「そ、それまでこの広い場所を走り回るのか?! 兄貴?」
「え? ああ……」
今度は弥生が俺の夏服の袖を引っ張りだして、走り出した。すぐ後ろに獄卒がいたからだ。獄卒は俺にも金棒を振り回していた。
「ひえっ!! こりゃ音星を待ってられないかもな……」
そこで、俺たちは数ある骸の山の一つを急いで登ることにした。
灰色の空からは、まだ罪人たちが大勢降って来る。
あっという間に地面は真っ赤に染まり、派手に血潮が辺りに舞う。
ここは大叫喚地獄。
俺に嫌というほどここが地獄なんだと思わせた。
慈悲も仏もないんだな。
周囲の獄卒たちはざわめきだし、皆俺たちを追いまわしていた。
骸の山を登り切ると、今度は地面へ向かって一直線に降りだす。
そこで、弥生が叫んだ。
「あ、兄貴!! あそこに巫女さんがいるぞ!!」
「お、おう!!」
真っ赤な地面にポツンと立っていた音星は、急いで手鏡を布袋から取り出してから、こちらに気がついて手招きしている。
「火端さん! 早く!!」
「お、おう!」
「巫女さん!」
俺たちは少し離れた場所にいる音星のところまで、全速力で走った。
音星は手鏡を俺たちに終始向けてくれている。
「えい!!」
古びた手鏡に俺たちの姿が十分写ったようで、手鏡からの淡い光が身体中を包みだした。
周囲の獄卒は、どうやら俺たちを追い掛けながら、遥か地面へと落下してくる罪人も金棒で叩き潰している。
そのためか、追い掛けるスピードにむらができていた。
淡い光をいっぱいに身体に浴びていると、あることに気がついた。
…………
「はっ! ここは?!」
俺が今、立っている場所は緩やかな坂道だった。
何の変哲もなく。
草木も生えていない。
空は相変わらず灰色で、飛んでいる小鳥やそよ風すらない。
その坂道を、遠いところにある川から、姿がぼんやりと見える大勢の死者たちが何も言わずに下っていた。
恐らく。ここからでは遠いけど、向こうの山々の麓に見える川は、三途の川だろう。
三途の川から道が傾斜になっていて、坂道へと繋がっているようだ。
そして、俺は「あっ」と驚いた。
長い坂道の正面に位置づけられた門の脇に、閻魔大王が台座に座り。死者を忙しそうに見計らっていた。俺もたくさんの死者の中に、音星と弥生の姿を探した。
そうこうしていると、閻魔大王と俺は目が合ってしまった。
俺は気まずくなった。
たじろいで、目を逸らそうとすると、閻魔大王が手招きした。
「こっちへ来い」
「え? 俺のことですか?」
「そうだ。こっちへ来い」
「はい……」
閻魔大王が台座からいそいそと降りると、俺はその巨大な体躯に腰を抜かそうになった。威圧感が半端ない。さすがに恐怖の閻魔大王様だ。
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