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ごぽごぽごぽ……
水に溺れる感覚で、私は目が覚めた。白い天井、煌びやかな黄金の装飾、白いベッドとシーツ。そうして、目に飛び込んできた黄金の髪と、つやつやとした黒髪をみて、私は知らぬ間につぅと涙を流していた。
「リース……」
「よかった、目が覚めたんだな」
そう言って笑った黄金、リースはほっとしたような表情を私に向けると、私の手を優しく握り込み、もう何処もいたくは無いか? と助けてきた。
私は、気を失う前の記憶を必死にたぐり寄せ、思い出した。
(そっか、私は魔力が暴走して……)
聖女殿にヘウンデウン教の教徒達が侵入し、メイド達を、聖女殿を嵐に荒らしまくった。そうして、親友であり現メイドのリュシオルを。
そこまで思い出して、私はハッと身体を起こした。まだ、身体からだるさや吐き気は抜けなかったが、身体が痛いという感じではなかったため、無理に身体を起こしてしまった。すると、げほごほ……と何もしていないのにむせてしまう。咄嗟に手で覆えば、少量の血が口から吐き出された。
大丈夫だと思っていたが、まだ身体は完全に回復していないようだった。どちらかと言えば、身体に穴が開いているようなそんな感覚。毒素が抜けていないようにも思えたし、何より魔力の調子がまだ不安定にも感じる。
(今はそんなこと考えている場合じゃない――)
私は、リースにリュシオルは大丈夫かと尋ねた。私を庇って刺されて気を失った彼女のことが心配で仕方がなかった。それだけじゃない。彼女は、ただ刺されただけじゃなくて、その刺されたナイフに毒が塗られているようで、酷く苦しんでいた。
でも、ブライトがここにいるということはどうにかなったんじゃないかと、淡い期待も抱いてしまう。
「りゅ、リュシオルは……死んで、ないよね」
恐る恐る私は聞いた。死んでないよね? 何て、縁起でも無いこと口にしたくなかった。それでも、あの様子からして、もしかしたら……なんて考えてしまう。そうすれば、また魔力が暴走するかも知れないというのに。そうなったら、私はどうすればいいのか。
私が、そんな風に切羽詰まって言えば、リースとブライトは顔を見合わせてから、申し訳なさそうな顔で私を見てきた。
その顔が、もうダメだった。という意味にも見えてしまい、心臓をギュッと握りつぶされるような痛みに襲われる。
(私の、せいで……私のせいで、リュシオルが)
後悔や無力感で一杯になり、また胸の奥に何かが蓄積されるような感覚にもおそわれた。この感覚は、先ほど感じたものと似ていて、私はどうにか自分を抑えようとする。けれど、親友が、自分を庇って親友が酷い目に遭ってしまったことを、そう簡単には流せない。
「落ち着いてください、エトワール様、一命は取り留めました」
と、私の様子を見てか、ブライトは口を開いた。
一命を取り留めた。その言葉を聞いて少し体も心も軽くなった気がしたが、如何せん、ブライトの表情はまだくらい。きっと、状態がよくないのだろうと、私は俯いて、シーツを握りしめた。
ブライトは続けて言う。
「エトワール様も気づいているようですが、エトワール様の侍女である、リュシオルさんが刺されたナイフには毒が塗られていました。それも、解毒薬のないもので、傷口は僕と、宮廷魔道士でどうにかしましたが、毒の方は消せずに……」
そう、申し訳なさそうにいうブライト。
彼は彼なりに死力を尽くしてくれたのに、私が浮かない顔をしていたせいか、何度も謝るように頭を下げた。それが私にとっても苦しくて、申し訳なくて、口を開くことが出来なかった。余計なことをいってしまいそうな気もしたから。
「その、解毒薬がないって……じゃあ、リュシオルはどうなるの!?」
「それは……リュシオルさんの回復力にかけるしか無い状態です。我々ではとても……侵入してきたヘウンデウン教の教徒も、未だ意識を取り戻していませんし、あのものがあの毒について何かを知っているようにも思えませんでしたから」
「そんな……」
絶望的な回答に、私は目の前が真っ暗になった。
それじゃあ、リュシオルは助からないと言うことだろうか。回復力にかけるといっても、そんな強力な毒だったら、ただのメイドである、魔力も持たない彼女が耐えられるわけないんじゃないかと。不安で、身体が震えると、それをおさえるように、落ち着かせるようにリースが私の手を強く握り込んだ。
「エトワール、落ち着け。まだ生きている」
「でも、でも、解毒薬ないんじゃ……どうしようも」
そういえば、リースはフッと顔を背けてしまった。彼も分かっているのだろう。どうしようもないことに。
「これじゃあ、ルーメンに顔が向けられない」
「リース?」
「いいや、何でもない。こっちの話だ」
と、リースは何かをぼそりと呟いて、目を閉じた。
そういえば、彼の顔には幾つも応急処置の跡が見え、彼に出来た傷がまだ治っていないことを今改めて知った。彼も治癒魔法によって治療を受けているはずなのだが、何故治っていないのだろうと。外傷なら、治癒魔法では治せるはずなのに。
「リース、その怪我は?」
「ああ、これか。何故か、ブリリアント卿にも宮廷魔道士にも治癒魔法をかけてもらったが、治らなくてな。どうも、傷というよりかは、魔力に当てられ、そこに魔力が残っているような感じらしいんだ」
「わ、私のせい!?」
リースの話を要約すればそうなのだろう。
一体どういう原理かは理解できなかったが、つまり、そのリースの顔や身体に出来た傷は、私の魔力の痕跡だと。だから、ただの傷ではなく、魔力が張り付いている状態であると。
どうすれば、治るのかとあたふたしていれば、ブライトが「殿下の傷口に手を当てて、魔力を吸引すればいいんですよ」と教えてくれた。だが、それは闇魔法の者がつかう魔法なのでは無いかと思い、ブライトをみれば少し困ったように、眉を曲げた。
「吸引……という言い方が悪かったかも知れません。魔力を自分の中に戻す……という表現が正しいでしょうか。いずれにしても、殿下の傷は、エトワール様の魔力が張り付いて出来ているものなので、エトワール様がその魔力を解除すれば治ると思います」
「な、なるほど」
訳分からない。と思いつつも、私は、痛そうなリースの傷口に手を当て、「魔力よ。自分の元に戻ってこい」と念じた。すると、手のひらが温かくなり、スッと仄かな光が現われた。
自分の中に魔力が戻ってくる感覚がし、私は少しだけ目眩がした。自分の魔力を取り入れるとは、初めての行為で慣れないためか。
だが、それは数分で終わり、リースの傷は綺麗にふさがった。
「凄いな、エトワール」
「わ、私もびっくり、だから……」
ブライトの指示でやってみたが、存外上手くいき、リースは感動したというように私を褒めてくれた。なんとも言えない気持ちだったが、魔力が全て身体に戻るとフッと身体が軽くなったような気がして、気分もよくなった。もしかしたら、魔力が足りていなかったのかも知れないと、後々思い、私は、暴走して外に魔力を放出しすぎたのだと察する。
そんな私達をみていた、ブライトは微笑ましそうに笑っていたが、私は、そんなことよりも、リュシオルがこれからどうなるのかについて、気になってしまった。
このままただ回復を待つと言うことはとてもじゃないが私には出来ないし待っていられない。ないんか出来ることは無いのか。私であっても、その解毒は出来ないのかと、ブライトに聞けば、ブライトはまた落ち着いてください。と私を宥めた。こうしている間にも、リュシオルが毒に犯されていると思うと気が気でない。
「それに、他の皆はどうなったの?」
聞くのを恐れていた聖女殿の事について、聞けば、リースもブライトも顔を曇らせた。その様子から、きっと悲惨なのだろうと容易に予想がつく。メイドが殺されたのも扉越しだったが聞いたし、私が暴走して私の部屋も酷いことになっているだろう。
「聖女殿は……それは、もう凄い有様でした。我々がたどり着いたときにはもう」
と、ブライトは諦めたように目を伏せた。
「そんな……」
何故、ヘウンデウン教がせめきたのか、何故結界が破られたのか聞きたいことが沢山あり、私はまた頭が痛くなった。こんな所で倒れている場合ではないのに。
すると、ブライトは、それを察してくれたのか、結界が破られた理由について説明してくれた。大方私の予想通りであったが。
「……あの方では無いと思いますが、ヘウンデウン教の教徒が使用していたナイフに、ピンク色のチューリップの家紋が刻まれていました」