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【奇病にかかった者たち】
第一話「404号室の新しい患者」
日本人の人口1億2029万6000人のうち奇病にかかっているのは100人にも満たない。その為、奇病にかかった者は大人子供関係なく”保護”を名目に政府のもとへ送られる。
そこに本人の意思はなかった。
しかし奇病にかかっていようと人間は人間。人権を完全に無視した政府の行動に日本中の人々が非難の声を上げた。それにより設立されたのは、奇病を神からの祝福だと言って崇める宗教集団。政府と対峙する様に立ち上がって政府のもとへ送られた奇病にかかった者たちを解放していった。
それを危険視した国は政府を取り締まり、奇病にかかった者が安心して過ごせる施設をつくった。
それが、改総(かいそう)専門病院。通称、奇病院である。
そこには奇病に精通した医者と看護師がおり、奇病にかかった者の日常生活の補助や精神面のケアをしている。
「――っていうのが、この病院の成り立ち。
此処でならきっと”普通”の友達が出来るでしょう。距離が距離だからそんなに頻繁にはお見舞いに来れないけれど、」
「ううん…大丈夫。」
「そう?」
母親の申し訳なさそうな声に、梦存は首を横に振って返した。
車の窓から外の景色を眺めていると木々の間から大きな街が見えた。その先にはキラキラと輝く海。
梦存は表情を変えずにただじっと自分のピンク色の瞳に青い海を映している。2つの色が混じりあい、美しい紫色が車の窓に反射していた。
山道を車で走っている。変わらない緑が生い茂っている景色を見ていた。左の道へ入って金網柵に挟まれている道をいくと、大きな病院が顔を出した。
駐車場はないようで、病院の出入り口付近に車を停める母親。
車の窓越しにこれから過ごす事になる病院を見上げていたら、ガチャリと音がしてドアが開く。母親に促され車から降りると学校のグラウンドのような地面に足をついた。
「さあ着いたわよ。車のトランクから荷物取って行くから、先に病院内を見てらっしゃい。
確か部屋は4階の404号室だったと思うわ」
「うん、そうするね」
車の後ろに回っていく母親に言われるがまま梦存は病院の方へ歩みを進めて行った。
今まで通院していた病院は自動だった為、押して開くタイプの手動扉に戸惑いながらも中へ入る。シーンと静まり返っている廊下。靴箱があるようなので靴を脱いで用意されてあるスリッパへと履き替えた。
手に持っていた靴を404と書かれている靴箱の扉を開けて中に入れておく。恐らく病室番号が書かれているようなので間違ってはいないだろう。
「………エレベーターもない」
きょろきょろと辺りを見渡してもエレベーターらしきものは何処にもなかった。出入り口が自動ドアじゃない時点で察してはいたが、階段で4階まで行き来するのはキツそうだ。
廊下の一番端にある階段を登りながら、体力作りには丁度いいかもしれないと考えを改める事にした。階段の踊り場にはそれぞれ違う模様の窓があって、入ってくる日光も不思議な形で影を落としていた。
階段を登り終えると右左に道が分かれている。さっき見ていた外側の構造からすれば左側の道は旧病棟へ繋がっている筈だ。
それならば反対の右側の道が病室がある方だろう。
「401…402…403…」
部屋番号を口ずさみながら真っ白な廊下を歩いて行く。
そしてピタリと足を止めた。
「404。ここね」
引き戸式のドア。珍しい木製の取っ手を右手で握ってそのままスライドさせる。
ふわりと風が通って、髪が靡いた。一人部屋らしくベットは壁際に一つだけ。レースカーテンが揺れている。中へ入って左右を見た。
右手側にはベットとクローゼットがあって、床頭台の隣にはゴミ箱が設置されている。
左手側には鏡付きの洗面台。それと来客時に使うのだろう机とソファーがあった。
手を離すと半分しか開いていなかったドアはゆっくりと音を立てずに閉まる。なので梦存は振り返らずに真っ直ぐ窓の方へと近づいた。
「…海が見える…」
山奥の澄んだ空気を深く吸って、吐いた。
視界いっぱいに広がる緑と青と空色。梦存は瞳を細めて遠くを眺めた。
―――今日から此処で過ごす。家族と離れて一人きりで。
寂しいとは思わない。悲しいとも思わない。嬉しくはないし、喜ぶ訳でもなく、ただただ綺麗だと思った。
奇病にかかってから何度も通った病院。消毒の匂いに騒がしい院内。何処か息苦しさを感じていた。でも此処は違う。
同じ病院であることは変わらないのに、空気は澄んでいて凄く静かだ。そんな些細なことが梦存の心に安らぎを与えた。
唐突だった母親からの提案。父親と兄は距離の遠さに反対していたが、梦存は深く考えずに二つ返事で答えた。しかしそれで良かったと思った。
「……ここでなら、誰にも迷惑かけずに済むよね」
ぽつりと溢れた独り言。
その言葉には何処か清々しさが滲んでいた。
*****
手続きを終えた母親は看護師と共に404号室へと訪れていた。
クローゼットへ衣類を収納すると暇つぶしになるだろうカードゲームやスケッチ道具は床頭台の引き出しの中へ入れる。
日用品は鞄にまとめてあるらしく使いたい時に取り出すように梦存へ伝えていた。
看護師の簡単な問診に答えていると、母親はかかってきた電話に出る為に病室から出ていった。
暫くして問診が終わると看護師は走らせていたペンを止めて、クリップボードを小脇に抱えると病室を後にした。入れ替わるようにして戻ってきた母親は、ベットに腰掛けている梦存の額にキスを落とす。
「それじゃママはもう帰るわね。良い子にしてるのよ」
「私もう13歳だから、心配しなくても大丈夫」
「そう?」
「気おつけて帰ってね」
梦存は母親にハグすると腕を解いて、去って行くその後ろ姿に片手を振った。
手を振り返してくる母親。ぱたんっと乾いた音が病室に響く。
「……寝よう」
遠くなっていく足音が聞こえなくなってからふっと力が抜けた手は下げられた。スリッパを脱ぐとベットの下へ踵を揃えて置いて、梦存は柔らかなベットに身を投げ出した。
窓から入ってくる風。揺れるカーテン同士が擦れる音。ゆっくりと目を閉じて意識が夢に落ちるのを待った。
カタン、そんな物音で目が覚める。寝ぼけている頭は思考を放棄していて暫くボーッと見覚えのない天井を見つめてた。
カタン、またそんな音が聞こえてくる。ゆっくりと上半身を起こしてベットから足を下ろした。ヒヤリとする感触に思わず声が漏れそうなる。
ベット下に揃えて置いたスリッパを履いて、静かに病室のドアへ手をかけた。そーっと開いた隙間から片目を覗かせる。
予想通り廊下も真っ暗だった。誰もいないことを確認して静かに部屋を出る。
「……さむい。ブランケット羽織ってきたら良かった」
階段を降りながら震える腕を抱く。山奥の寒さを甘く見ていた私の自業自得だけど、寒い。
カタン、音が少し大きくなる。何処から鳴っている音なのか。
ベットに戻っても気になって眠れない気がしたから音の正体だけでも確認しようと3階の廊下へ進んだ。
今は何時くらいだろう。なんて呑気なことを思いながらカタンっとまた音がした方へ近づいて行く。そして辿り着いた先には病室が一つ。
305と書かれている部屋番号と睨めっこしながらどうしようかと悩んでいた。
開けるべきか離れるべきか。
カタンっ!!
そんなことを考えていたら聞いてた中で一番大きな音が鳴る。すると誰かが階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。
ドキリと心臓が大きく跳ねて、どうすれば良いのか分からず焦っていたら急に目の前のドアが開いて腕を掴まれた。悲鳴すら上げる事が出来ずにそのまま暗闇の中へと引っ張り込まれる。
「〜〜〜〜ッ!?!?」
「大丈夫だから、落ち着いて」
「だ、誰ッ?」
「説明は後で…とりあえずこっち。少しだけ此処に隠れてて」
シーっと人差し指を鼻の前に持ってきて静かにするようジェスチャーを取っているのは真っ白な髪をした男の子。可否も聞かずにクローゼットの中へと私を押し込めた。
更に真っ暗な空間。しかも狭い。
そっと耳を澄ませていると、病室の扉が開いて看護師とさっきの男の子が何かを話しているようだった。内容はよく聞こえてこない。でも微かに聞き取れたのは「もしかして今ここに百合守がいるの?」という疑問。そして「今はもういないよ」と、そう答える男の子。
看護師は夜は極力静かにするように男の子を注意するとそのまま去って行ったらしい。
「ごめんね。びっくりしちゃったよね?」
そんな声と共にクローゼットの扉が開いた。真っ白な髪の下には海みたいな青い瞳が浮かんでいる。私が好きな色だった。
「俺は百合斗。君の名前は?」
手を優しく引かれて、クローゼットから出る。
男の子は百合斗というらしい。ここは名乗った方がいいよね。
顔にかかる紫がかった黒髪を耳にかけながら、私は口を開く。
「…私は梦存。今日からこの病棟に入院することになったの」
「そっか!これから友達として宜しくね」
「よ、よろしく…?」
暗闇でも分かるくらい明るい笑顔を向けてくる百合斗。
まだ出会って5分も経ってないのにトントン拍子で友達へと昇格した私は話の早さについていけず首を傾げるしかなかった。
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・主人公→梦存(むつぎ)。404号室の患者
・1話登場→百合斗(ゆりと)。305号室の患者
・???→百合守(ゆりま)。305号室の患者