話しかけても無視されるか迷惑がられるに決まってる。
だったら最初から何もしない方がマシだよね。
ほんと、こんなだからいつまで経っても全然恋愛できないんだよね、私は。
頑張らないとって気持ちはあるのに、前に進めない。
情けないよ。
本当にもう……あんこさんが変なこと言うから意識しちゃうじゃない。
あっ、スーツの人、確かにいる。
いつも、だいたいランチが一段落した2時~3時の間に来て30分くらいで帰る。
1番奥の、いつもの席が空いてればそこに座る。
今日もそこにいて、窓の外を見てる。
何だか……すごく絵になっていて、思わず見とれてしまいそうになった。
「あっ……」
そのスーツの人は、伝票をスっと掴み、立ち上がってこっちに来た。
それは、もちろん、食べた料金を払うだけの当たり前の行動。
なのに、私は「こ、来ないで!」と、変なことを願ってしまった。
「お願いします」
目の前に立ち、伝票を差し出す。
うわ……めちゃくちゃ綺麗な手をしてる。
細くて長くて、絶対にこの手は荒々しいお仕事をしてる人の手じゃない。
やっぱりモデルさん?
お会計するだけなのになぜか緊張してしまう。
顔、見れないよ……
180cmはあるだろうこの人の顔を見るには、もっと私が顔をあげないとダメなんだけど……
でも、真正面しか見れない。
そう、高そうなネクタイしか。
「せ、1380円になります」
声がかすれて、しかも、いつもより小声になってしまった。
これ、完全に意識してるって思われてない?
普段はもっと自然にできるのに、あんこさんのせいだ……私、別にこの人を好きだとか言ってないのに。
自分でも誰に憧れてるとか、誰が好きだとか、そういうの……全然わからないんだから。
「カードで」
「は、はい」
かなりぎこちないやり取りの後、バイトの果穂ちゃんが他の接客を終えてこちらにやってきた。
「あ、もうお帰りですか~?」
う、嘘?!
このイケメンに、こんなにフランクに声をかけれるなんて、すごい。
直江 果穂(なおえ かほ)ちゃん。
21歳、大学生。
さすが、若いし、可愛い子は違う。
「ああ」
「また来て下さいね。お待ちしてま~す」
愛嬌たっぷりに手を振る果穂ちゃん。
髪色はブラウンで、ストレートのボブスタイル、若々しくキラキラした笑顔が何とも可愛い。
その横で「あ、ありがとうございました」と、全く愛想のない挨拶をしてる私。
いったい……どう思われただろう?
嫌われちゃった……かな。
自動ドアを出ていく後ろ姿を見送りながら、私は「はぁ……」と小さなため息をついた。
「雫さん。あの人って本当にイケメンですよね。でも、みんな名前も知らないんですよ」
「う、うん。あんこさんも言ってた」
その時、「すみません!」と男性が駆け込んできた。
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