──あれは、子供の頃。
天高く登り、纏う朱《あか》色の裳《チマ》。
お下げ髪の少女は、鞦韆《ブランコ》の板に立ち、体を縮め、そして、伸ばしと繰返し、鞦韆を漕いでいく──。
そんな、女の子の姿を自分は楼閣の柱の影から眺めていた……。
夢龍は、父の赴任の共としてここへやって来た時の事を思い出している。
庶民の暮らしを知るようにと、いう父の思いとは裏腹に、屋敷に仕える者達は、夢龍が下々の者と交わるのを妨げた。
悪い遊びでも覚えては、自分達にその責任が掛かってくると恐れたからだ。
それでも、父の手前、ある程度は自由があった。
好きな時に、屋敷の外へ出れたのだが、必ず、誰かはついてくる。もちろん、坊っちゃんに、何かあっては、一大事、仮に怪我でもされてはこれもまた自分達へ責任が掛かってくる。
そんなお目付け役を従えながらも、夢龍は街の目抜き通りを、田畑の畦道を、物珍しげに歩んだものだ。
そして、あの子を見かけた。
その子も、自分と同じようにお付きに止められながら、それでも、鞦韆を漕いでいた。
「さあ、坊っちゃん、日が暮れます。帰りますよ」
と、無理やり屋敷へ帰らされた……。
「あー、今日も、日が暮れた。明日は、くるのかねぇー」
しわがれた声がする。
楼閣の柱の影ではなく、無論、鞦韆もない……。
吹きさらしの、牢屋、冷えた土間に、使い込まれて薄くなった、筵《むしろ》が敷かれているだけの場所に、夢龍は手枷《てかせ》をはめられたまま、放り込まれていた。
その奥で、同じく薄い筵に横になる男が、ポツリと声をだしている。
「……しかし、あんた、見るところ、上等な衣を着ているのに、なんでこんな所に……」
こんな所にいるからか、話すこともなく、この男は、毎日、夢龍へ、どうして、と、尋ねてくるのだった。
「さて、どうしてか?こちらは、仕事をしていただけよ」
「ほお、仲人か何かかい?」
言われて、夢龍は、吹き出した。
これもまた、毎日の会話なのだが、何度聞いても、可笑しくて、つい、吹き出してしまうのだ。
淡い浅葱《あさぎ》色の衣裳は、春香の勧めによるものだった。
顔写りが良い、そして、初々しく見える。の、はずなのだが、男の言うように、仲人の晴れ着というものも浅葱色と、相場が決まっていた。
「仲人するとかなんとかで、金をせしめたか」
「まあ、そんなところかな」
あれこれいうのも、疎ましく、手枷のせいで、身動きもままならない夢龍の気分は、何をするにもおっくうで、そして、先に放り込まれていた男の相手をするのも例外ではなかった。
男のように、横になりたかったが、木製の手枷が以外と邪魔になり、横にもなれない。しかも、土間に直接横になると、そうでなくとも、吹きさらし。体が冷えて仕方ないだろうと、夢龍は壁板にもたれ掛かるようにして、過ごしていた。
「まあ、結構なご身分で」
男は、言うと、ゴロリと寝返り夢龍に背を向けた。
これで、今日の会話は、終わりということだ。
不精髭ところか、長く延びきったそれが、示すように、男は随分、投獄されているのだろうか。
何の罪で、だが、それすら忘れてしまうぐらい……。いや、自分のことも、もはや、忘れているのかもしれない。自らを名乗ることもなく、男は、ただ、あんたは、何でここにいる。そればかり、繰り返すのだった。
と──。
荒々しい足音が聞こえる。何かを引きずりながら、こちらへ近づいてくるが、同時に、わぁわぁと、騒がしい声がした。
しかし。
それは、夢龍には、聞き覚えのあるものだった。