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両家の顔合わせなどを済ませてからは本当に色々とトントン拍子にことが運んで。
あれよあれよと言ううちに入籍も挙式も済んでしまった尽と天莉だ。
「じゃあ、オレオのこと、よろしくお願いします」
ハネムーンの間、直樹が家で愛猫オレオを預かってくれると言うので、心配しながらも厚意に甘えさせてもらうことになった。
挙式後、一旦家に戻ってオレオをキャリーに閉じ込めて、尽とともに伊藤家へ連れて来た天莉は、伊藤一家の前でそんな言葉とともに頭を下げたのだけれど。
「前に話したよね、天莉。この子を拾った時の健康診断は直樹が行ってくれたって。――璃杜もいるし、心配ないよ」
尽が太鼓判を押したと同時、「何故それを僕じゃなくてお前が言うんだ」と直樹が不機嫌な顔をして。
「もぉ、拗ねないの」
と璃杜から手に触れられた途端、ふにゃりと態度を軟化した。
そんな二人の間から小さな女の子が懸命にぴょんぴょん跳ねながら「ふわりもいるからダイジョウブよ!」と存在を主張する。
「ああ、ふわりもいてくれるから安心だな」
尽がワシャワシャとふわりの頭を撫でると、直樹がその手をギュッとつまんで払いのけた。
「うちの娘を不用意に触らないでもらおうか。悪い虫がつきそうで心象が悪い」
「なお!」
璃杜が「尽、ごめんね」と謝ると、それすら気に入らないみたいに直樹がそっぽを向く。
天莉はそんな二人を見て(伊藤さんがすっごく子供っぽく見える)と驚いて。
「ごめんなさいね、天莉さん。この二人いつもこんななの」
それに気付いた璃杜が困ったようにクスクス笑うから、天莉はつられてコクコクとうなずいた。
***
「ねー、パパ。このネコちゃん、ふわりのおウチにおとまりするの?」
尽が手にしたキャリーの中で、ニャーニャーと抗議の声を上げながらケージを引っ掻いているオレオを見上げて、ふわりが小首を傾げる。
ショートボブに切りそろえられたサラサラの黒髪は、直樹と璃杜、どちらにも似ているように見えた。
綺麗に梳られたふわりの頭頂部には蛍光灯の明かりを受けて天使の輪が出来ている。
それだけで、この幼子が両親からの愛を一身に受けているのが分かって、天莉はほっこりとした気持ちになった。
「そうだよ。少しの間だけど仲良くしようね」
しゃがみ込んでふわりの視線に自分の目線を合わせた直樹がそう告げて。そんな父親にふわりが嬉しそうにニコッと微笑んだ。
そうして尽に視線を移すと、
「じんちゃ、かえってくるの、おそくなってもいーよ? ふわりがちゃんとおセワしてゆから」
オレオに夢中のふわりが、尽を見上げてそんなことを言うから。
天莉はおかしくて思わず吹き出してしまった。
「おねーちゃん、じんちゃのオヨメしゃ?」
そのせいでふわりの気を引いてしまったらしい。
不意に小さな手でキュッと手指を掴まれた天莉は、温かくてしっとりしたふわりの手にキュンとしてしまう。
「うん。そうなの。よろしくね?」
ふわりの視線に合わせるようにしゃがみ込んで答えたら、「うん!」と元気に答えてくれた。
***
「ねぇ天莉。ハネムーンは海外でも良かったんだよ?」
新体制に移行してばかりの多忙の最中。
父――啓から挙式後に一週間の休みをもぎ取った尽が、オレオと同じハチワレにゃんこのキャラクターがメインに据えられたテーマパーク『ニャンダードリームランド』内にあるホテルへチェックインするなりそうつぶやいた。
結婚式の打ち合わせなどをしている時に「ハネムーンはNDLに行きたいな?」と言った天莉に、尽はまだ納得がいかないようだ。
何しろNDLは二人の居住区から新幹線でたったの一時間の距離。
日帰りでだって十分に遊びに行ける場所なのだ。
「ううん、海外はイヤ。移動に時間取られるの、もったいないもん」
天莉が尽の手を握って「それよりこうして尽くんと沢山沢山くっ付いていたい」と言ったら、たまらないみたいにギュッと抱き締められた。
「ホント、天莉には敵わないな」
すぐ耳元で尽がささやく声を聞きながら、天莉はこういう風に一緒にいられる時間の大切さをしみじみと噛みしめる。
***
アスマモル薬品に転職して尽のそばで、直樹とともに彼の秘書の真似事を始めた天莉だったけれど――。
仕事で一緒にいても、副社長に就任したばかりでバタバタしている尽とはほとんど業務的な会話しか出来なかった。
オマケに天莉には残業させたくないと、定時には一人早々に家へ帰らされてしまうので、遅くまで仕事をして帰ってくる尽とは私生活でもすれ違ってばかりで。
尽はそれでもうとうとしながら天莉を存分に甘やかしてくれたのだけれど、天莉としては尽の体調が心配でそれどころではなかった。
尽は無理し過ぎると熱が出ることがあるのだけれど、多忙を理由にそれを隠すところがあるので尚更。
そんな尽が挙式や新婚旅行のために取ってくれた休暇を、天莉は出来れば彼自身の骨休めに使って欲しいと思っていた。
それに――。
天莉としては尽と一緒にいられるならば、それだけで幸せだったから。
正直言うと旅行なんて行けなくても――家で一緒に過ごすだけでも一向に構わないとすら思っていたくらいだ。
それではさすがに尽が納得しないから割と近場のNDL行きをおねだりしたのだけれど。
***
「二名で予約した高嶺です」
ホテルへチェックインする際、フロントで尽が告げたのは天莉にも耳馴染みの深い〝高嶺〟という姓で。
結婚に際して、尽は天莉に高嶺と田母神、どちらの姓になりたいかを問うてくれた。
だけどそれは天莉がどうこう口出しをする問題ではないと思ったから、全ての決定を尽と彼の両親にゆだねたのだ。
そもそも婚家の姓を選べること自体あり得ない話で、自分が結婚する相手の籍に入るにせよ、相手が自分の籍に入ってくれるにせよ、普通苗字は固定されているのだから。
その上で、天莉はきっと尽たちは〝田母神〟を選ぶんだろうな?と漠然と予想していた。
だから自分は田母神天莉になることを密かに想像していたりもしたのだ。
だが、実際尽が採択したのは〝高嶺〟の方で。
相続のこととか大丈夫なのかな?と要らないことを考えて悶々としてしまった天莉に、後日アスマモル薬品の顧問弁護士をしていると言う桃坂正二郎先生が説明してくれたのだ。
『尽ちゃんは実親との法律上の親子関係を維持したまま養親との間で新たに法律上の親子関係を生じさせる〝普通養子縁組〟だから、実子としての権利はそのまま残っているし、問題ないんだよ』と。
「……どうしても田母神姓を残したいとなったらその時に考えればいいという結論に達したんだ」
尽の言葉に、天莉は思わず「えっ」とつぶやいて。尽に、くすっと笑われてしまった。
「田母神を選ぶと思ってた?」
その問いかけに素直にコクッとうなずいたら、「……俺はね、天莉と出会ったころ名乗っていたこの名前に、キミが思っている以上に愛着があるんだよ」と言われて。
天莉としても田母神尽という名前よりも高嶺尽の方がしっくり来たから、そう説明された時、実は少しだけホッとしたのだ。
***
「めっちゃ疲れたけど……すっごく楽しかったね」
今日一日、尽と遊び倒した『ニャンダードリームランド』のことを思い出して天莉が顔を綻ばせたら、「それは良かった……」とつぶやきながら、尽がどこか縋り付きたいみたいに背後から天莉をギュッと抱き締めてきた。
今日のメインは何と言ってもNDLの目玉アトラクション、『猫又総合病院(廃)』だった。
そこを回った時のことを思い出しながら、天莉は尽が今、自分にしがみ付いてきている理由もきっとそれなんだろうな?と思って。
「正直、俺は天莉が怖いの、あんなに平気だなんて思わなかったよ」
背中越しにポツンと落とされた言葉に、尽の本心が見え隠れしているようで、天莉は心の中で「ごめんなさい」をする。
強情っ張りな尽の強がりを見抜けなかった自分を、反省しなくてはいけない。
(だって尽くん、怖がってる様には見えなかったんだもん)
尽は天莉とそこを回った時、そんな素振りは微塵も見せなかったのだ。
***
NDL内にあるお化け屋敷『猫又総合病院(廃)』は、廃病院をコンセプトにした四階建ての大きな建物を用いた、スタンプラリー形式のアドベンチャー型アトラクションだ。
要は受付で渡された地図の指し示すルートを模索しながら、広い総合病院内を二時間くらいかけて歩き回って、要所要所に設置されたスタンプをゲットしていくというだけの単純なゲームなのだけれど。