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#独占欲
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佐竹の後ろ姿を眺めながら、私は小さくため息をついた。口調は穏やかだったが、私を見る彼女の目には悔しそうな色がにじんでいた。今の件で、また私への風当たりが強くならなければいいのだが、と憂鬱な気分になった。
「川口さん」
矢嶋に声をかけられて私は我に返った。
「局長にも挨拶して行きましょうか」
「は、はい」
私は頷き、彼の後を追うようにして中沢の席へと向かった。
「お疲れ様です、中沢局長。川口さんにお願いしたい作業が少々ありまして、彼女をお借りします」
「やぁ、矢嶋君。川口さんに頼みたい作業って、例のラジオ絡み?」
「はい」
「川口さん、うちの方の仕事は?」
「今日の分は終わりました」
「そう、それならいいけど……。彼女はうちでお願いしてるスタッフなんだからね。矢嶋君、川口さんをこき使わないように頼むよ。それにもう、今日はだいぶ残業したみたいだしね」
「もちろん。心得ています。少しだけですので。それで、その後はそのまま帰宅してもらっても構いませんよね?」
「あぁ、そうして。川口さん、矢嶋君の手伝いが終わり次第帰宅でいいからね。お疲れ様でした。また来週頼んだよ」
「お疲れ様でした」
「それじゃあ、川口さん、行きましょう」
「はい。あ、その前に」
私は自分の席に戻り、急いで机の上を片付けた。佐竹の視線を感じながら、まだ残業中の周りにそそくさと頭を下げ、先に廊下に出ていた矢嶋の元へ急いで向かった。
ドアを開けてすぐの所で矢嶋は私を待っていた。周りに誰もいないことを確かめてから、彼は普段使いの口調で言う。
「荷物、持ってこいよ」
矢嶋の手伝いを終えた後、そのまま帰ることができるようにとの配慮だろうと解釈した。それならばと、急いでロッカーに向かい、荷物をまとめる。それらを手にして戻って来た私を見て、彼はにっと笑う。
「よし、行こうか」
「はい」
私は素直に頷いた。いったいどんな手伝いが待っているのだろうと考えながら、無言で先を行く彼の後に続く。しかし、途中で疑問が生まれた。彼の足は通用口に向かっている。
「あの、矢嶋さん。何かお手伝いすることがあるんですよね?」
「ん?まぁな」
彼は足を止めることなく肩越しにちらりと私を振り返り、短く曖昧に答えた。
「このまま行くと、会社、出ちゃいますけど。そのお手伝いって、外でなんですか?」
「まぁ、そうだな」
私はますます怪訝に思い、彼を引き留めようとする。
「矢嶋さん、ちょっと待って下さい」
しかし彼はやっぱり足を止めず、通用口に真っすぐ向かう。
「とにかく行くぞ」
すっきりしない気分のまま、私は彼の後に続いて通用口から外に出た。寒いと思うとほぼ同時に、体中に悪寒が走り、足元がふらついた。
「おいっ、大丈夫か」
矢嶋が驚いた声を上げて、慌てた様子で私の体を支えた。
彼の顎が額際に当たる。
「す、すみません。大丈夫です」
慌てて離れようとする私を矢嶋の手が止めた。
「矢嶋さん、近すぎます……」
私は彼から離れようとして、両腕に力を入れた。しかし不意にめまいが起きる。おかげで、自分の意に反して、私は彼の胸にもたれかかってしまった。
矢嶋が私の首筋に触れた。
「っ……」
「お前、やっぱり熱があるじゃないか」
「……熱?」
「番組が終わってマスタールームに行った時、お前の顔、ちょっと赤いなって思ってたんだよ。大丈夫か」
「だからかぁ。さっき作業している時、なんだか熱いなぁ、って思ったんですけど、暖房が効きすぎてるせいかと思ってました。そっかぁ、午前中から熱があったのかぁ」
「あのなぁ……。見に行って良かったよ」
矢嶋の口から呆れたようなため息がこぼれた。
「俺んち、ここからすぐなんだよ。行くぞ」
「行くって、どこに?」
「俺の部屋」
「えっ!ど、どうして」
「だってお前、一人暮らしだろう?このまま一人で帰すなんて、できないんだよ」
「大丈夫ですよ。タクシーつかまえますし。それにこんな所、誰かに見られたら……」
私は矢嶋の腕から逃れようとしてもがいた。
しかし、彼は私の動きを封じ込めるかのように腕に力を込め、私の耳元で囁く。
「心配なんだよ。夏貴のことが大切だから。俺のことは気にするな」
矢嶋の声の甘い響きは、私からあっという間に抵抗する気力と力を奪った。大人しくなった私を見て、彼は満足そうにくすりと笑う。
「ほら、しがみついていいから」
彼は私の手を自分の腕に絡ませて、優しい声で私を励ます。
「少しだけ頑張って歩いてくれな」
こくんと黙って頷いたのは、その優しい声音のせいか、それとも、上がる一方の熱のせいで頭がぼうっとし始めていたせいか。甘い疼きが胸の内に広がるのを感じながら、私は彼に体を支えられながらゆっくりと足を踏み出した。