テラーノベル
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差した陽光が煌めき、ぽかぽかした暖かさすら天から降り注ぐ。小鳥の囀りがそこかしこから聞こえ、風も穏やかになってきたこの春。晴れ渡った空は、抜けるように青い。
「小豆様! 小豆様っ!」
「もう、今日は何……?」
そしてそんな爽やかな情景とは反対に、小豆は背後から聞こえてきた声へ眉を顰めながら言葉を返した。
振り向いてまず目に入ったのは、”彼”が普段被っている上等なシルクハットだった。その鍔の下にちらと覗いているのは、やはり桜色の奇人。わかりやすく言うと変人。要するに狂人。
どうしてか、一応自分より年下のはずの小豆を崇拝してやまない変態である。
「[[rb:私 > わたくし]]、貴方様にお願いしたいことがございまして!」
「っえ、君が? そりゃまた一体どういう風の吹き回しで」
小豆は目を見開く。
この自称奴隷は、事あるごとに「何か私にできることはございますか!?」と尋ねてくることに定評がある。朝方であるなら尚のこと。
そんな彼が、今日は逆にお願いがあるらしい。碌なものかはさておいて、気になるところである。
ひとまず、座布団を寄越したくなるような見事な滑り土下座を披露する桜色に、小豆は溜息を吐く。「立ってね?」というある種の命令を下して、従順な彼を立たせ、怪訝そうな目で首を傾げる。
「……で、お願いの内容っていうのは?」
改めて、と言わんばかりの小豆の言葉に、桜色は躊躇う様子を見せた。小豆の前ではひどく稀な姿だ。
(今日は桜色がおかしな日だなぁ……)
声に出さないまま、小豆は彼の目をじっと見つめた。
春の日差しの下を、見えはしないけれど、きっと数人天使が通った。
やがて、桜色が、ゆっくり口を開く。
「……っそ、その。
私に、銃を教えていただけませんか」
語尾が掠れて消えてゆくのと裏腹に、どこまでも真っ直ぐな眼差しが、小豆の瞳を透かす。
……心まで読まれてしまいそうだな、と小豆は思わず目を逸らした。
その次の瞬間に、流石に不誠実かなと視線を戻す―――と。
彼の反応をどう受け取ったのか、慌てる桜色の口からものすごい文量が流れ出し始めていた。
「っあ、違う違います決して小豆様と同格になろうだなんてそんな傲岸不遜甚だしいことを企てているのではなく小豆様の下僕であるからには小豆様をあらゆる面で補助できるよう私も誠心誠意戦闘分野について学を深めねばならないと思った次第でしていいえ本当は小豆様に補助が不要であることはわかっているのですが最低限小豆様の護衛を任せていただけるような腕を磨かねばそもそも小豆様の下僕としての存在価値が消え失せてしまいまして私の悲願は小豆様のお役に立つことただ一点のみなのです小豆様は誰よりも議論を得意としており筋道を立てて瞬く間もなく悪意ある者を見抜く力をお持ちですそれだけでなく悪意ある者と対峙する際に見せる研ぎ澄ませた決意は敵すらも見惚れてしまうでしょう天賦に驕ることなく弛まぬ努力を重ね続けた小豆様のお力は今や全宇宙に名を轟かせるほどとなっておりまして下僕ながら私はその事実に感動で打ち震えております一挙手一投足すべてでひとを惹きつけておりますのにそんな小豆様が銃を構えてしまうとなればその瞬間海は凪ぎ空は鎮まり世界のすべてがただ貴方様の吐息を待ち望むでしょう力強い跳躍も疾風の如く走る御姿も躊躇いなく引き金を引く美しさもすべての結末は小豆様の勝利へと収束するのだと私たちに思い知らせてくださいますその輝かしい生すべてで内に秘めた恩寵とすら見紛う数多の原石を磨き上げ今ではいいえこれからも五十八面体のダイヤモンドすら裸足で逃げ出す天上の至宝をその魂に宿すことでしょうそんな小豆様の護衛を望むなど本来であれば首を垂れても足りぬ狼藉に等しい行為であろうことは百も承知でございますがその上で小豆様が背負う責務や志をまた異なる立場として拝見することで小豆様の素晴らしさを今一度脳裏に刻みつけより上質でより使い勝手の良い小豆様直属の下僕へと昇華できるよう邁往したいと愚考いたしましだっげっほ、ぁ゛、がはっ」
「落ち着いてね!? 半分くらい聞き取れなかったけどどうせ僕への謎讃美歌入ってるよね!? それするくらいなら喉大事にして!?!?」
というか君はなんで僕を褒める時だけ詩人になるのかなぁ!?
そんなトドメの一言をなんとか配慮の気持ちで飲み込んで、小豆は桜色の背を叩く。そもそも自分に触れられているだけで桜色は限界なのだと、そう気付けるほどの自己肯定感は持ってない。残念ながら当たり前だ。残当。
無駄に整った桜色の顔は、やがて苦悶から微笑へと滑らかにスライドする。え、と困惑する小豆の前で、凛と、ただ一言。
「今すぐ死にます」
「は? なんで???」
「小豆様の御手を煩わせてしまいました。こんな私など存在しない方が世のため小豆様のためでしょう」
「思考が!! 飛躍しすぎじゃないかな!!!」
小豆は全力でツッコんだ。
彼らが本題に入るまで、およそ32分の無駄極まりない時間があったため、今回は経緯をカットしよう。
さて、桜色は何と言ったか。
『私に、銃を教えていただけませんか』
そう。
今まで小豆の背後を朝昼晩とついて回り、お役に立てることはないかと小豆のタスクを片っ端から代行し、議論でラインを疑われるくらいには小豆と頑なに離れようとしなかった彼が。所詮一般クルーの地位を抜け出せなかった彼が。
シェリフになりたい、と。そう言っているのである。
「銃、使ったことあるの?」
「ありません。あの日小豆様に命を救われるまで、私は小豆様という尊きお方の存在すら知らぬ一介の愚民として生きて参りましたから」
「僕はあの日君の人生を滅茶苦茶にしてしまったのかもしれない……」
「最高の気分です」
「僕は最悪だけどな?」
さて、早速再び話題がズレようとしている。悲しき己の性に溜息を吐きながら、小豆は軌道修正を図る。
「えー、うーん、と。
……まず結論から言おうかな。まぁ、君に銃を教えるのは別に構わないよ」
小豆の言葉が終わるが早いか、桜色は目にも留まらぬ速度で跪き首を垂れた。フリーズする小豆の目の前を、情報量の濃いセリフが淡々と横切る。
「ありがたき幸せでございます、小豆様の気高き魂を崇敬し、生涯終わるまでこの栄誉と誇りを胸に矛を振るうと誓います……」
「相変わらずだね君の口は。……ただし、君にいくつか言っておかなきゃならないことがある」
ツッコむのも疲れたので、小豆はさっさと指を立てる。オーバーリアクションな桜色の頭をトト、と突いて身を起こさせる。彼に見えるように、ひとつ。立てた指を折る。
「まず、一朝一夕で覚えられるものじゃない。手ごと吹っ飛びたくなかったら身体を鍛えるのから始めることになる」
「当然でございます」
「なるほどね。……ふたつ。僕は君のポテンシャルを知らない。君が戦っているところを見たことがないし、そもそも僕自身、誰かに物を教えるなんて初めて。だから、そのあたりは許してほしい」
「小豆様に対し許さないなどと曰う輩は私の手で刻み潰します」
「そっかぁ」
極めて和やかな表情のまま、結局小豆は頷くことにした。引き止めるのは時間の無駄だと判断したためである。
この自称奴隷、奴隷を名乗る割に主人を振り回しがちだ。それってどうなのだろう。
「はぁ……まったく」
「どうかいたしましたか?」
「君だよ君、君のせい」
「申し訳ございませんでした……今この場でこの命を持ってお詫び申し上げます……」
「いらんて……」
さて。
こうして、小豆と桜色の修練の日々が始まった。
しかしまぁ、課題というものはある。小さな段差程度ならいくらでも飛び越えようがあるというのに、立ちはだかったのはよりによって墓穴なのだ。頭を抱える小豆は、とんだ難問に掠れた声を絞り出す。
「ねぇ、君……エイミングあまりに下手すぎない?」
「面目ありません……」
そう、この桜色。人一倍ずば抜けて、クソエイムなのである。
「なんで? どういうこと? 体力も筋力も精神力もあって、ちゃんと集中してて銃の性能も変えてるのになんで当たらないの? 今日でこれ何ヶ月目よ???」
「銃の道を歩み始めてから冬を2回ほど経験した覚えがあります」
「ッあああぁ理解できない! 理解できないよ!」
小豆は壁と額を突き合わせながら全力で呻いた。
まず、桜色の彼は、努力を怠らなかった。銃を扱うに相応しい身体が出来上がるまでそう時間はかからず、後は技術面だけという調子だったのである。小豆の手解きを受け始めた日から、日替わりカレンダーを捲って床に落としていったとして、とうの昔に床は見えなくなっているに違いない。
問題は。彼が銃火器を手にしてから、一度たりとも弾丸が的を掠めていないことである。
一度たりとも。まぐれですら。
「なんで? どうして???」
「私にはわかりかねます……寧ろ私からお聞きしたく思うほどでございます」
小豆の教え方は決して悪くない。なにせ彼は既に有名になりつつあるシェリフである。
将来的に全宇宙へ名を轟かせる彼は、そもそもひととの交流を得意としていた。当然、ものを教えるのだって、本職ではないにしろ経験はある。
そんなわけで、言ってしまえばどちらも悪くないのである。
どうしよう。要素を並べれば並べるほど彼のクソエイムが浮き彫りになってしまう。
「君さ、シェリフ向いてないよ。絶対。真面目にやってるのにその命中率なら致命的に才能がないと言わざるを得ない。てか才能云々を通り越してもはや逆補正だよ」
「……そう、です、よね……。申し訳ございません。貴方様にこれほどのご迷惑をおかけしておきながらこの醜態……所詮私などの人生には寸分ほどの価値もないのだと、今し方この身をもって理解いたしました……」
「あー落ち着け、落ち着きなさい。ごめんって。言い過ぎた」
桜色の死んだ魚みたく濁った目と抑揚のない声音に、小豆は慌てて手を鳴らす。本当に今にも首を吊るか飛び降りるかして死にそうな顔をしているので、慌てて言葉を綴ってみる。
「とりあえず的との距離を近くしよう。で、また練習続けてみよ?」
「ですが……ハンデをつけたところで実戦では役に立たないのでは……? 撃ち方を変えぬまま距離だけを縮めて、それで弾が当たってしまったのなら、もはやこの命に意味はないでしょう……」
「あーっもう!!」
小豆は不意に大声を上げた。わっと肩を跳ねさせる桜色に、八つ当たりまがいの慰めを向ける。
「君らしくもない! がむしゃらにやればいいじゃん、時間も僕の声もまだいっぱいあるでしょ! 君が笑えるなら僕はいくらでも付き合えるっつーの!! 君はどんな経緯であれ僕の役に立ちたいって思わないの!?」
「思います!! すごく思います!!!!」
「え、なにその切り替わり、さっきの落ち込みどした? え。ちょっと怖い、いや元気になったならいいけどさ」
当惑する小豆に、目をキラッキラ輝かせながら桜色が意気込んだ。うん、生きる気力は取り戻したようで何よりだ。
やっぱりこいつのこと全然理解できない……、と心底ぼやきつつも。満更でもない小豆は、「ほら続きやるよ」と拳銃を軽く掲げた。
最終的に、彼はシェリフではなくゲッサーとなった。
ゲッサー。シェリフと同様に銃を扱えるクルー役職だが、その弾丸を放てるのは会議中のみ。しかしその制約も、クソエイムには利点となる。なにせ、会議中は的がかなり近く、しかも動かないのだ。
かくして、春の色を身に宿した使い人は、ゲッサーとして、敬愛する主人の下働き続けることとなる。
「やはり小豆様の―――失礼、委員長様の素晴らしきところを全ての委員に言って回るべきでしょう! ついでに、委員長様の勅命に背く愚か者の心臓など私がいつでも撃ち抜けるということをよくよく言って聞かさねばなりません!」
今日も今日とて、濃度が高い戯れ言を吐き散らしながら。
コメント
1件
あおいです🌷 第2話、めちゃくちゃ面白かったです!小豆に教わるシーンでの「なんで?どうして??」って困惑しまくる感じと、その横で「今すぐ死にます」って飛躍する桜色の温度差がたまらなくて何度も笑っちゃいました。でも最後、彼がゲッサーとして自分の居場所を見つけたところ、なんだかじんわりきましたね…。小豆が「君が笑えるなら付き合う」って言った言葉がすごく好きです。また続きが気になります〜!