっていると知ったら驚いて何も言えなくなるだろう。
ざっと教室を見渡して、欠席がいないことを確認し、声をかける。
「よーし、今日も一日皆で頑張っていくぞ。日直、挨拶」
だが、俺一人の力では教卓に今頃立っていなかっただろう。
それなりの努力と、覚悟をもって教師になろうと決めた。そう俺が覚悟を決めるまで、いろんなことがあった。辛いことも厳しい現実に打ちのめされることも。だが、ここまでやってこれたのは数少ない友人の後押しがあったからだ。
「起立」
日直の号令で、一斉にガタンと後ろに押し出される椅子。ズボンやスカートの線に沿って指先を伸ばし、深くもなく浅くもない角度で挨拶をする生徒達。動きがそろっているというのは、とても気持ちがいい。俺の高校時代はこうじゃなかった、と自分の過去を振り返る。
「おはようございます」
そうして、気持ちのいい挨拶とともに一日が始まるのだ。
「あずみんせんせー、今日こそうちらとタピオカのみに行こーよー」
ホームルームが終わると、先ほどの静かさとは真逆にまたがやがや、わいわいと教室はにぎわい始める。日直に日誌を持っていくと、数名の女子生徒のグループに引き留められた。
「何度も言わせるな。俺は甘いものが苦手なんだ。それにあずみん先生はやめろ」
女子生徒たちは、けらけらと笑いながら俺に話しかけてくる。この高校生独特のノリはいつになっても慣れない。もともと人と話すことが苦手だったこともあり、軽いノリで話しかけられると体が硬直してしまう。まあ、教師になってからそれはだいぶん解消されたが。
「ノリ悪~い。後、先生たばこ臭い」
「俺の娯楽の一つだ。お前らだって香水臭いぞ。周りの迷惑になる強いにおいはやめるんだな」
教師と生徒の距離感はクラスによって、人によってさまざまだが、俺のクラスの生徒、俺を知っている生徒は俺のことを親しみを込めて「あずみん」と呼ぶ。それぐらい生徒との距離が近いということなのだろうが、この呼び方にも慣れない。
この呼び方は、俺の友人だけに許した呼び方だからだ。
俺は、女子生徒の言葉を受け流しながら、ふと窓の外を見た。
青い空が広がり、悠々と流れていく雲を見つめる。快晴の空も、雲が漂う空も好きだ。それが、青空であればなおさら。
(あの時――――)
ふと過去の記憶がよみがえる。
空は汚い灰色で、世界がモノクロに見えていた過去、俺を導いてくれた光に出会ってその考え方も見え方も180度変わった。彼奴に出会っていなかったら、きっと今の「教師」の自分はいないだろう血を血で洗うような、そんな泥の中を生きていた俺を引っ張り上げてくれた存在に、その交友関係が今もなお続いている。
『俺様と一緒に来い、あずみん!』
瞼を閉じれは脳裏に蘇る、友人、空澄囮《あすみおとり》の顔。彼奴の笑顔は何に変えても守りたくて、それでいて俺に勇気を与えてくれる。
(お前が手を引いてくれたから、今の俺は――――)
キーンコーンカーンコーンと鳴るチャイム。
過去に浸っているうちに、一限のチャイムが鳴った。楽しそうにおしゃべりをしていた生徒は自分の席に戻っていく。日直に日誌を渡し全員が席に着いたのを確認する。
「先生授業始めて下さいよー」
「ああ、そうだな」
生徒に急かされ教卓へと戻る。一限目の準備をしてきて正解だったなと、現代文の教科書を開く。今日もまた、一日が始まる。平凡で平和な一日が。
そして、俺、鈴ケ嶺梓弓《すずがみねあずゆみ》は空澄囮に出会って人生が幸せだって思えるようになった。この平和も彼奴がいたから選べた一つの道である。
「それじゃあ、授業を始めるぞ」
これはそんな俺が、教師になるまでの物語だ。